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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
プロへの遠い道ー修行は続く
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ピッコロトランペットのマエストロ

カイトはピッコロトランペットの特訓を受けるべく、クラウスの師匠いあたるマエストロ・アドルフの家を訪問します。

 結局、香澄さんの話題は、その夜はそれで終わった。次の日の朝、フェリックスを学校へ送るクラウスの車に、俺も一緒に乗った。


 フェリックスの学校まで車で30分。ちょうど、ウチよりは、少し賑やかな住宅街の地域にあった。スクールゾーン・車乗り入れ禁止時間帯の道路もあり、クラウス親子は車を降り、手をつないで歩いていった。二人は楽しそうに話しをしてる。あそこまで会話できるようになったフェリックスはすごい。子供の能力は伸びるのがはやい。


 10月末で紅葉も終わりの時期、肌寒くはあるけれど、クラウスは、街路樹の下でごきげんなのが、離れた車に乗る俺にもわかる。


 俺は、そんな幸せな時をすごすクラウスが少し羨ましかった。セリナちゃんと結婚して子供が出来たら・・・と妄想したけれど、先が続かない。二人ともプロの音楽家になってる事が一番の前提になっていて、セリナちゃんはともかく、自分のこれからを思うと、前提条件が妄想でも、まだクリアできない。


 俺は五里霧中ってやつだ。現実ではマップもなければ、仕事を紹介してくれるギルドもないのだ。

 

** ** ** ** ** ** ** **

 11月、フランクフルトの教会での演奏会で、俺はピッコロトランペットを吹く。


 曲はヴィヴァルディのミサ曲「グローリア」。弦楽器4部に、管楽器は、ピッコロトランペットとオーボエだけ。メインは合唱で、オケはその伴奏みたいなもんだ。


 1度だけ大学で聴いた事があった。声楽の有志が集まり、臨時の合唱団が、クリスマスにこの曲を演奏した。細かくは記憶に残ってないのだけど、まさか自分が演奏する事になるとは、予想もしなかった。


 クラウスが戻るまで、曲を聴きながら、何度も頭の中でイメージトレーニングする。この曲でピッコロトランペットの出番は少ない。終曲のファンファーレの旋律は、間違えると”大事故”だ。演奏する箇所は少ないけれど、かえって待っている間の緊張感が半端ないかも。


 ピッコロトランペットはここ1か月ほどさらってない。去年の夏の音楽セミナーの時以来の本核的な練習だ。もっともその時でも泥縄式でほぼ付け焼刃のような練習だったけれど。その事をクラウス先生に話すと、ピッコロTpの名人を紹介してくれる事になり 今日、お宅を訪問する事になってる。


 クラウス先生は、部屋を散らかし放題にするし、千鳥足になるほど酔っぱらう時もあるけど、楽器の演奏や音楽についてだけは、いたって真面目で親切なんだ。 


** ** ** ** ** ** ** **


 車は住宅街をぬけ、だんだん家が少なくなり、丘のふもとが牧草地に変わり始めた。かなり田舎だ。


 演奏の手ほどきを受けるというより、クラウスの実家が本当は農家で、手伝いにかりだされた。・・・て事じゃないよな。多分。


「やれやれ、マエストロ・アドルフは、こんな田舎でどう暮らしてるんだか。カイト、あの楡の木の側にある古い家が、ピッコロトランペットの名手、マエストロ・アドルフ・ハインツェルのお宅だ。私の師匠でもあるので、今日は午前中、二人でしごいてもらう。」


**** ** ** ** ** ** **


 本当に動くのか?というような古いノッカーで、戸を叩く。

返事とともに、戸があき、婦人(母より10程年上かな)出てきて、クラウスをハグした。


「クラウス、よく来たわね。ちょうど今、ホットワインを入れたところ。ああ、あなたが日本から来たクラウスのお弟子さんね。」


 ハインツェル夫人(多分そうだろう)に、自己紹介をした。途端、笑われた。


(クラウス、俺、なんかおかしい事を言ったのかな?)

