第22話 怒髪天を衝くつもりはない
――《王都オリガミア 東部 商業者ギルド》
フレア「――えっ!? 襲われた!?」
俺とラズベルはフレアと合流した。
事の経緯を話すと、少し怖がっているようだった。
ラズベル「次またシンが襲われるようなことがあったら、ワタシも戦うわよ。全力でね」
「た、頼むから灰にだけはしないでくれよ」
うーん、平和って難しい。
「フレアの用事はもう終わったのか?」
フレア「それがね、ポーション取り扱いの手続きをしたんだけどさ、いまギルドマスターが不在で難航してるのよ」
カーツロンドは大きな街だが、どうやら医療に関する商品が少ないらしい。
今までも仕入れはあったものの、より効果の高い回復薬をフレアは手配しようとしていた。
無論、宿屋でも販売するためだ。
ラズベル「多分、お城へ召集が掛かってるんだと思うわ」
商業者ギルド受付嬢のシャーロンが、困った顔をして首を傾げた。
シャーロン「申し訳ありません。今サブマスターも不在でして、許可証の発行一歩手前で手続きが止まっているんです」
そういって、頭を何度も下げていた。
「……仕方ない。フレアをここに残しても進展がなさそうだし、皆で城へ向かおう」
フレア「そうね」
ラズベル「少し買い物でもして、お昼まで時間を潰しましょうか」
「警戒は俺がしておくよ」
二人は朗らかな表情で頷く。
気付けば俺は悪意や殺意を感知出来るようになっていた。
またレベル上がってんのかなぁ。
――俺たちは商業者ギルドを後にした。
脅威もなく、穏やかな時間の中、買い物と食事を済ませた。
荷物を宿屋に預けると、城のある中央部へ真っ直ぐ向かった。
――《王都オリガミア 中央部 オリガミア城前》
煌びやかな宮殿を思わせる、巨大な城。
外壁は丈夫な石造りで、太い柱が何本も連なり、防衛力に長けているのが見受けられた。
城の出入口付近には兵士が何人も警備に当たっていた。
それは何か、警戒しているようにも見える。
「……とんでもなく立派な城だな」
俺は城の正面から見上げて呟いた。頑丈そうな盾に優雅な鳥の絵が描かれている旗が、何本も備えられている。これがこの王都を象徴している紋章なんだろう。
ラズベル「中に入れば爵位のある方々もいると思うけど、シンとフレアは普通にしていればいいわ。挨拶は基本ワタシがするから任せて」
フレア「助かるよー。私、城に入るの初めてだから緊張してたの」
挨拶の仕方とかマナーとか全く分からないからな。
こういう時に先導を取ってくれる仲間がいて助かった。
――《オリガミア城 1階 大広間》
城の兵士たちは通る度に、ラズベルに敬礼をしていた。
あれっ、ラズベルってそんな立場の人物なのか?
俺とフレアは、まるで場違いな所へ来てしまったかのようで妙な気分になっている。
まだ城へ入ってから一度も通路を曲がっていない。
金色の縁取りで深紅のカーペットが、ただひたすらに続いている。
すると、既に開かれていた大扉の先に、4、50人はいるだろうか。
大勢の冒険者たちで賑わっていた。
大広間へと足を踏み入れると同時に、横から声を掛けられる。
???「よく来たな、ラズ」
その男。見た目はかなり若く特徴的な声をしていた。
背の高い、紫の髪色をした美青年が声を掛けてきた。
その美しい髪は膝下まで伸びていて、さながら俺のいた世界の歌舞伎に登場していてもおかしくはないくらいの、ハイパーロン毛だ。
ラズベルは声のした方へ振り向くと、恋人と会った時のような乙女の顔つきになっている。
俺はその反応が不思議だったが、次の一言で解決した。
ラズベル「兄さん!」
兄かーーーッ!!
フレア「うわぁ、すっごい美形」
ラズベルの兄は、俺たちの存在に気付くと、フッとクールに笑った。
アイザック「私はアイザック。アイザック=フロスティーナと言います。僭越ながら、魔術士ギルドマスターを務めています。お二方は妹のお友達ですか?」
真面目そうな人だなぁ。
「初めまして。シン=タケガミです。三人でカーツロンドから来ました」
フレア「フレア=グリッツァーです」
そう言って俺とフレアは一礼する。
アイザック「それはそれは、遠いところからよくいらっしゃいました。妹が大変お世話に――」
話の途中だったが、突然ラズベルが笑顔で俺の腕を両手でとって、胸に当て――
ラズベル「兄さん、シンはワタシのダーリンなのよ」
ピキッ――
うっ、なんだこの魔力は!!
