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EARTH‐MASTER ―篁 葉月編―  作者: 早藤 尚
13/15

PRE:04 始まりを告げる者

「はじめまして! わたしはリーレイ。あなたと同じ守護者です」

 それが彼女の第一声だった。

 大半が針葉樹に包まれた時空の森と同じ、深い緑色の双眸を柔らかく細めて、彼女――リーレイはこちらに向かって手を差し出した。

「……こちらこそ。我が名はメディテイトだ」

 応えて、ほっそりとした彼女の手を握り返す。

 しかしリーレイは微笑んだまま小首を傾げると、

「……? それが、守護者ではないあなたの名前?」

 軽い衝撃だった。

 メディテイトは呆けたように口を開けたまま、でも、や、しかし、のような否定語ばかりもごもごと発して、しまいには俯いた。

「わたしは、リーレイ=ラヴァーズ。そして、大地の守護者、クロトクリン。ねぇ、あなたの名前は何て言うの?」

「わ、我……私の、名前は……ユーシェ」

 久しく口にしていない、もう名乗ることなどないと思っていたその名前を名乗る。

「ユーシェ=ユティカ」

 自分を捨てた、一族の名とともに。

 暗澹たる顔つきのメディテイトとは裏腹に、リーレイは屈託のない笑顔を向けた。

「これからよろしくね、ユーシェ」

 柔らかに降り注ぐ、暖かい陽射しのように。

「う、うん……リーレイ」

 ――それが、彼女達の始まりだった。



       *



「本当に独りで住むの? 私の一族が使っていた家のどれかに住んだっていいのよ?」

 ふたりで協力してどうにか小綺麗になった、ちいさな木造の家を見上げる。元々ここは旅人が一時の休息に使用するための家だったのだ。

 リーレイはこれから自分が住むことになる家の壁を慈しむように撫でて、

「いいの。だってユーシェの村は一族の人達が戻ってくるかもしれないでしょう? 勝手に上がりこんだりできないわ」

 彼らが今さら戻ってくるものか、とメディテイトは心中吐き捨てたが、リーレイが純粋に自分を思いやってくれていることがわかっていたため、反論はしなかった。

 それに、聞けばリーレイの家族は妹を残して誰ひとりいないらしい。戻ってくる可能性があるだけ、メディテイトの方がまだましなのかもしれない。

 氷の張った湖を眺め遣り、メディテイトは違う提案を口にした。

「なら、私もここで一緒に住む。お互い独りは不便だもの」

 目の前の家はふたりで暮らすにはいささか手狭だが、問題ないだろう。

 しかしまたもやリーレイは固辞した。微かな笑みを浮かべて、

「ダメよ。あなたは家族との家があるのだから……ちゃんとそこを守らなきゃ」

「……」

 憮然としてリーレイを軽く睨む。あの家を守ったところで得られるのは寂寥と悔恨だけだ。不便よりも何よりも、寂しいから一緒に暮らしたいのだと、喉まで出かかっていた言葉は何故か言えず、沈黙となって発せられるだけだった。

