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栄武帝劉協紀  作者: 劉基
1/1

1 そして、歴史が動き始める

今から約1800年前ユーラシア大陸東部の中華と呼ばれる地域を支配していた。王朝がある。その名は現在では後漢王朝と呼ばれる。後漢と言うからには当然前漢もある。前漢を建てたのが高祖劉邦である。そして、高祖劉邦が建国してから200年の年月が経ち外戚が力を持つようになると王莽に簒奪され、新王朝が建った。しかし、僅かな間しか新王朝はもたなかった。王莽が儒教の理想を追い求めるあまりにも現実離れした政治を行うようになり中華の民衆が不満を抱くようになった。遂には各地で反乱が起こった。そのときに後の光武帝劉秀が起った。彼は途中何度か命の危機に見舞われたが、遂に前漢が滅んでから30年光武帝によって統一され、中華に再び平和が戻った。しかし、章帝が没し和帝が即位してから、彼が小帝であることを良いことに外戚と宦官の専横が始まった。そして、ここから、後漢の腐敗もここから始まった。それから、時を経て後に霊帝と呼ばれる劉宏が現在の皇帝である。



 「どうしたものか、このままでは何時国が滅んでしまうかもしれない。父上も、宦官も、大将軍何進も皆気付いていない。父上は享楽にふけ、宦官と何進は朝廷内での権力争いに夢中だ。その上、本来はこの漢を協力し共に支えあうべきはずである官吏は清流派と濁流派に分かれてこちらも権力争いにしか目を向けていな状況。極め付けは地方での重税に次ぐ重税、民草の不満は爆発寸前と草から聞いた。はっきり言うと詰んでるな。」

 見た目からして少年といったくらいの年齢ではないだろうか。見るからにして、才気煥発で利発、非常に端正な顔つきをしている。

ところで、 現皇帝劉宏には二人の子がいる。一人目は長男の劉弁、二人目は二男の劉協である。世間の劉弁への評判は凡庸、劉協への評判は文武両道、才気煥発、天賦の才、光武帝の再来等挙げればきりがない評価されている。

 彼は整っている黒髪をクシャクシャにした。そして、暫くの間声にならない声で呻いていたのだが、不意に溜息をついた。その様子は自分の力ではどうしようもないと解かっていつつなお諦めることのできない人間の悔しさ、情けなさに打ちひしがれているときのものに酷似していた。しかし、その眼光は未だ曇っていないようにも見える。

「協様、そう落ち込まないでください。」

劉協の隣にいる男が酷く落ち込んでいる様子の劉協を気遣うように、相手を落ち着かせるような優しい声で劉協を宥めた。

劉協の隣にいる男は劉協の側近である。次期皇帝候補と言うことで宮中から外にでることがほとんどない劉協の外界と繋がることのできる唯一の手段であり、劉協が最も信頼している男である。

 その男の名を荀牧と言う。荀牧はかの性悪説で有名な荀子の一族であり、代々高位高官を出している漢の名門の出身である。

 

荀牧は主簿として三公の一つである司徒の座にある王充の部下になった。その時に劉協が一度荀牧に会ってみたいと王司徒に直接頼みこんだのである。

 王司徒は清廉潔白な人柄で漢王朝への忠も厚く清流派の人間の間でも当時有名であった。 

 当然、そんな王司徒が現皇帝の劉宏の息子であり、英明で有名な劉協の頼みを断れるはずもない。

 こうして、後の「水魚の交わり」呼ばれる厚い主従関係を築くことになる劉協と荀牧が出会うことになる。

 ここまで話しておいて難だが、この二人が会合し臣従の誓いをする様子は後に語ることにしよう。


 

「公達、汝だけよ。私の味方は。皆隙あらば喉をかっ切ろうとしている、こんなでは心休まらん。」

 劉協はそう言うと溜息を吐いた。

劉協は朝廷のことを嘆いるかと思ったら今度は自分の身の周りの敵、危うさを愚痴った。

 劉協の顔はいかにも苦労人といった表情をしていて端正な顔に皺が入っている。

 因みに公達とは、荀牧の字である。後漢時代の中国では字は相当親しい間柄の人間に対してしか呼ぶことはない。

「協様、それに関しては問題ありません。今の段階で協様を狙うとしたら、何進将軍でしょうが、彼がいくら愚かであろうと今協様を暗殺したら世間から逆賊の汚名を被ることになるうえ、下手したら、ことがばれ九族皆殺しになりかねないことくらい解かっているはずです。更に協様は現皇帝からも籠愛を受けていますし、宮中での揉め事に関しては『百戦錬磨』の十常侍が後ろ立てについています。当分の間は迂闊に手を出せないでしょう。」

