本番 ヴィヴァルディ ”グロリア”
教会でのコンサートが始まりました。
わかってはいたけれど、ヴィバルディの”グロリア”は、ペット奏者にとっては、ターセット(1曲、まるっと出番なし)が殆どで待ち時間が長い。
グロリアは、教会では1曲で歌われるものだけど、ヴィヴァルディはそれを1節ごとにわけ13曲にした。俺の出番は、1曲目、最初のテーマが再現される12曲目と、盛り上がる終曲。
リハーサルでは、はやくも1曲目でつまづいた。最初、伴奏の8小節演奏、軽快な弦のフレーズに管(といっても、俺とオーボエだけ)が答える形で始まる。
そえから歌が、はぎれよく”グローリア、グローリア”と歌いだす。待ちきれないのか速くなりがちだった。歌が走る(どんどん速くなる事)、コンマスが指揮者にあわせて、オケの舵取りはするが、歌は微妙にあわない。
やはり、初めての演奏会で合唱団も緊張してるし、テンション上がりっぱなしなのか。
合唱とオケのリハの後、休憩が10分あったのだけど、大幅にのびた。俺はやっぱりなと思った。オルガンの音が問題なんだ。オルガニストの青井優の音を聴いたので、少しかは違いがわかる。この教会のオルガンは古いので、メンテナンスがされてなければ、音的に落ちるのは仕方がないことかもしれない。
指揮者もバウアーさんもオルガンのとこで話し込んる。
オルガン弾きにとっては、この楽器では不満なのかもしれない。
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本番は、15分遅れで始まった。最初のステージでは合唱団が讃美歌をオルガンの伴奏で歌う。
パイプオルガンだけれど、普通の電子オルガンのような単純な音にしたようだ。実際は、殆どリハの時間がなかった。
「ここのオルガンは古いしね。もう本番が始まってしまってるから、どうしようもない。駆け出しの合唱団の演奏会だから、この演奏会は音楽評論家には目をつけられないだろうけど。グロリアのほうは、どうするんだろう?休憩時間に奏者の人に確かめてみるか」
そういいながらミハウさんは、オーボエのリードを調整しなおした。オーボエ奏者の宿命だよな。リード調整は。
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あっという間に”グロリア”の本番演奏が終わった。
心配した音のズレもなく、そのかわり通常より、若干、遅いテンポになった。
ラテン語の歌詞は、一応、勉強したけれど俺は、やはりピンとこない。
歌詞の内容云々より、歌っている感じが、
”我は正義なり、ひれふせ平民ども”みたいな尊大な印象を受けた。(むろん、声だけでの印象なんだけど)
聴衆は300人そこそこ。この教会に入る人数の限界かな。
演奏が終わったあと、拍手はいただいたけど、ブラボーはなかった。まあ妥当なところか。
日本では、いまいちの演奏だったとしても、お義理で拍手はする。海外からの指揮者やソリストを迎えた時だけ、”ブラボー”と声をかける商売があるとかないとか・・・
ここヨーロッパではハッキリしてる。だから演奏自体は及第点かもしもしれない。
「やあ、なんだか不満顔だね。大丈夫。君のペットの音色も演奏もよかったよ。」
「ありがとうございます。ミハウさん。不満というより、日本人でクリスチャンでもない俺には、ちょっと”ついていけないって雰囲気で」
演奏を終え、ミハウさんと話しながら控室に向かう。
ここは。教会とつながっていて昔は修道院だったところを改修して、いまは、小ホールや会議室になってる。
「ああ、それなら私も少し感じたね。問題は合唱団なんだよ。彼らの声のオーラが、近寄りがたかったね。上手く言えないけど。あの合唱団、微笑みでも足りないのかね。」
微笑みね。歌の事はよくわからないけど、精神的な事にもろに左右されるそうだし、リキんでたのかもしれない。
ただ少しホっとした。日本人だから歌舞伎大好き ってわけじゃないし、演目によりけりって事もある。そういう類の問題なんだろう。
