それは4月の桜舞い散る日々の出来事
3連休も終わり、4月に入った。武田は相も変わらず、昨日のコピーと同じ今日を生きる。「何かを習得するのには6年かかる」かつて経済学者はそう言った。武田にとって仕事のデスクで過ごす8時間は義務教育、高校生活と15年掛けてきた。黙って机に座ることに関しては超1流のプロである。マケグミサラリマンとして自覚のある武田に出世など望むべくもなく、与えられた1番大きな仕事は謝ることではないか?と勘違いしたくなるほどだ。弱肉強食のサラリーマンの世界。せめて、ライオンに食われないように端でひっそりと生きる。情けないが、向上心も実力も無い。自分に凡夫の烙印を押した人間の末路。
それでも変化は向こうから訪れる。徒歩通勤の武田にとって、街のあちらこちらで桜の咲くこの時期は、苦痛でしかない通勤に一風の清涼を与える。ここで「花は咲く。俺も今日こそは頑張ろう」とは思わないのが武田の武田たる所以であるが、今更、この性格が変わることは無い。「なんか知らんが、今日はいい日」程度である。
夕暮れの帰り道、ジャケットを手に掛け、Yシャツにネクタイを緩めた姿の武田はコンビニでタバコだけ買い、スーパーの前を通り過ぎる際、見知った顔があった。先日、肉の祭典を共にした戦友、長尾さんだ。彼女は学校帰りなのか大きめのキャンパスバックを肩に掛け、これから夕飯の買い物だろうか。店頭に置かれた目玉商品を物色していた。迷うことなくスルーを決め込み、武田はスーパーを通り過ぎる。ここで「やぁ先日はどうも」なんて話しかけるのは、彼女と同年代の人間がやればいい事だ。30過ぎのオヤジが10代の彼女と会話をする。それは彼女から話掛けられた時だけだ。今の世の中何ハラになるか分からん。君子危うきに近づくべからず。それほど10代の女性と言うのは30代男性にとって危険を孕む生き物なのである。歩くスピードを若干上げ、スーパーを通り過ぎる。幸い、彼女は特売の柔軟剤に夢中で武田には気がつかなかった。
長尾さんとのエンカウントと言うイレギュラーはあったが、マンションの階段を登り自室へ入る。武田には毎日の自室のドアがマラソンのゴールテープだ。いつ終わるかわからない昨日のコピーの今日を完遂することが出来た。後は風呂に入り、味気ない夕飯を摂り、眠くなるまでスマホに相手をしてもらうだけ。夜10時。コーヒーを飲むには危険と判断した武田は麦茶をチョイスし、今晩何回目かのベランダに出る。誰も来ない室内ならば喫煙可にしても良いのでは?と、思った時期もあったが、引っ越す際、壁紙の張替えや別途、清掃料金を請求される場合があると、信憑性があるのかわからない聞きかじりの情報を信じ、今日まで室内禁煙を守ってきた武田にとって、ベランダへ出ることはもはや苦痛では無くなっていた。武田は気が付いていないが、仕事以外に続いている良い習慣が実はここに1つあった。
夜風はもう暖かく、ジャージ姿の武田タバコに火を点ける。穏やかな生暖かい風が吹く。見下ろす街はまだ灯りを消していない住居もチラホラとあるが、1日の終わりを待つように、1つ、また1つ灯りが消えていく。その様子を眺めながら灰皿に短くなったタバコを擦り付ける。隣のベランダから物音はしない。武田はそのまま寝室のベッドに倒れこみ、眠気を待った。眠気を待つ間。武田は色々栓無き事を考えるがその一つにそれはあった。
今日の発見。長尾さんは、スーパーで特売品を物色する。来週からは水曜日のスーパーを避けよう。
日常系で都合よく男女の縁がこうも重なるもんか?に対するアンチテーゼです。




