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5話―① 心が落ち着くマンドラゴラチップス

 クライドたちが滞在している宿屋の廊下。セオドアが「着替えました」と言いながら自室から出てくるのを待って、シャルロッテとクライドは隣の部屋へ入る。ちなみに、セオドアの部屋は、空間魔法から出した服や本が大量に置いてあるのでこれから使うのはクライドの部屋だ。


 セオドアが小走りで先回りし、シャルロッテのために椅子に手をかけ引いた状態で待ち構える。

 気合いの入りすぎている奉仕体勢につい頬を緩めながら、彼女は礼を言って着席した。セオドアは向かいへ。ベッドに座ったクライドが、彼の方を見た。


「俺から話すぞ」


 こくりと頷かれるのを見て、落ち着かない様子のセオドアからシャルロッテへ視線を移す。


「セオが七歳の時だ」


 端的に、その過去は語られた。


「こいつの目の前で、両親の乗った船が海中から出た魔物に食われてる」


 シャルロッテは、衝撃を受けると共に、ひどく納得した。自分を湖から連れ出そうとした彼の必死さは、一度肉親を失っているからこそだったのだ。

 あの恐ろしい海を思い出したのか、セオドアの手が固く握りしめられ震えるのを、クライドがそっとなでて和らげる。


「元々、兄弟同然に育ったけどな。それがあってから、従兄だった俺の家に養子としてこいつが来てる」


 それから、クライドは、一度言葉を切ってシャルロッテを見据えた。


「だが、まあ、生きてる可能性はある。飲み込まれた人間全員、当時のままの状態で」

「……? それは、どういう」

「普通は、人を襲うような魔物じゃねえんだ。体内は亜空間に繋がってて、大昔はその知性と回遊の習性を利用して船の代わりにされてたらしい」


 つまり、と、シャルロッテが問いかける。


「その時出た魔物は、瘴気の影響で行動に異常を来していた? 今も海のどこかを泳いでいて、浄化さえできれば、ご両親も帰ってくる?」

「浄化できれば、な。運良く遭遇できても、すぐ海中に逃げられるし、デカすぎて足止めも効かねえ」

「でも、遠隔で浄化できれば――」


 その時、突然、外からこの世のものとは思えない壮絶な叫び声が聞こえてきた。

 鼓膜を突き刺し、脳まで震わすような甲高く不快な音。眉をひそめたクライドが、剣をつかんで部屋を出る。


「お前らはここにいろ」


 なんだか聞いたことがあった。音のする方向、宿の裏庭に出ると、普段立ち入り禁止になっているそこには畑があった。

 土の上、宿主が倒れているかたわらには――


「マンドラゴラか……!」


 人面の根菜みたいな魔物が、物凄い形相でジタバタと暴れ叫んでいる。


「あー……きっついなコレ」


 クライドは、その首を、剣でサックリと落とした。

 辺りが静かになる。


 ――たしか、叫び声を聞いたら精神に異常を来すんだったか……? 効果は個体によって違うとか。


 魔力で精神作用をある程度ブロックできるクライドは、なんだかそわそわするだけでどんな異常が起きているのかわからない。


「おい、起きろ、庭でマンドラゴラなんか栽培するな……!」


 宿主を揺り動かすと、一応目は開いたが、

「うぅん……明日から……明日から本気出すから……スヤァ」

 寝てしまった。


 マンドラゴラの頭部に縄をくくりつけてあるから、離れた所から引っこ抜けばセーフと思ったのかもしれない。少しも距離が足りていないが。

 クライドはマンドラゴラをつかみ、宿主を放置して二階へと上がった。


 ――食えば回復が早まるんだったか……にしても、一体これはなんの効果だ? 怠惰? 睡眠?


