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 巨大なコロシアム、すり鉢状の観客席は人であふれかえっていたが物音ひとつしない。

試合が行われるのは一周200mくらいの楕円形。

敷き詰められている白く荒い砂は東西から入場した二人の足跡が箒目を乱しているだけ。

白に映える赤はそこに無い。

いや今一滴したたった。

立ちすくむコーラル将軍の手から。

そんな小さな一滴が見えるはずもないが、観客はそれを合図に一斉に止めていた息を吐き出した。

付けられた傷は右手小指と薬指のみ、しかしそれで将軍は負けを認めて膝をついいた。

将軍の手にしっかり握られていたはずの大剣は一合も打ち合わされることもなく手入れされた美しい状態のまま真後ろに。


 ついた勝負にケチをつける観客はいない。

しかし一様に不完全燃焼の煙が心の中に充満する。

両者が死力を尽くして戦ったであろうことは推量できる。

しかし彼名の多くが見たのは開始の太鼓と同時に消えた将軍、コマ落としのように現れた次の瞬間には大剣は真後ろに吹っ飛び、対戦者の動かしたように見えなかった剣先は将軍の口の中に。


 何人かは精細に見ていたがカナリーの精神状態までは推し量れなかった。

剣舞ではあんな凶悪な大剣はもちろん使用しない。

恐怖でテンパったカナリーは無意識に剣道で正眼と呼ばれる構えを取っただけ。

合図の太鼓で目をつぶってしまい、緊張した腕が剣先がわずかに上を向けさせそれがカナリーめがけて振り下ろされようとした体験を握る手の軌道上にあっただけ。

いまだカナリーに届かない剣を持つ指はまだ力が込められていなかったが、大剣の持つ運動エネルギーと一体化していた。

見かけ以上の質量を持ったカナリーの剣は硬直した腕に支えられて将軍の指を粉砕しそこを支点に押し返し大剣を吹っ飛ばす。

目をつぶったままのカナリーは押された剣を夢中でまた突き上げただけ。

それがたまたま将軍の口へ。

将軍としてはとっさの出来事で体が前に出ようとするのを何とか止めて下がろうとするが、停止できたのはカナリーの剣が口に突っ込まれた位置。

この体制から巻き返すことができるとは到底思えず、将軍は負けを受け入れた。



 こわくてこわくて、勝手に流れ出していた涙。

それでも試合が終わった今は仮面をつけててよかった、なんて余裕がある。

これでも行儀作法とかダンスとか死んじゃう寸前の特訓をしてきた。

だから内面はどうであれ体は優雅な動作でに控室に戻って行く。


 控室で待っていた係員は身振りで部屋から追い出した。

こんな顔、見られたくない。


 打ち合わせではこの試合会場に直結している狭い控室から最初に入った設備の整った控室に移動して次の出番を待つ予定だったけど今はこれ以上歩く気にならない。


 顔を洗ってふと上げた視線の先、今まで気づかずにいた小さな窓があり、それを開けると人同士が殺し合う世界があった。


 ……。

何よりもの衝撃。

この世界には魔法が、あ、る。







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