第100話:掃除屋の朝。――次は、どこを磨こうか。
数ヶ月後。辺境の村にある、小さな掃除屋の事務所。朝の柔らかな光が差し込む窓辺で、リトはいつものように雑巾を絞っていた。
宇宙を揺るがした戦いの痕跡は、もうどこにもない。女神オメガは世界の循環を穏やかに見守り、銀河には新しい生命の鼓動が満ちている。リトの腕から「清掃奥義」の紋章は消えていた。
特別な力は、もうない。
けれど、彼の手には、磨けば磨くほど輝きを増す日常が握られている。
「リト様! また一人で始めちゃうんですから。今日は城の回廊を拭く約束でしょう?」
事務所のドアを開けて入ってきたのは、エプロン姿のエルナだ。後ろからバケツを運ぶアルテミスと、新しい洗剤を手にしたルクレツィアが続く。
「はは、ごめん。つい、朝の光があまりに綺麗だったから」
「言い訳は無用ですわ。さあ、今日のノルマは山積みです。お隣の奥様が『台所の油汚れがひどい』とお困りでしたわよ?」
「宇宙の英雄が台所の油汚れか……。……最高だね」
リトは笑って、肩に雑巾をかけた。事務所の外に出ると、そこには色鮮やかな世界が広がっていた。人々の話し声。子供たちの足音。風に乗って流れる、誰かの家の夕餉の匂い。それらすべてが、磨き甲斐のある、愛おしい「汚れ」たちのアンサンブル。
リトはふと足を止め、どこまでも続く青い空を見上げた。そして、傍らに寄り添う三人のヒロインを見渡し、最後に――。
リトは、こちらを見て笑った。
「なあ。そこ、少し曇ってないか?」
彼の視線は、物語の外側――この世界に向けられている。
「……手伝ってくれるだろ?」
そして、宇宙のどこかで。
「キュッ!」
と、小さく世界が鳴った。
(完)
ここまで読んでくれたあなたへ。
物語は終わります。
でも、汚れは終わりません。
もし明日、少しだけ世界が曇って見えたら――
どうか、思い出してください。
掃除屋は、あなたの隣にいるかもしれません。
「キュッ!」と。
ご愛読、本当にありがとうございました。