 荀牧が劉協を取り巻く情勢を踏まえたうえで今現在、劉協は命が狙われるようなことがないということを説明した。その様子はいつも通り飄飄としていて、どこか捉えどころのなさを感じさせる。

「公達、そのようなこと私も解かっている。汝も私の聞きたいことがそのようなことではないことくらい解かっておろう。」

 劉協は荀牧の顔を再び眺めると溜息をつく。しかし、その様子はどこか楽しげであった。

 解からないでもない。はっきり言って劉協の周りには味方と呼べるような人間はほとんどいない。自分の父親であり現皇帝の劉宏は皇帝として大権を握っているが享楽に耽っているため政務にはほとんど関心がなく劉協の後ろ立てにはならない。そして、劉協を次期皇帝にと押している宦官は劉協では利口過ぎて傀儡にできないと考えている節があり、かと言って敵である清流派の外戚一派と共闘することができないので現在は劉協を次期皇帝に推しているのだが何かきっかけがあれば直ぐに傀儡にしやすい劉弁派へと流れるであろう。つまり、信用できる人間がほとんどいないのである。

その中で荀牧は例外である。彼は劉協にとって自分の目となり耳となり宮中の外から情報を持ってきてくれるうえ個人的な仲もかなり良く主従の関係を除けば歳の離れた親友と呼べるほどである。

「公達、それにしても今日は固いな。私としては『協様』よりも『伯和様』と呼んでもらいたいのだが。」

劉協はそう言うと少し頬を膨らまして兄にねだるような弟の様な顔をした。

 伯和とは劉協の字である。

 普段荀牧は劉協のことを字で呼んでいるのだが卿に関しては何故か名で呼んでいる。

「火急の報告があります。漢への謀反を企む馬元義が車裂きの刑に処されました。」

 荀牧が報告した。その様子には先程までの飄飄とした雰囲気を感じさせず何か重大なことが起こって焦っている人間のものであった。

「それは知っている。漢への謀反を企む男がいてもおかしくない状況ではい。」

 劉協は荀牧の言う馬元義の謀反企みにそこまでは重大ではないと思っているらしい。

「いえ、それ自体は問題ないのですが、馬元義に尋問して情報を吐かせた後驚くべき証言をしました。」

 ついに荀牧は劉協に話したいことの本題について語りだした。

 一方、劉協は何やらただ事ではないことを荀牧の雰囲気から察すると佇まいをただした。

「実は冀州の鉅鹿郡にて張角を中心にしてその信者三十六万の軍隊が蜂起する計画だということ馬元義が証言したようです。」

 劉協は目を見開いた。その顔には驚きを感じさせるというよりは前から予感していた様にも感じさせる。

 荀牧は改めて自分の主である劉協に驚かされた。普通の人間であればまず真否を確認するのであろうが今の劉協の様子には予測していたように感じさせる『何か』を感じさせる。

 そして、荀牧は改めて敬愛する主の才能の奥深さを感じた。同時に成功が約束された官吏としての未来を捨て宮中の中で極めて不安定な存在である劉協についてきたことは間違ってなかったと確信した。

「そうか。」

 劉協は小さく呟いた。そして、どこまでも蒼い空を仰いだ。


「蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし、歳は甲子に在りて天下大吉」

遂に後漢王朝を滅ぼす要因となる歴史上でも類を見ない農民反乱黄巾の乱が始まった。劉協を待ちうける未来は暗雲としたものかそれとも栄光に溢れたものか、この時点でまだ誰もそれを知るものはいない。

 しかし、これだけは絶対に言える。どんな形であれ、中華の地は今後戦乱に見舞われることになるであろう。つまり、群雄割拠の時代の到来である。

 

 人は過ちを繰り返す。

 権力は人を魅了してやまないものなのだろう。富もまた然り。

 しかし、人は過ちを正すこともできる。自らの非を認めることができる。

 劉協は果たして、どちらなのであろうか。そして、この歴史は史実通りに進むのであろうか。また史実からそれるのであろうか。やはり、私を含めてそれを知る者はいない。


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