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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
三章 彩を移す光
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3話 平気な人




 

 魔道図書館に通い続けた暫く後の日のこと。

 いつもの実験室は気だるげな眠気に包まれていた。


 昼食から一時間ほど経ったこの時間、シヴァンは大きなあくびを隠しもしなかった。


『眠そうですね』


 リフィエルの視界の端で、シヴァンはマリアベルの言葉を見ながら気の抜けたような笑みを浮かべていた。


 窓から差し込む陽の光は半分以上がシャッターで塞がれ、床に色を乗せている。冷房からは常に涼しい風が吹いて、彼らの目の前の紙の端を揺らしていた。

 

 皆の囲む大きな一つのテーブルには先日魔道図書館でまとめ上げたレポートが散乱している。少し背の高いテーブルを四人は囲み、それぞれが意見を出し合い、話し合いを続けてきた。

 リフィエルの手元には意見を取り入れた新たな魔術式が紙に書き連ねている最中だった。ふと彼女のペン先が止まった。


(いや、この式じゃだめだ)


「国も意地悪っすよね。三ヶ月しか魔空石を貸し出ししてくれないなんて」

『時間がいくらあっても足りません』

「最悪期限を伸ばせるか交渉はしてみるが、まあ、無理だろう」


 皆の話を話半分で聞きつつ、式に斜線を入れる。

(ここまでは良いと思う。この後半部分が決まらないな。何が欠けてる?)

 リフィエルの思考は魔術式にのみ向けられていた。


 また一つ、シヴァンがあくびをする。涙目を手首で雑に擦りながらリフィエルの傍に寄り、彼女の書いている式を覗き見た。


「んー、あれ、この式なんすけど」


 そう言ってシヴァンの指が誤ってリフィエルの指先に触れた、その瞬間。


 シヴァンが驚く声を上げるよりも早く、リフィエルは後退り、触れられた指を胸元に隠していた。


「……あ、」


 リフィエルの口から、情けない声がこぼれ出る。

 驚いた様子のシヴァンが、みるみるうちに悲しげな表情に染まっていった。


(いつもならすこしくらい我慢できる、のに)

 人の群れで生活する以上、故意でないにしろ触れられることは度々あることだ。リフィエルはその度になんてことない顔をして、震える体も怯える心も隠し、そっと離れるようにしてきたというのに。

 

「ご、ごめんなさい……、ちょっと、びっくりして」


(こんな避けるようなやり方、良くないのに。なんで、ボク)


「……い、いや、俺も悪かったっす」


 気まずい空気が二人を包む。

 リフィエルの眉が下がり、何かを口に出そうと唇を動かすも、言葉は出てこない。

 シヴァンのシルバーの瞳は悲しそうに細まっている。あくびのしすぎで涙目だったことも相待ってか、とても悪いことをしてしまった気分だった。

 

 見るに見かねたのだろう。マリアベルのステッキの先が動き魔術語が現れ始めてすぐ、ルーディスが手で制する。

 マリアベルが頷き、ルーディス以外に見られることのなかった魔術語は空気に溶けて消えていった。



「エルダー。リフィエルは人との接触を嫌う。貴様だけではない」


 シヴァンとリフィエルの視線が、ルーディスに注がれた。彼は相変わらず何を考えているのか分からないような表情で二人のそばにやってくる。

 淡い魔力灯の灯に照らされて黒髪に若干の緑色を移していた。


「誰にでも嫌がる。そういう性質なだけだ」


(管理官、フォロー、してくれてるの?)

 リフィエルの過ちだというのに。そう考えてしまうと更に申し訳なくなって、でも何を言えば良いのかも分からない。

(もう一回謝罪? いや、しつこすぎ?)