 残してきた二人も寝てしまっただろうかと扉を開ければ、起きてはいた。

 シャルロッテが、セオドアに詰め寄り、その頬を両手で挟んで至近距離で目を合わせている。そのねだるような笑みは、慈愛に満ち過ぎていていっそ暴力的だ。


「ねえ、セオドア、教えてほしいの。どこの海? 今すぐ行きましょう」


 一方、頬を染めていたセオドアは、クライドの方を困ったように上目遣いで見る。


「クー兄ちゃん……あの、オレ、シャルロッテと仲良くなりたいんだけど……どうしたらいいかなぁ」


 ――自制心の低下。


 クライドは悟った。


「きっついな、コレ……」


 自分も狂った方が楽だった。

 とりあえず、シャルロッテをセオドアからやんわりと引き剥がす。


「落ち着け、いま行っても仕方ねぇよ。たくさん食って、寝て、魔力溜め込んで待っててくれ」

「でも」

「でも、じゃねえ」


 シャルロッテの頭に伸ばそうとした右手を、クライドがとっさに左手でつかむ。


 ――危ねえ、なで回すところだった。


 自制心の低下。よそのお嬢さんなので、一応、昔から過度な子ども扱いはしないようにしている。

 すると、今度は、セオドアが控えめに服の裾を握ってきた。


「クー兄ちゃん。シャルロッテが、助けてくれるって……。優しいね……本当、好き……」

「あ〜……」


 これは、正気に戻った時に記憶が残るのだろうか。恥ずかしそうにぽそぽそとしゃべる弟をなんともいえない顔で見てから、クライドは二人に念を押す。


「いいか、お前ら、大人しく待ってろよ。なにもするな、しゃべるな、あとで後悔しても遅いからな」


 そして、食べると精神異常が早く治まるというマンドラゴラを手に、一階のキッチンへ向かう。


 ――このまま食わせるわけにもいかねぇしな。熱が駄目とも聞かねぇし。


 頭の取れた断面を見てみる。薄黄色で、少しざらざらとした感触。


 ――たしか、それっぽい味だったな。


 鍋に浅く油を注いで加熱。マンドラゴラは洗って皮をむき、輪切り状に薄くスライス。

 調理台の上に、なにやら薄くスライスするための道具らしきものがあるのに気付いたが、すでにクライドは包丁で紙レベルになるまで薄く切り終えていた。

 揚げるのに丁度いい温度になったら、薄切りのマンドラゴラを投入。


 ――本当は水にさらしたり、水気切った方がいいんだろうな。


 だが今は食感よりスピードだ。

 カラリと揚がったら油を切り、皿に並べて軽く塩を振る。振りかけるための穴開き容器が見つからなかったので、小分け箱に入っていたものをつまんで高い所からパラパラした。

 ジャガイモっぽかったので、マンドラゴラチップス。大皿に敷き詰めるほど大量に作ってしまったそれを持って部屋に行く。片付けは後回しだ。


「ほら、食え――」


 部屋では、ベッドに腰かけた二人が無言で見つめ合っていた。シャルロッテは微笑み、セオドアはそわそわと視線を外したり合わせたりを繰り返している。


「――なんだこの空気は」


 それを目前に、一応自分でも毒見しておく。パリッという軽い歯ごたえに、素朴で味わい深い風味。


 ――ん。なんで、塩と油ってこんなに合うんだろうな。


 かなり薄く作ってある分、しつこくないが、味はしっかりしていた。たまに、少し厚かったのかやわらかな仕上がりになっているものもあるが、素材の味がよりわかりやすくてそれはそれで良い。微かに甘いのを、塩味が引き立てていた。


「よし、少しずつ食えよ。俺も昔食ったことはあるけど、薬になるくらいだから慎重にな」


 シャルロッテが顔を輝かせる。


「わぁ……! こういうの、教会ではほとんど出ないから」


 ひょいとつかんで、ぱくっと食べる。パリッと小気味よい音。


「うん……! ふふっ」


 ひょい、ぱく、パリッ。ひょい、ぱく、パリッ。ひょいひょいひょい――


「慎重にっつってんだろ……!」


 次から次へと食べるシャルロッテを制止する。


 三人でマンドラゴラチップスをつまむ夕暮れ時。ご飯前だ。宿主が「明日から本気出す」と言って外で寝ているので、今日の夕食は出ないかもしれないが。

 クライドがシャルロッテの様子をうかがう。至って普通そうだ。


「落ち着いたか?」


 尋ねてみると、茶目っ気のある笑みを浮かべられた。どっちかわからない。

 セオドアを見ると、耳まで真っ赤にした顔を両手で覆って、羞恥でふるふると震えていた。そのまま「ちょっと、失礼します……」と弱々しく言って自室へ戻り、しばらく出て来なかった。正気に戻ったようだ。


 空になった皿を、クライドが持って立ち上がる。


「で、話は覚えてるか? セオのためを思ってくれるのはありがてぇけど、いきなり気合い入れすぎだ。平常心でいろ。また無理してぶっ倒れるぞ」

「……あなたの言いたいことはわかるわ。でも……」


 彼は、なにを言うでもなく、凪いだ瞳でこちらを見つめていた。

 自分で考えて、そのうえで納得しろ、と言われているようだった。


 ――できることなら、今すぐにでも、セオドアをご両親に会わせたいけれど。……さすがに無謀、ね。身を削るだけでは、望んだ結果にならない。


「……わかったわ。あなたの言う通り、きちんと備えをしておく。魔力をたくさん蓄えた魔物って、なにがあるかしら」

「考えとく」


 彼が部屋を出て行こうとすると、平常心と言われたのを遵守しているのか、シャルロッテから世間話みたいな気軽さで呼び止められた。


「ねえ、クライド」

「ん?」

「あなた、さっき、私の頭をなでようとしたでしょう」

「…………」


 忘れてほしいことまで覚えられていた。

 軽く眉を寄せるクライドに、彼女は、なんでもないように言う。


「いいわよ、なでても」


 意図の読めない、綺麗な微笑み。

 おそらくは善意が半分、戯れが半分。


「……はっ、勘弁してくれ」


 クライドは、苦笑してから扉を閉めた。

 自制心の低下で、彼女が真っ先に起こした行動が“セオドアのため”だった時点で思うところがあるのに。


 ――怖ぇな、人誑しは。


 いつの間にか、内側に入ってきている。

 彼女に打算のたぐいがないことに安堵のため息をついて、クライドはキッチンと宿主の片付けに行った。

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