第20話 プレッシャー
王都の朝は早かった。冷えた街が温まり始める頃、荷車を押す音が窓の外から聞こえてくる。
多くの露店が並ぶこの通りでは、活気あふれる商人の声で溢れていた。
窓を開けて外を眺めていた。
昨晩の暗闇では気付かなかったが、立派な石造りの街並みを確認した。
今日から王都か。
これから何が起こるのか、俺はワクワクしていた。
「おはよう、起きたか」
熟睡していた二人が、冷たい空気を受けて、眠そうにその眼を擦りながら起きた。
いいね、ちゃんと休める『スリープアロー』便利じゃないか。
――《王都オリガミア 東部》
宿で朝食を摂り、準備を済ませた俺たちは、今日の行動を再確認した。
「フレアは商業者ギルド、俺とラズベルは魔導士ギルドだな。別行動でも平気か?」
フレア「うん、王都へ来るのは初めてじゃないし、用事は商業者ギルドで全部済ませられるから」
ラズベル「ワタシたちの用事が終わったら合流しましょうか。そっちに行くわよフレア」
オーケーと指で丸を作り、フレアは最寄りの商業者ギルドへ向かった。
どうやら都市が大きいために、都市の東西南北と中央の各所にギルドが建設されているらしい。
ラズベル「さぁシン、行きましょう」
「おいっ、手は繋がないぞ」
しれっと手を握ろうとするラズベルの気持ちを一切汲まず、俺たちは中央にある魔導士ギルドへと向かった。
そこに居るギルドマスターに会うのが目的だ。
――《王都オリガミア 中央部 魔導士ギルド》
看板には『進化・繁栄・英知』と書かれていた。スローガンみたいなものだろうか。
建物はガラス張り、まるでビルのような造りになっていて、随所に太い石柱があった。
俺たちはさっそく中へ入ると、真っ直ぐ受付へと向かった。
ラズベル「ハァイ、ジュシー、元気にしてた?」
ピンク色の髪色をした受付嬢はその声に反応し、眼鏡に手を当てながらパァッと笑顔になった。
ジュシー「ラズベルさーーーん!! お帰りなさい、カーツロンドから戻ったんですね!! そちらの方は?」
なんか先日もこんなやり取りを見た気がする。ラズベルは人気者だなぁ。
「どうも、シン=タケガミと言います」
元気過ぎてびっくりした。
ラズベルと同じようなフードマントを羽織るジュシーは、まさに受付嬢と言えるだろう抜群のスマイルを見せた。
ラズベル「――それで、マスターはいる?」
ジュシー「あ、今朝早くに一度いらしたんですけど、直ぐにお城に向かわれましたよ」
ラズベル「城に?」
ジュシー「なんでも今日の午後に、聖王様の公募した冒険者の皆さんが一同に会するとか……」
おっとこれは急展開、まぁ聴くまでもないが――
ラズベル「シン、午後はオリガミア城へ行くわよ」
ある意味予定調和。俺は聖王を一度この目で見てみたかったんだ。
世襲制で、代々予言の能力がある……恐らく遺伝性のスキルか何かだろうが、非常に興味深い。
「わかった。それで、俺たちも冒険者として参加するのに条件とかはあるのか?」
ラズベル「いいえ、直接城にいる宮廷魔導士あたりにライセンスカードを見せれば、あとは口頭説明でいけるはずよ。募集の条件が軽い以上、大規模な内容かもしれないわね」
頼むから戦争だけは勘弁して欲しい。まぁ行けば分かることか。
そんな心配は杞憂に過ぎないだろう。
「じゃあ、フレアと合流して城へ行ってみよう」
ラズベルは頷くと、笑顔でジュシーに近づいて何かを耳打ちした。
するとジュシーは一瞬、この世の終わりかと思うくらい衝撃的な表情を浮かべた。
――かと思えば、今度は赤子でも産まれたかのような幸福に満ちた顔つきになった。
見ていて飽きない人だなぁ……
ジュシー「し、シン様!! 失礼ながら私とお手を交わしていただけませんでしょうか!?」
なぜに敬語?
握手を求められたのでとりあえず手を伸ばす。
――ガッ!!
ジュシー「シン様……どうか、どうか世界をお救いください!!」
両手でガッシリと、力を込めて手を握られた。
なるほど、『天啓に導かれし使者』って伝えたな?
分かるとこういう反応になるのか。
妙なプレッシャーを与えられた。
「世界が今どんな状況なのか、これから把握します。ですから一度手を放し――」
ジュシー「いいえ、お約束していただけるまで放しません!! 我々人間種をどうかお導きください!!」
放してくれッ!!
これじゃあ何も救えないよ!?
俺は困惑したまま「頑張ります」とだけ伝えて解放してもらった。
結局、建物を出るまでジュシーはずっと頭を下げ続けていた。
真面目で良い子じゃないか。俺はプレッシャーと引き換えに、やる気を貰った。
――《王都オリガミア 東部》
東の端に位置した宿屋から、中央部へ来るのに30分くらい歩いたが、今通ってきた道を戻るように、東部にある商業者ギルドへと向かう。
道中、泥棒を追いかけるどこぞの店主とすれ違ったり、人の集まる大道芸を横目に通過したり――
関わっていたら時間がいくら有っても足りないが、イベントの絶えない都市を見るのは楽しかった。
――そんな気分をぶち壊される事件が、唐突に発生する。
チャッ!!
ラズベル「えっ――」
俺はスキル『パーセプション』により、常に五感が言葉以上に研ぎ澄まされている。
後頭部目掛けて投げられたナイフを、振り返ることなく右手の指二本でキャッチした。
「ふぅー」
後ろを振り返りながら、隣にいるラズベルの肩に手を置いた。
「ラズベル、ちょっとだけ付き合ってくれ、用事が出来た」
ラズベル「シン?」
歩みを進める。
カラフルな大きいボールに乗り、複数のナイフでジャグリングをしていた道化師に向かって言い放った。
「おい、ガキの頃に習わなかったのか?」
俺は手に持つナイフを目の前に掲げた。
大きな声を発した俺に、大衆も注目した。
「――ちゃんと自分の物には名前を書いておけ、道化野郎」
――道化師は表情を変えることなく笑っていた。
◆イラスト:黎 叉武
魔術士御用達【フードマント】《防具》
・DEF(防御力)+2。RST(魔法防御力)+10。主に魔導士が着用している帽子付きマント。
・王都では有名らしいラズベルがこれを被るのは、顔を隠すためらしい。芸能人か。
受付嬢【ジュシー=ポイフレット】《人物》
・王都オリガミアの中央魔術士ギルドの受付嬢。24歳。身長158cm。体重??kg。
・明るい真面目な眼鏡っ娘。魔術士ギルドへ勤めているだけあって、魔法の腕もそこそこ立つ。
舞台では光らない【ピエロナイフ】《武器》
・ATK(攻撃力)+14。刃渡り17cm。金色の柄に鋭い刃を持つ違法ナイフ。
・大道芸のピエロがパフォーマンスとして使用するものは、殺傷力のない偽物が多い。
・シンのいた世界では銃刀法違反というものがあるが、『社会生活上の地位に基づき、反復継続して刃物を使用することがその人にとって仕事であり、刃物を使うことが業務にあたる場合』は違反に該当しない場合があるらしい。知らんけど。