「でも管理官には平気そうっすよね」


 シヴァンの表情に悲しみの色が消える。その代わりにやってきたのは拗ねだった。眉をしかめて下唇を僅かに突き出した彼のそばにマリアベルがそっと寄って行く。

 その表情を見て、ルーディスが笑みを浮かべた。不機嫌な合図ではなく、どちらかと言えば楽しそうな笑みだ。眉尻が下がり、両頬が持ち上がっている。

 ルーディスはその顔をリフィエルに向けた。胸元で拳を握り指先を隠していたリフィエルに対して、ゆっくりと手を差し伸べる。


「俺に触れてみるか?」

「えっ」


(触れるって……、管理官の、手に?)

 リフィエルの視線が忙しなく動く。空調の音が一旦止み、静まり返る実験室の中、リフィエルには自分の鼓動の音だけが妙に大きく聞こえていた。

 ルーディスは自分からリフィエルに寄ることはしない。ただ手のひらを天井へ向けて、指先をリフィエルへ差し出している。笑みは消えたが、その表情には柔らかな何かが浮かんでいるような気がした。


(ボクから、触るの?)

 自分から誰かに触れたことなど、数えるほどしかない。

 どうしよう、触っても平気なのだろうか。

 そんなことを考えて、ふと思い出した。


 梅雨時期、毛先に触れられても平気だった。

 ドッグカフェに行ったあの日、電車の中で腰に触れられたけど、怖くなかった。


 リフィエルは唾を飲み込んだ。


(ボク……、管理官なら、平気、なのかな)


 胸元で強く握っていた手のひらから力を抜き、そっとルーディスの手の方へ伸ばして行く。

 恐る恐るといった様子で、繊細さすら感じる動きにシヴァンとマリアベルが固唾を飲んで見守っていた。


 ルーディスの目が僅かに細まる。

 しかしリフィエルは、彼の表情を見れる程、心の余裕はなかった。


 ――ゆっくり伸ばした手が、ルーディスの人差し指の先に触れる。


 指先と指先が触れ合う程度の、ほんの些細なもの。温かさがじわりと、指先から伝わってくる。


(……やっぱり、怖くない、かも)


「おおー!」


 シヴァンからの歓声にリフィエルは思わず手を引っ込めた。シヴァンは拍手しながら、リフィエルに近寄って行く。


「じゃあ俺は?」


 そう言ってシヴァンが差し出した手に、リフィエルがたじろいだ。


「エルダー、貴様はまだ早い」

「えー。管理官は平気だったじゃないっすか」


 ルーディスはリフィエルと触れ合った指先を見ながら、指先同士を擦り合わせている。空調の音がまた鳴り出し、涼しい風が吹き始めた。かさり、テーブルの上にあった書類が床に落ちる。

 

「ここまでくるのに、俺がどれだけ心を割いたと思ってる」


(心を、さく……)

 リフィエルはなんだかルーディスを見れなくなった。彼があまりにも嬉しそうな顔をしていることに気が付いてしまったから。


 リフィエルは指先を見た。

 まだ少し、彼の熱がある気がする。


「そもそも貴様がリフィエルに触れる必要はない。今後は控えろ」

「いやまあ、そうなんすけど。でもそれって管理官は良いって言ってます?」

「さあな。さて、仕事に戻るぞ」


 マリアベルがそっとやってきて、シヴァンの腕を叩く。シルバーの目がマリアベルを見てから、彼女はゆるく首を振ってステッキを持ち上げた。


『私もリフィエルさんと触れたことはないです』

「マリアさんでもかあ」

『それに、あんまりリフィエルさんにちょっかいをかけると、後が怖いですよ』

「え? なんで?」


 シヴァンの質問にマリアベルはちらりとルーディスを見た。彼はもう風で飛んだ書類を床から拾い上げているところで、背中に垂れる黒髪が床につきそうになっている。

 ルーディスが拾い上げた書類をリフィエルが受け取ると、ルーディスの顔が僅かに和らいだ。

 リフィエルの表情もどこか、柔らかい。


 マリアベルはそれをとても嬉しそうに顔を綻ばせて見守っていた。


『シヴァンさんも、そのうち分かります』


 

 

 

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