控室を入ると、オルガン奏者さん座っていて、不機嫌そうに腕を組んでる。あーあ。
「あの、はじめまして。俺、今回、トランペットエキストラできたカイト・新藤です。」
初対面の人に挨拶は先手必勝だ。俺は音楽関係の知り合いは積極的に増やす事にしてる。
「もしかして日本人?じゃあ、日本の教会で新しくオルガンを設置した事について、教えてくれないかな?チラっと噂で聞いたんだけど」
突然、見の乗り出してきての矢継ぎ早の質問。スッカリ機嫌が直ってる。この人も青井優と、同じ傾向の人か。
「あっと私は、エルンスト・ボウエン。フランクフルト在住でフリーのオルガニストだ。よろしくカイト君。今日はまいったよ。ミスって場所を間違えてしまいあせった。前に来たときは、ここのオルガン、古いけどまあまあ普通だったんだけどな。今日は楽器の機嫌が悪かったのかな。」
「カイトです。よろしくです。さっきの日本の教会のオルガンの話しですが、友達に、ユウ・青井っていうのが、メールで教えてくれました。今回、設置されたオルガンは、日本の教会の中では一番大きい楽器になるそうです。まあ大きさではSホールには、当然、敵わないでしょうけど。お披露目公演は来年の春以降になるそうです。」
ベルリンから帰ると、メールがたまってた。その中にユウからメールがあった。読んだけど話しはそのオルガンの事ばかりで、自分の凱旋コンサートについては、”まあ、上手くいったよ。動画みてね”だけ。彼は楽器については、熱心なんだけど、ちょっと浮世離れしてるというか。
「ユウアオイ・・ああ、ユウね。バッハコンクールで優勝した子。まあ、彼は若いから、バッハの音楽の入り口に立ったってとこ?ははは」
オーボエのミハウさんも、このオルガン奏者のエルンストさんも、50代後半に見える。二人とも音楽家として、もう地盤が固まってるんだ。
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その後、3人で繁華街のビール屋にくりだした。本当は休みだけどエルンストさんの友達のやってる店で、3人のために秘密で開けてくれたようだ。
ミハウさんとエルンストさんが陽気に話してる、アルコール入りドイツ語を聞き取るので、俺は苦労した。ドイツ人同士で話すと当然、普通のテンポで、まだまだ俺にはついていけない。
俺と話す時は、皆、気を使ってくれたのがよくわかった。
俺と話す時は、ところどころ英語にしてもらったり、ゆっくり話してもらったりして、ちょっと申し訳なかった。
「カイト、そのお披露目公演ってのは、奏者とか決まってるのかな?公募とかしないだろうか。日本の教会のオルガンも是非、弾いてみたいんだ。」
エルンストさんが、聞いてきたけれど、俺にはさっぱりわからない。とりあえず、青井のHPのアドレスを教えといた。
「俺もこれ以上の事はわからないです。すみません。ユウは結局、日本に帰りましたが、また戻ってきたいそうです。南ドイツのパイプオルガンをひき比べてみたいとか言ってたんで。」
日本でのコンサートは成功したようだけど、ユウはドイツに戻って、また、”オルガン訪ねてドイツ放浪”する気じゃないかな。
「ああ、私だって、身軽な若い時は、よくやった。さすがにアジアやアメリカ方面は行けなかったけど」
「オルガンは。オーボエやペットと違い、持ち運べませんしね。オーボエ奏者の私は、逆に楽器を集めるほうで。アングレはもちろんダ・モーレとか古楽器とかね。妻にいつも文句を言われるんですよ、お金がかかりすぎって」
二人の余裕のある会話が羨ましい。
ここ最近モヤモヤしてばかりだ。
もうエントリーしたコンクールは終えたのだから、帰国すべきなんじゃないか。お金の余力のあるうちに日本での生活を整えるべき。
ドイツに残り、こっちで演奏活動を始めたい。
二者択一にはならないだろうな。こちらでの管楽器奏者の層の厚さを考えると、ドイツでの演奏活動は夢のまた夢なんだろう。
日曜日か月曜日、深夜1時~2時に更新。
今の処2週に一度のカメ更新です。すみません^^;




