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EARTH‐MASTER ―篁 葉月編―  作者: 早藤 尚
15/15

POS:00 春へ送る追想

 ぼくの名字は尾崎おざき。もちろんと言うかなんと言うか、名前はゆたか

 だからって校舎のガラス割ったり、盗んだバイクで走り出したりなんてしたことはない。ていうか出来ない。ムリムリ!

 拝啓伝説のミュージシャン様。ぼくは地味にしか生きられませんので。名前負けもいいところです何だかすみません。

 教室の窓から見える、なんてことない風景に謝り倒して席へつく。

 新年度の一学期だから出席番号順だ。前から順に、相川、浅野、五十嵐、稲葉、江藤、尾崎、篁。これが春の窓際ポジションをゲットしたメンバー。

 窓際後ろから二番めなんて、なかなか良い席だ。これは幸先いいなとぼくは浮かれていた。

 ともあれ席順てものは前後左右の人間も大事で、これが相性悪かったりすると一学期はお先真っ暗になってしまう。朝のHR前の浮足立った教室で、ぼくは周囲の席をこっそり窺った。

 左は窓だから前後と右。そのうち前と右は明るい気さくな雰囲気でいい奴のようだ。己の幸運にますますぼくは気を良くし、最後は自ら挨拶するべく後ろを振り返った。

「や、や! おはよう! よろしくね!」

 多少どもってしまったくらい何てことない。きっと向こうも挨拶してくれるさ。なんて思いながら精一杯の笑顔を維持し続けた。

「……」

 まだ笑顔。今日のぼくはへこたれない!

 笑顔キープ。

 キープ。

 キープ。

 ……そろそろ辛い。

 笑うってこんなに大変だなんて知らなかった。

「……あの。お、はよ?」

 折れそうになる心を奮い立たせて再度アタック。

 ぼくの後ろに座るクラスメイトは、頬杖をついてただただ窓の外を眺めていた。

 さらさらした髪、神経質なほどきっちり着こなした制服、だけどぼくに向けられた横顔は繊細な雰囲気を漂わせていて。

 じいっと見ていたら細い眼鏡の奥の瞳がゆっくり動いた。

「……?」

 うわ、すごい怪訝そうな顔!

「お、おおおはよぅ……」

「?」

 ――挨拶しても訝しがられるって何で!?

 そしたら彼は今やっと思い当たったみたいに、

「ああ……おはよう」

 とだけ言ってまたそっぽを向く。窓から見える景色は桜並木と駐車場だけで面白いものなんてないはずなのに。

 ともかくぼくは慌てふためいて頭を下げた。

「ごごごめんっ」

「……何が?」

「その、話しかけたら、まずかったかな、なんて」

 顔を上げて見た彼はやっぱり外ばかり見てて。

「別に。ただ、君に挨拶される謂れがないから。驚いただけ」

 その台詞にぼくが驚きだよ! 開いた口が塞がらないよ!

「……そ、そーなんだぁ……」

 でも解る気がするなあ。知らない人から挨拶されたらびっくりする気持ち。本当にぼくに向けての挨拶なのか疑っちゃうんだよね。

 どうやら彼もぼくと同じで人付き合いは苦手らしい。

 と言うか、全然関心ないみたいだ。ぼくみたいに上手く出来なくて後で落ち込むタイプってより、はなからコミュニケーションする気がないのかな。

 後ろの席との友好関係を半ば諦めかけたとき、教室のドアががらっと開いた。

 その途端、空気が変わる。

 登場するだけで周りを華やかにした張本人は、ぼくでも知ってる人気者。

 派手に着崩した制服、茶色と黒のまだらの長髪。女子の人気ナンバーワンのイケメン。東海林。性格もイケメンらしいから神様は不公平だ。

 これにはさすがの無関心くんも気付いたらしく、その視線は外じゃなくて東海林に注がれていた。そしてすぐにまた眉をひそめる。

 当たり前だ、校内でも有名な人気者が、迷いもせずずかずかとぼくらの方に歩いてくるんだから!