 リーレイは寂しくないのだろうか。

自分と同じほどの、寂しさを感じてはくれないのだろうか。

 それでも、自分もリーレイも独り暮らしだと判っていれば、どうにか我慢できることだった。


       *


 それからは、よくふたりで森を歩いたり、どちらかの家でゆったりした時間を過ごすという日々が続いた。

 リーレイは守護者の力が上手く制御出来ないのだと、ことあるごとに憂えていたけれど、メディテイトにその心情はどうも理解しがたかった。

 メディテイトが力をふるったのはそう多い回数ではない。しかし、だからと言って不安に思う気持ちはひとつもなかった。

 メディテイトは、いつもなりふり構わず、言うなれば自棄だったのだ。制御出来る出来ない以前の問題である。

 だから、きちんと制御しようと思うリーレイは、ときに損なほど、優しく、そして強い人間なのだろう。

「ユーシェは、アースマスターが来ると思う?」

 昼下がり。彼女の家で、温かいお茶を飲みながら寛いでいたときのこと。

 リーレイが不意にそんなことを訊いてきた。

「来るんじゃないかしら」

 まるで期待していない口調でメディテイトは答えたが、リーレイは嬉々としてテーブルの向こうから身を乗り出し、

「やっぱりそう思う?」

「やっぱり、って……どういうこと?」

 訝しげに問う。その言い方では、まるで……。

「わたし、アースマスターを待ってるの」

 静かに、凜とした声音でリーレイはそう言った。手にしたカップに目を落とすと、

「ううん、わたしの未来を変えてくれるなら……アースマスターじゃなくたって……、

 ちいさく呟く。

「アースマスターなんか来たところで、未来が変わるものか。来ても来なくても同じよ」

「どうして? アースマスターが来れば、もう誰かを傷付けたり、戦ったりすることもなくなるのに。ユーシェはアースマスターが嫌い?」

「嫌いって……そういう問題でもないでしょう」

 言って、そっぽを向く。

 召喚者など来ても、失ったものが今さら戻るはずもない。少なくともメディテイトは、アースマスターなる召喚者に会いたいとは思わなかった。

 不意に腰を上げ、リーレイはポットを手にとった。メディテイトのカップへ中身をつぎ足し、楽しげに喋り出す。

「わたしにとっては、ユーシェもアースマスターよ」

「な、何故?」

「うーん、良い出会いだったから、かしら。わたしひとりでいる未来より、ユーシェとふたりでいる未来の方が、ずっと素敵でしょ? そういう意味で未来は変わったわ。だから、わたしにとっては、あなたもアースマスター」

 ね? と嬉しそうにリーレイは首を傾ける。亜麻色の髪がそれに合わせて揺れた。なみなみと注がれたカップから、鼻孔をくすぐる柑橘系の香り。

 無性に胸の奥が熱くなって、ごまかすためにお茶を飲むふりをした。

 この時間が永遠に続けばいいと思う反面、それは難しいということをメディテイトはよく知っている。

 リーレイが望むと望まないとにかかわらず、このまま守護者が全員覚醒すれば、争いは避けられない。それこそアースマスターの有無に関係なく。

 そうなれば、こうして過ごす時間はもう訪れないかもしれないのだ。

「私も。……リーレイといる未来の方がいい」

 少しでも長く、この時間が続きますように。

「私より早く、私の知らないところで死んだりしてはいけないわよ」

「ユーシェは心配性ね。じゃあお守りでも作りましょうか」

 名案でも思いついたかのように、両手を合わせるリーレイ。

「守護者の力をこめて、お守りを作るの。出来ないかしら? ううん、出来る気がするわ。いつでもお互いの安否を確認出来るように……どうしたの、ユーシェ?」

「な……なんでもないわ。そうね、作ろう」

 慌てて笑顔で取り繕い、リーレイに同意する。

 しかしその内心は、かなり動揺していた。メディテイトはいそいそと準備を始めるリーレイを、目から鱗が落ちたかのように凝視する。

 ――守護者の力を、お守りに。

 そんなことは、考えたこともなかった。 ふるえばあとに残るのは破壊の傷痕と堪らない嫌悪感くらいのもので、あんな力は厄災を呼ぶだけだと思っていたし、事実、そうだった。

 何か、良いことに転用しようなどとは、思いもしなかった。

 そして、メディテイトは己とリーレイの違いを理解した。

 彼女は、いつでも前を見据えている。過去にばかり囚われて、いつまでも失ったものを嘆いているメディテイトとは、根本的なところから違っていたのだ。

 だからリーレイはメディテイトの一族が帰ってくると信じられるし、アースマスターを望みもする。少しでもより良い未来を紡ぐために。……幸せに、なるために。

「リーレイ。作ろう、お守り。私も、欲しいわ」

 顔を上げたリーレイは嬉しそうに、柔らかな微笑みをメディテイトに返した。


        *


 ふたりで苦心して作ったお守りは、無事に完成した。メディテイトが作ったものは花を模したデザインで、リーレイが作ったものは雫の形をした、手の平にすっぽりと収まる大きさのお守りだった。

