豆腐
一汁三菜、という言葉がある。
その言葉どおり、ひとつの汁物、それに、三つのおかずからなる、献立の構成のことをさす。ぼくは自炊をするとき、なるべくこれを実現しようとしている。
というのも、一人暮らしで気になるのが、栄養のバランスだ。
なにげなく食べていても、この栄養が不足しているのではないか。そんな疑問が頭の片隅にある。また、同じものを食べていれば栄養が偏ることも事実だ。
ならばせめて品数を増やして、すこしでも栄養のバランスをとろう。
そんな思いから、ぼくは一汁三菜の精神を心掛けている。
とはいえ、基本的には一汁を抜いた三菜である。前回も書いたように、我が家には味噌がない。そのため、一汁の基本である味噌汁をつくることができないからだ。ときどきコンソメスープ(レンチンしたもやしに顆粒コンソメをかけ、お湯を注ぐ。さらにゴマ油と醤油をかけても美味しい)を用意することはあるが、本当にときどきだ。
だからせめて三菜の構成だけは維持したいと思いつつ、献立を考えてはいる。
まず、必ず、野菜は入れる。
といっても、やはり一人暮らしで大層なサラダを用意することは難しく、たいていはキャベツだ。以前はカット野菜(すでにカットされて袋済みされている野菜)を買っていたが、あまり美味しいと思えなかったため、自分で切っている。
だが、面倒くさがりであるぼくに、毎回食事のたびに野菜を切るなどという芸当ができるはずもなく。週末にキャベツ二分の一をまとめてカットし、水を張ったタッパーに入れて保存、という手法をとっている。あとはときどき水をかえれば、数日は持つ。
水溶性ビタミンが全て流れてしまうのではないか、という思いはあるが、現状体にビタミン不足の兆候があるわけでもなく、問題はない。もっとも、そもそもなにがビタミン不足の兆候なのかを知らない、という問題はあるが。
なんの話だったか。
そうだ、三菜に野菜は絶対入れる、という話だった。このように保存しておいたキャベツに、あとはせいぜいトマトをつける程度。それでまずは一菜が確保される。
それにくわえ、主菜で二菜目だ。
魚を焼くグリルなどない我が家において、主菜は肉類である。
もちろん、肉のみということはない。野菜と一緒に炒める場合がほとんどだ。それによりすこしでも多くの野菜を摂取することができるし、量も増す。
肉と炒めることが多い野菜といえば、やはりタマネギだろう。あとはアスパラガス。あとは大根や、ざく切りしたキャベツを入れることもある。
さて、こうして二菜が確保されたわけだが、ここでぼくは、ひとつの問題に直面する。
それは、「三菜目はどうしよう」、だ。
ここでぼくが(もしくは一人暮らしをしているあなたが)とる対応はみっつほど考えられる。
ひとつは、前もって作り置きをしておくこと。
たとえば、きんぴらごぼう。
たとえば……ふたつめにしてすでに思いつかない時点で、ぼくの自炊力はまだまだだということがうかがい知れる。なにかオススメがあればぜひご教授願いたい。
気を取り直してもうひとつは、いまからなにかをつくるということ。
だが、夕食のたびにキャベツを切ることすら煩わしいぼくに、それをすることは往々にして困難だ。言い忘れていたが、主菜も毎回作っているわけではない。週末に多く作っておき、冷凍している。
諦める、というのもひとつの手だとは思うが、それが毎回であってはいけないだろう。
ならば、どうするか――答えはひとつ、豆腐である。
正確には、「ならば、どうするか」→「その場で用意するしかない」→「調理台を汚さず、かつ簡単に用意できるものはなんだ」→「豆腐だ」という流れだが、訓練された読者の皆様であれば容易に察すことができたことだろう。
そんなわけで、豆腐である。
豆腐のメリットとして、用意することの容易さ(べつにウケ狙いではない)があげられる。蓋をあけて、小皿に移せばいい。究極、蓋をあければいい。これならば面倒くさがりなぼくにも、ものの数秒でできるだろう。
さらに、栄養の高さもある。豆腐の原料は大豆であり、大豆といえば、畑の肉ともいうように、たんぱく質が豊富である。ちなみに、以前は豆腐をニガリで固めていたようだが、最近は凝固剤で固めていることが多いらしい。豆知識だ。豆だけに(べつにウケ狙いではない)。
そして、見た目のよさ。
豆腐の見た目を想像してみてほしい。たいていのものは、白く、四角く、つやつやとしているはずだ。星型だったり、黒かったり、カピカピしているそれは、もしかしたら豆腐ではないかもしれない。また、白く、四角く、つやつやとしているそれも、もしかしたら豆腐ではなく、石鹸かもしれない。なに、見分け方がわからないって? オーケイ、ボブ。俺が豆腐と石鹸の見分け方を教えてやる。オール・ユー・ニード・イズ・イート……食べてみればわかる。
はい。
とにかく、豆腐の見た目は、なんというか、とても上品だと思う、すくなくとも、豆腐を擬人化したとしても、金髪のギャルを描くひとはほとんどいないだろう。まず色白の美人(それも和風)を想像するはずだ。そんな慎ましやかな豆腐は、どんな料理を相手にしても、すっと寄りそい、あわせてくれるはずだ。たとえそれが、肉であれ、魚であれ、揚げ物であれ、だ。
さらに、ダメ押しにもうひとつ。
豆腐というのは、意外といろいろな調味料があうため、飽きがこない。
基本は醤油だが、前回も書いたように、めんつゆをかけてもいい。ポン酢でも美味しい。キムチの素もあう。あとは、塩。塩の場合は、ごま油やオリーブオイルをかけるのをオススメする。ちなみに塩+油のコンボはお酒にもあう。
今回のテーマは豆腐ということで、メリットをつらつらと書いてきたわけだが、書きながらぼく自身、豆腐の秘めたポテンシャルの高さを再確認した。
また、豆腐のシンプルさ、そしてそれがゆえの奥深さに感服した次第である。今回は触れなかったが、豆腐と薬味の関係も切っても切れないものだろう。
シンプルイズベスト。
その言葉の本質は、シンプルだからこそ応用が利く、ということなのかもしれない。