「うわっわっ」

 慌てて飛び退くぼく。意味なんかないけど、身体が勝手に避けてしまう。

 すると東海林はどっかりとぼくの席に腰を下ろして、

「よう、……久しぶり、篁」

 そう言ったんだ。

 もちろん篁からの返事はない。それどころか、ぼくが話しかけたときよりもさらに不審げな表情で東海林を見つめるばかり。

 その後も東海林は篁にいろいろと言ってはいたけれど、どれもなしのつぶてみたいで。

 ぼくはその光景をただ眺めていた。いや、ぼくだけじゃない、クラスのみんなが。


 ――それから、ぼくの席は半分東海林のものになった。

 ぼくが座ってるのは本当に授業中だけ。それ以外の休み時間、自習のときなんかも東海林はぼくと席を代わった。

 それは不思議な光景だった。

 到底仲が良いようにも、気が合うようにも見えないのに、ふたりはいつも一緒にいた。と言うか、東海林が篁にべったりだった。

 それにしては放課後は別行動みたいだし、とにかく不思議な関係だった。

 でも、意外と馬は合っていたのかもしれない。だってあの篁が、たまにだけど、ほんとたまにだけど、笑ってたんだから。


 いつしかぼくは席を譲ることにもすっかり慣れて、もういっそ席替えしたらいいんじゃないかなって思い始めた春の終わり頃。

 生温い日だった。昨日静かに降り続けた雨の匂いがまだ残ってる、そんな日だった。

 その日から、篁は姿を消した。

 不登校だとか、夜逃げだとか、はたまた神隠しだとか、根も葉もない噂が飛び交って、そしてすぐ消えた。篁がいなくなったように。ぱったりと。噂でさえも篁の影を見ることはなくなったんだ。

 東海林は、見た目沈んではいなかった。でもそれはぼくから見た印象であって、本当は悲しんでたりするのかもしれないとか、ぼくはいろんな想像を巡らせたけれど、だからってぼくに何かが出来るはずもなく。

 容赦なく過ぎ去る日々のなかで、ぼくもすっかり篁のことを忘れていったんだ。


 そうして、また春が来た。

 有り難いことにぼくは無事にそこそこの大学に合格し、卒業式もつつがなく終えたばかりの旅立ちの日。

 まだ風は少しひやっとしてて、桜並木もまだまだ蕾だらけの春だった。

 感傷的になったぼくは教室に別れを告げるべく足を踏み入れた。

 少しだけ眩しい日差しに影があって、それが先客だと気付くのに数秒。そしてその影が東海林だと気付くまでさらに数秒かかった。

 東海林は、窓の外を見ていた。

 窓際一番後ろ。その前の席に立って。ただ、外を。

 あれ。

 ぼくは、知ってる。ような。

 あの窓の向こうに、何が見えるか、ぼくは知っている。

 そう、桜並木と、駐車場。

 たいして面白いものじゃない。

 でも、彼が、ずっと見てた。春の景色。

「……篁」

 零れたぼくの台詞に、東海林がはっと振り向く。

「なんだ、オザキか」

 からかうようにぼくの名字を呼んで、笑った。と思う。正直逆光で東海林の顔はよく見えなかった。

「懐かしい名前聞いたなー」

 東海林の声はとてもさばさばしていて、少なくとも湿っぽくはなかった。

「お前覚えてる?」

 何を、と言われなくてもすぐに判った。

「う、うん。覚えてるよ! 三年になってからぼくが一番最初に挨拶したクラスメイトだった」

「まじで? 返事した?」

「えっ? うん、まあ」

「うっそ。俺一度も返してもらったことねーわ。あいつひでーだろ」

 それは苦笑いするしかない。

 だけどとてもしっくりくる気がした。ふたりが挨拶し合うとこなんか、想像出来ないし。

「そういや一学期は世話んなったな。席貸してくれてサンキュー」

「いや全然! たった一ヶ月くらいだったし」

 応えながら気付く。つまりそれはこのクラスに彼がいた時間だって。

 東海林はまたあの景色を眺めた。

「一ヶ月。短かったか、長かったか……」

 東海林はどっちに感じたのだろう。

 ぼくには判らない。

 目の前の東海林が抱いてる感情も、彼が、……篁が見ていた景色も。

 桜並木と駐車場じゃない、違う景色が、篁には見えていたんじゃないかなんて小説めいたことを考えてぼくは嘆息した。

 篁は行けたのかな。

 その景色がある世界に。

 新しい、世界に。

「あ。そーだ」

 東海林が笑う。今度は逆光に邪魔されずちゃんと見えた。別れの手振りまで。

「お互い、卒業おめでとさん」

「うん。東海林も、元気で」

 ぼくが廊下に出て、階段を降りるまで、東海林は教室から出てこなかった。

 きっとあの席で、まだ見ているんだろう。

 ふたりでいた、あの春の季節を。



END


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