 ふたりはそれを交換して、花のお守りはリーレイに、雫のお守りはメディテイトがそれぞれ大事に持つこととなった。

 守護者の力をこめる、という作業は存外に難しかったが、リーレイが手助けしてくれたおかげでなんとか成功した。メディテイトに比べリーレイはさすがと言うべきか、力のコントロールは抜群に良かった。あれで制御が上手くないと言われてしまっては、メディテイトなどただ力を放出しているだけ、となってしまう。

 手の平に乗せたお守りを眺めて、メディテイトは口許をほころばせた。

 あれからまた月日が経った。

 細部まで知りつくした針葉樹の森を、湖に向かって歩く。どうしたことか、今日はやけに静かだ。普段なら梢のざわめきくらいあるのだが。

 木々の向こうに見慣れた亜麻色の髪が翻るのを目にとめ、声をかけようと小走りで近付く――が、すぐに足を止める。

 リーレイが、見知らぬ人間を連れている。

 男だ。自分やリーレイより少し年下くらいだろうか、男のくせに線の細い、メディテイトから見れば軟弱そうな少年だった。半ば引っ張られるように腕をとられたその少年は、体調が良くないのか足取りが覚束ない。

 それは、誰?

 すぐにでも問い詰めたかったけれど、とある理由がメディテイトを阻む。

 少年の衣服が少し変わっていること。

 それから……リーレイが、とても嬉しそうだということ。

 そのふたつから導き出される答えに愕然として立ち尽くす。

「時間、切れなの……?」

 リーレイとの暖かな日々は。

 いや、まだだ。まだ決めつけるわけにはいかない。

 ――確かめなければ。

 リーレイに。何があったのかを。

 意を決して、メディテイトはリーレイの家へと足早に向かった。


        *


「結局、あいつは何者なの?」

 あの日以来鳥の囀りも木々のざわめきも聞こえなくなった森の片隅。リーレイの家からほど近い、けれど死角になる場所で、メディテイトはリーレイと会っていた。

「んー、……アースマスター、かしら?」

 首を傾げて困ったように微笑むリーレイ。

 その返答にメディテイトは思わず詰め寄り、

「ごまかさないで! 本当にそう思っているわけではないわよね? そんなはずないじゃない!」

「……そうね。やっぱりそうよね」

 悄然と肩を落とすリーレイを見て、メディテイトは慌てて勢いを弱める。

「責めてはいないわ。リーレイは、本当に信じていたのね。あれがアースマスターだって」

「ううん。いいの。確かに最初はそう思っていたけれど……やっぱり何か違う気がするわ、彼」

 言って、リーレイは眉をひそめた。

「違うんだけど……違わないのかしら? でも北の扉から現れたし……。どちらかと言うと、わたし達に近い感じがするの」

「私達? リーレイ、それは――」

 その先に続く言葉を失くす。

 つまり、あの少年は守護者ではないかと、リーレイは疑っているのか。

 守護者が、召喚者としてこの世界に現れる。それは確かに、有り得ないことではないのかもしれないが、いかんせん突拍子がない推測だ。

 とにかく、とリーレイは気を取り直すと、

「しばらく家にいてもらおうと思うの」

「……え? ど、どうして?」

「本当に守護者なのかもしれないし、それに、葉月はまるきり知らない世界に来て右も左も判らないのよ? 放っておけないでしょ?」

 リーレイが屈託なく笑う。

 葉月というのがあの少年の名前らしい。今は体調を崩して寝込んでいると聞いたが、まったくもって弱々しい。

 いまだ直に会ったことすらない人物に向かって、メディテイトは心中で憤慨した。

「だからって、一緒に暮らすまでしなくても……!」

 相手はまがりなりにも男なのだ。リーレイに危機感というものはないのだろうか。

 もしくはそんなことが念頭に浮かばないほど、異性として眼中にないということなのか……。

 そうであろう。そうであってほしい。

 リーレイがメディテイトの手を取ってにっこり微笑む。