ガラスにひびが入ったような、緊張感が漂う。
アイザック「……ダーリン……?」
ゴゴゴゴゴゴゴ……
この男、そういうタイプか!! 髪が逆立っているぞ!?
アイザック「だ、ダーリンダーリン……」
なんか頭やばそうだ!!
おい、ラズベルなんとかして――
フレア「……ダーリン?」
なんで!? なんで今更それに反応するの!?
???「おーいイケメン、ヤバいオーラ漏れてんぞー」
横から近づいてきた、誰かの救済が入る。
助かった……と思ったが、逆立つ紫のハイパーロン毛は止まらない。
いや、止まれよ!!
するとラズベルは小声で囁いた。
ラズベル「兄さん、シンは例の『天啓に導かれし使者』よ」
アイザック「なっ!?」
???「えっ、マジ!?」
スウッと緊張が溶ける。アイザックの謎の感情は平静を取り戻した。
取り合えず場は収まったか。
そしてこの女性はどちら様だろうか。
???「ラズ、元気そうだな! 今の話は本当か?」
ラズベル「えぇ、間違いないわ。ようやく出会えたのよウェンディさん」
……さん?
呆気に取られていた俺とフレアだった。
その様子に気付いたのか、綺麗な緑色の髪をした可愛い小柄な女性が挨拶をする。
ウェンディ「商業者ギルドマスターのウェンディ=ラフォースだ。よろしくな! こう見えて旦那と子供もいるぞ。はっはっは!」
元気で明るい……見た目が俺よりも年下かと思った女性はなんとギルドマスターだった。
なるほど、アイザックにウェンディか。どっちもとんでもない人物のようだな。
アイザック「――先ほどは大変失礼しました。シンさん、フレアさん。この後、聖王様より今回の召集についてご会釈を賜るのですが、その前にぜひお話を伺わせてください」
ウェンディ「……私もキミたちの話が聴きたいね!」
一癖も二癖もありそうな、性格が両極端な二人に目を付けられたようだ。
俺は半ば諦めたように、話す。
「では、あちらの壁際に移動しませんか? これだけ大勢の中で話すのはちょっと……」
右を見ても左を見ても冒険者。手に様々な武器を抱えて、屈強そうな顔をした男女が何組もいる。
皆が頷き、移動しようとしたその時、俺の服の裾が引っ張られる。
フレア「……昨日の夜、ラズベルと何かあったの?」
なるほど……なるほどね。
俺は一考して、フレアの頭をポンポンと軽く叩く。
「――何かあったらこんな普通には接してないよ」
心配するだけ無駄と伝えると、フレアは満足そうに笑顔になった。
そして、あとでラズベルには拳骨をくれてやろうと、そう思った。
――ダーリン禁止令だ。
受付嬢【シャーロン=アルバトロス】《人物》
・王都オリガミア東部商業者ギルドの受付嬢。女性。26歳。身長155cm。体重??kg。
・金髪ショートで目がクリっとしているのが特徴。物流関係を主に担当している。
・フレアは数回接しているが、2回目にはもう名前で呼んでくれた。記憶力が良いらしい。シンをまだ知らない。
ギルドマスター【アイザック=フロスティーナ】《人物》
・王都オリガミア中央部魔導士ギルドマスター。職位はスペルマスター。男性。29歳。身長193cm。体重59kg。
・紫の髪が膝下まで伸びているハイパーロン毛。人生で2回しか髪を切ったことがなく、強い拘りのあるちょっと変わった性格。ラズベルの実兄。かなりのシスコン。
・若くして大手魔導士ギルドの長。その実力は世界でもトップクラスで、王都オリガミアの切り札とも言われている。ハイウィザードよりも使用できる魔法が多い。シンに興味がある。
ギルドマスター【ウェンディ=ラフォース】《人物》
・王都オリガミア東部商業者ギルドマスター。職位はゴールドマスター。女性。41歳。身長148cm。体重??kg。既婚者で子供が二人いる。
・綺麗な緑のショートヘアーのだが前髪は長く、片目が隠れやすい。寛容的で部下に優しいが、商談では譲らないこともある生真面目な面もある。
・商業全般を管理する立場だが、戦闘も屈指の強さを誇る。シンに興味がある。