(くくく、武士の言葉にすると”お目にかかれて恐悦至極”って意味かな。古めかしいんだ。カイトの自己紹介、そこのフレーズだけ笑えるら、あえて放っておいたんだ、ははは)


 ひどい・・・俺は、恥ずかしくて顔が熱くなってきた。後から、白のあごひげの(多分)マエストロ・アドルフも来て笑い出した。でも、それで4人の雰囲気がすっかりリラックスモードになったから、それでいいか・・・。後でドイツ語会話教本のこの部分を、赤線で消してやる。



 古い家だったけど中は改装されて快適だった。特に音楽室はしっかりしてる。グランドピアノは日本のY社製だった。


 レッスンは俺から。まず、ピッコロトランペットで音階、アルペジオ等の基礎を吹いた。あーあ、音はなんとかなったけど、トリルとかやらされたらボロが出るかも。


 基礎が終わった所で、マエストロ・アドルフに至極基本的な事を、指摘された。


「カイト君だったね。姿勢も吹き方も悪くない。へんな力みもないけど、少し緊張気味。ただ、楽器の手入れが悪いな。まあ、コンクールの練習に忙しかったそうだけど。この楽器も大事にしてあげたほうがいい。その方がいい音が出る」


 あちゃー。まるわかりでございましたか。恥ずかしい。さっきは、ご愛敬ですんだ言い間違いだったけど、今度は冷や汗が出て来た。なにせ本番まであと10日もない。


 それから、ヴィヴァルディの曲を何度かさらった。若干の注意は受けたけど、”後は指揮者次第で”という箇所が何個か。マエストロが実際に2,3種類、違った解釈の演奏してくれた。


 やはり、マエストロ、師匠の師匠だけあって、絶品の音だ。天使のラッパが実在するなら、まさにこういう音色だろう。マエストロは独奏者として演奏活動をしてるのかな?


** ** ** ** ** ** ** ** **


「カイト、ちょっと手伝ってもらえるかしら?」


 俺のレッスンは終わり、クラウス先生の番になり、俺はそこで聴くつもりでいた。人のレッスンを見学するのも貴重な勉強になるから。


”いえイヤです”なんて言えないチキンの俺は、ハインツェル夫人・アンナさんと一緒に台所へ行った。


「夫人、何をすればいいですか?イモの皮むきくらいならお手伝いできますが・・」


「アンナと呼んで頂戴、私もカイトと呼ばせてもらうから。今日のお昼は、ここで食べて行ってね。ご馳走はないけど野菜たっぷりの田舎料理をご馳走するわ」


 それから、おれは、もくもくとイモ。ニンジン、タマネギの皮むきをした。オーブンをあけて何か入れた。アンナ夫人は、若干、ぽっちゃりとした体形で、幸せそうに笑う。


「ごめんなさいね、本当はレッスンを見学したかったんでしょ?」


 ここで無言で肯定した。ただし顔は笑顔で。練習を絶対見学されたくない生徒は、大学にも結構いたようで、健人がよくボヤいった。


 俺が無言でいるのに、気を回したのか、夫人が種明かしをしてくれた。


「クラウスがオケで新人の時、ウチが首席だったのよ。その縁でよく教えたりもしたんだけど。アドルフが引退した後は、たまに遊びがてらくるの。うれしい報告を聴けるときもあれば、残念な話しを聞く時もあるの。前に来たときは、奥さんが失踪した時だったわ。ウチに相談したかったのね。


今日のクラウスの顔からすると、微妙だったんだけど、念のためにね。カイトには悪いと思ったけど」



 ちょっとためらいはあったけど、俺はクラウスと香澄さんの抱えてるだろう問題を、俺なりの解釈で話した。アンナ夫人は、いろいろと知っていたらしく、フンフンと聞いていて、少し考え込んでしまった。


「ちょっとね。難しいわね。クラウスはフェリックス君を溺愛してるから、香澄さんが失踪した時には怒り狂ってたのよ。離婚しに戻ってきたといっても、揉めるのは当然よ。子供がいるんだもの。まあ、自立したい香澄さんの気持ちもわからないじゃないわ。」


 いろいろ話してるうち手が留守になっていた。アンナ夫人と俺は、ハラペコ二人が音楽室がら出てくる前にと、昼食の用意におおわらわになった。


 昼食はポトフに自家製ソーセージ、焼き立てのパン。知り合いのチーズ工房からもらったという特製チーズ。塩コショウの味付けで串にさした焼肉。飲み物は クラウスはビールを飲んでる。


 帰り、飲酒運転にならないか心配だったけど、本人は”ノンアルコールだ”と言いってるが、ハインツェル夫妻のぎこいない笑いが、気になる。。





 


 


 


 


 


 

週末の深夜、午前1~2時くらいに更新します。今の処、2週に1話のカメ更新で申し訳ないです。

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