「もう決めたの。……それに……それに、たとえアースマスターじゃなくても、わたしの未来を変えてくれる人なのかもしれないから」

「期待して、傷付くのはリーレイなのよ!、

「大丈夫。判ってる」

 ふわりと、深緑の双眸が優しく細められる。

 そう言われてしまっては、返す言葉もない。メディテイトは仕方なく口をつぐんだ。

 判ってて、それでもあいつに期待するの……。

 あいつは、何も知らないのに。


        *


 ――あいつが目覚めたら、すべて終わりだ。

 雫のお守りを確かめるようにしっかりと握って、メディテイトは薄い水色の空を見上げた。

 あの少年が来てからというもの、一切の音が消えた。風も吹かなければ空模様に変わりもない。

 まるで、嵐の前の凪のように。

 事実その通り、猶予期間だったのかもしれない。少年が本当に守護者だとすれば、最後の十九人めということになる。彼の目覚めが――始まりの合図だ。

 身を預けていた樹の枝から軽々と飛び降りて、メディテイトは親友を想った。

 メディテイトの危惧など余計だったかのように、リーレイに変化はなかった。

 彼女の言うとおり、自分は心配性なのかもしれない。

 そう思っていた矢先。

 ある日を境に、彼女の様子が微妙におかしくなったのだ。

 少年の話題になると、嬉しそうに目を細める。どんな少年なのか、その日はどんな会話をしたのか、それは楽しそうにメディテイトへ語り出す。

 メディテイトの知らないリーレイが、そこにいた。

「……リーレイには、似合わないわよ。あんななよなよした男」

 どうにも堪らなくなり、ある日つい言ってしまった言葉。

 彼女はびっくりしたようにメディテイトを見つめ、首を横に振る。

「えっと……ち、違うの違うの」

 口では否定しているが、その頬はほのかに赤らんでいる。はにかんだまま、斜め下に俯いて、

「ただ、嬉しい言葉を……貰ったのよ」

 と、噛み締めるように呟く。

「未来は、変えられそう?」

 意地悪のつもりで尋いた台詞なのに、リーレイはとても綺麗に微笑んだ。

「……わたしの、アースマスターだもの」

 ――何も、言えなかった。

 胸に渦巻くのは妬みやそねみ、羨望がないまぜになった名称不明の感情で、そのときのメディテイトにはそれを表に出さないようにすることで精一杯だった。

 だから、無理矢理己に言い聞かせた。

 リーレイが幸せなら、それでいいのだと。

「でも、それももう意味ないのね」

 握りこんだ手の平をそっと開く。

 粉々になった、雫のお守り。いや、お守りだったもの。

 今日、突然、何の前触れもなく、お守りは破裂した。ひしゃげて、潰れて、原型すら留めないほどに。

 心配性な自分のために、彼女が作ってくれた、彼女自身。お互い離れていても相手の安否がわかるようにと――。

 それが、これほどまでに、痛々しい姿に成り果てた。

「……っ」

 視界から消し去るかのように再び握りこみ、俯いて鳴咽を漏らす。涙の雫が頬を熱く濡らした。

 リーレイが望んでいたのは、こんな未来ではなかったのに。

「……私が、望んでいたのは、こんな未来じゃなかったのに……っ」

 未来は変わるのではなかったのか。変えるのではなかったのか。

 リーレイに、見初められた、あの人間が!

 溢れる涙を強引に拭い、メディテイトは顔を上げる。己の身体に纏った銀色の鎧に指を滑らせ、遥か湖畔を透かし見る。

 あの少年には、多少無理矢理にでも、覚醒してもらう。

 思い知ればいい。自分やリーレイの苦悶を、嘆きを。己自身に刻めばいいのだ。

 猶予の期間はもうその意味をなさないのだから、ならば自らの手で砕きに行こう。

 風吹かぬ無音の世界に、新たな風を運んでみせる。

「今の私はメディテイト。誇り高き天空の守護者」

 ――そして、始まりの鐘を鳴らしに行く者。



fin…


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