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第41話 過去の告白、相棒の進化


アストリアでの激闘を終え、千尋たちはオフィスに戻ってきた。王都を埋め尽くした民衆の熱狂が嘘のように静まり返った空間に、千尋は安堵と、そして言いようのない寂しさを感じていた。


「皆さん、お疲れ様でした」


霧島の静かな声が、疲労に沈む空気を震わせる。誰もが傷つき、泥まみれだったが、その瞳には嵐を乗り越えた者だけが持つ、確かな決意が宿っていた。大泉と如月、葵がソファで休む中、千尋は隅に置かれた二台のバイクに駆け寄った。マメ太とソウマは、ダンジョンでの激戦を物語るように、至るところが傷だらけだった。特にマメ太は、エンジン部分がひどく損傷し、無惨な姿を晒している。


「マメ太…ソウマ…」


千尋が心配そうに声をかけ、震える手でマメ太の冷たい車体を撫でる。いつもの、力強く脈打つ鼓動は聞こえない。ソウマもまた、かすかにエンジンが震えるだけで、その力強さを感じることはできなかった。千尋の胸に、底知れない不安が込み上げてくる。


その時、背後から大泉の声がした。


「ちーちゃん、ちょっと来てくれるか」


その声は、かつてないほど真剣で、千尋は背筋を伸ばして振り返った。大泉は、霧島、如月、そして葵を会議室に集め、重い口を開いた。


「この話は、皆に知っておいてほしい。俺と…紀子の話だ」


大泉は、ゆっくりと過去を語り始めた。彼の声は、まるで遠い記憶を辿るように穏やかだったが、その奥には深い後悔と悲しみが滲んでいた。


「俺と紀子は、同期なんだ。俺たちは、このアストリアに『御使い様』として、共に仕事を始めた」


昔は、御使い様も大泉と紀子の二人だけだった。今ほど結界魔法が整っていない時代、王都から離れた領地では魔物や瘴気の被害が酷かった。紀子は、そういった領地に積極的に足を運び、なんとか被害を抑えようと奮闘していたという。二人で、労働時間も無視して、残業の毎日。そこに、貴族からの横槍が入った。そんな小さな村より、王都を優先しろと。


「紀子は、貴族のエゴに深く傷ついた。彼女は、命を削るようにして戦っているのに、人間はまた同じ過ちを繰り返す。俺は…そんな彼女を支えようと、王都にも配達をするように調整をした。それが、紀子には裏切りに思えたようだった」


大泉の目に、深い後悔と悲しみの色が浮かんでいた。


「紀子は、自分の使命を歪め、力を悪用し始めた。自らの理想とする世界を創るためにな。俺は、彼女を止めようとした。だが…」


言葉は途切れ、大泉は虚空を見つめた。


「彼女は、俺に『裏切られた』と言って、姿を消した」


その言葉は、大泉自身に言い聞かせているかのようだった。


「御使いとフェンリルは、御使いの心を映し出す。紀子が絶望に囚われた時、彼女の相棒だったフェンリルも、白銀の輝きを失い、黒く染まった…」


大泉は、千尋が抱えるマメ太に視線を移す。


「お前たちがダンジョンで見た、黒いフェンリル。あれは、紀子の相棒だったんだ」


千尋の胸に、激しい衝撃が走った。黒く染まったフェンリル。それは、絶望に堕ちた御使いの心を映し出す鏡。マメ太が、あの黒いフェンリルと同じ存在。もし自分が紀子と同じように絶望したら…マメ太も、いつか…そんな考えが頭をよぎり、千尋は震えた。


大泉は、千尋の不安を察したかのように、言葉を続けた。


「マメ太とソウマのダメージは、想像以上に深刻だ。このままでは、もう走れない。だから…新しいバイクに買い換えるしかない」


その言葉に、千尋は息をのんだ。嫌だ。心が叫んだ。


「そんな…!嫌だ…!マメ太と離れたくない…!」


千尋の悲痛な叫びに、如月は静かに彼女の肩に手を置いた。


「ちーちゃん、落ち着いて。大泉さん、何か方法はないんですか?」


「ああ。御使いの相棒は、ただの乗り物じゃない。御使いの魂と深く結びついている。だから、新しいバイクに買い換えても、彼らの魂を移すことができる。それに…」


大泉は、千尋の瞳をまっすぐに見つめる。


「新しいバイクは、ちーちゃん自身の成長を反映する。ちーちゃんがこのアストリアで、御使いとして、そして一人の人間として成長したように…彼らも、ちーちゃんと共に進化するんだ」


千尋は、大泉の言葉を深く考えた。マメ太とソウマの魂は、自分と共にある。形が変わっても、彼らは変わらずに自分の相棒なのだと。それは、絶望に囚われた紀子と、彼女の相棒が辿った道とは違う。彼らは、希望の光を纏ったまま、自分と共に歩み続ける。千尋は、その事実に強い希望を感じた。


千尋は、意を決して、大泉に頷いた。


後日、大泉たちの協力もあり、千尋と如月は新しいバイクを購入した。千尋は、新しいバイクに、慣れ親しんだマメ太の部品の一部を再利用して組み込んだ。新しいバイクに跨った千尋は、以前よりも軽く、そして力強く加速するのを感じた。


「すごい…!まるで、マメ太が、喜んでいるみたい…!」


千尋が感激の声を上げると、大泉は静かに微笑んだ。


「ちーちゃんは、このアストリアで、御使いとしての力を自覚した。その力がちーちゃん自身の姿を、そして相棒の姿を変えていく。次にアストリアへ行けば、ちーちゃんの姿も少し大人びて、変わるだろう」


大泉の言葉に、千尋はオフィスに設置された鏡の前で自身の姿をじっと見つめる。そこには、以前よりも少し凛々しく、そしてどこか自信に満ちた表情を浮かべる自分がいた。


そして、千尋は、アストリアへ旅立つ前に、地球でやるべきことを見つけた。


「私、バイクの免許、取ってきます!」


千尋の決意に満ちた声が、オフィスに響き渡る。彼女はもう、誰かに頼るだけの少女ではない。自分の力で、この世界と、そして紀子と向き合うことを決意した、一人の御使いとして、新たな一歩を踏み出したのだった。


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