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キラキラでペケペケ  作者: 渡瀬 理央


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それは3月の夜風のように

 桜3月、大声でそれを叫んだのは小学校の時の卒業式だったか、中学校の卒業式だったか。ぼんやりと遠くに見えた小学校の敷地内に咲き誇る満開の桜を眺めた。彼、武田は自室のベランダで洗濯物を干し終え、タバコに火を付ける。

 3月20日金曜日。春分の日。今日から仕事も3連休で午前中は惰眠を貪り、このままではいかんと自身を奮い立たせ洗濯物を干すという偉業を成し遂げた。同僚は家族サービスだ、接待の麻雀だと各々予定を語っていたが役職を持たない武田にそんな予定はついぞ入らず、マンション3階で紫煙をくゆらせていた。

 ベランダからはどこにでもある景色が広がっていた。駅方面こそ大小様々なビル群やタワーマンション等もポツポツと見えるが、武田の住むマンションの裏には畑が広がる。典型的なベッドタウン。今は昔と違い、ネットショッピングで事足りることが多く、買い物に困ることは無い。食べ物も仕事帰りにスーパーで出来合いの物を買うことが多く、駅前の職場まで徒歩10分で行けるこの街に不満はない。

 タバコをたっぷりと2本楽しみ、部屋に戻ろうとしたところで、マンションの前によく見る引っ越し業者のトラックが1台停まった。もうすぐ4月。新生活に拠点を移す人も多いだろう。ご近所付き合い皆無の武田にとって誰が入居して誰が転居したか。それはどうでもいい事だった。うるさい人じゃなければいいな。後ろ髪を引かれる思いは一切なく、武田は部屋に戻る。

 部屋の間取りは寝室、リビング、浴室、トイレにキッチンとシンプルな2K。ベランダに通じる寝室にはセミダブルのベッドがぽつんと置いてあり、備え付けの広くないクローゼットには仕事用のスーツと私服が整理もされず吊り下げられている。寝室を抜けたリビングも目新しい物は無く、PCデスクと1人掛けのソファーの前にサイドテーブル。その前には最後にいつ点けたか分からないTVが薄っすらと埃を被っていた。

 武田のほとんど休日はこのソファーの周辺で完結していた。TVの裏から伸びたタコ足配線に繫げた常に充電満タンのスマホ、サイドテーブルに乗せた飲み物と軽食。定期的に挙がるお気に入り登録された動画を消化するだけで時間は恐ろしい速さで過ぎる。全く役に立たない雑学動画を眺めている最中、武田の家にチャイムが響いたが今日は宅配の予定は無い。思案するまでもなく、いつも通り無視した。2回目のチャイムも無視すると相手は諦めてくれたようで、それ以降は先週の休日と全く同じ時間が流れる。

 夕方17時を知らせる音楽が街中に流れるのを聞き、武田はようやく重すぎる腰を上げた。洗濯物を取り込みにベランダへタバコを持って向かう。

 大分、陽は傾いた為、洗濯物から太陽の匂いはもうなかった。最後の洗濯物を乱暴にベッドの上へ放り投げると視界は広がった。夕焼けで赤く染り始めた街は今日も静かに1日を終わろうとしていた。

 普段と1つ違うのは侵入防止の壁がある為に詳細は見えないが、隣のベランダから物音がすること位だ。金属同士が当たるカチャカチャと軽い音が聞こえる。向こうが武田の存在に気が付いているのかは分からない。タバコの強い匂いで不愉快な思いを与えるのは良くないと思い。ポケットに押し込んだ。

 3月の夜風は気持ちよく、気分を良くした武田はベランダに置いた椅子に腰かけ、リビングから持ち込んだ缶の炭酸飲料を開けたところでプルタブから大きな音が出てしまった。ふいに壁越しから女性の声が掛かる。

「お隣さん…居るの?」

 隠れるつもりもなかった武田は椅子から立ち上がることもなく答える。

「ええ」

 隣人の記憶すら無い武田にはこう答える他ない。

「今日、引っ越しの挨拶に伺った時は居ませんでしたよね」

「はい。外出していました」

 無視したとは言いにくい武田は咄嗟に嘘を吐いた。

「そうですか。今度、改めて挨拶に」

「それには及びません。今、済みましたから」

「それもそうですね」

 壁越しにクスクスと笑う声が聞こえる。会話を切り上げたい武田は別れの挨拶を言おうとした。

「お名前は?」

 だが、尚も会話を続ける隣人に武田は答えるしかない。

「武田です。隣人として迷惑をかけることがあるかもしれませんが、宜しくお願いします」

 社会人として当たり障りのない言葉遣いだけは上手になった気がする。

「長尾です。いきなり迷惑かけても良いですか?今日、物干し台を買ってきたのですが組み立てがうまくいかなくて…」

 先ほどから断続的に聞こえていたカチャカチャと言う音の正体見たり。3連休の初日はもうすぐ終わるがこの先2日予定は白紙。手伝うことは可能だ。これから円満な隣人との関係を取るか距離を離すか。

「俺で良ければ。上手く行く保証も出来ませんが」

「助かりますっ!」

 武田が選んだのは前者だった。長い付き合いになるかは分からない。1度も挨拶すら交わさずにどちらかが転居するかもしれない。それでも武田が前者を選んだのは、ただの気まぐれ。付け加えるならば3月の夜風が心地よかったからだと答えるだろう。

 こちらは土日祝の時間の許す限り書き進めていきたいと思います。

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