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7話

※イラストおよび校閲にAIを使用しております。

ジェラール元帥は執務机から立ち上がると、壁に掛けられた巨大な大陸地図の前へと歩み寄った。


挿絵(By みてみん)


机の上にあった木製の差し棒を手に取り、大陸の東端をトントンと叩いた。


「ご存知の通り、我がアストリア王国の宮廷は長年、親エクイタニア派と親イオシア派という二つの派閥が激しく対立してきました」


差し棒の先が、アストリアの北方を指し示す。


「親エクイタニア派の連中の狙いは単純です。地域大国であるエクイタニア王国に国家の主権を売り渡し、見返りとして経済的、軍事的な援助を引き出すこと」


次に、差し棒はアストリアの北東に位置する隣国を指し示した。


「対して、我々親イオシア派は、中堅国家イオシア王国と肩を組み、エクイタニアと対等に渡り合うことを目指してきました。亡き母君がイオシアから迎え入れられた時期は、我々の派閥が優勢だったのです」


元帥はそこで一度言葉を切り、険しい表情でさらに北の広大な領域へと差し棒を滑らせた。


「しかし近年、事態は急変しました。エクイタニアと、大陸北方の超大国スヴェリグラード帝国との間で長く続いていた国境紛争が停戦したのです」


その言葉に、俺は思わず眉をひそめる。


「背後の憂いがなくなったエクイタニアは、露骨に我が国への干渉を強め始めました。奴らの真の狙いは、貧相な領土を持ち、南部に蛮族領域を抱えるこのアストリアそのものではないでしょう。最終的にイオシアを武力併合するための足がかりとして我が国を食いつぶそうとしている。我々はそう推測しています」


地図から目を離し、元帥は再び俺の正面に立った。


「実のところ我々親イオシア派は、アストリアの独立を守りたいと願う志士の集まりなのです。願わくばイオシアと共に、あの傲慢なエクイタニアに鉄槌を下したい。そう考えております」


熱を帯びた元帥の言葉を聞きながら、俺は冷静に頭を回転させていた。


元帥の本心がどこにあるにせよ、俺がこの世界で目指すべきは、自らの手による『世界統一』だ。


(千尋を救うために、自国であるアストリアを滅亡させるわけにも、どこかの属国に成り下がるわけにもいかない。当面は、この親イオシア派に与するしかなさそうだな)


考えをまとめた俺は、元帥の目を見据えて頷いた。


「状況は把握しました。俺もアストリアの独立を守りたいという思いは同じです。親イオシア派に全面的に協力しましょう」


(もっとも、後で入念な裏取りはさせてもらうがな)


心の中でそう付け加えながら、俺は表面上、殊勝な態度を崩さない。


「ご理解いただけて僥倖です。殿下が我々の側に立っていただけるなら、これほど心強いことはありません。そして――」


元帥はそこで声を一段階落とし、重々しい口調になった。


「我々が殿下の協力を必要とするもう一つの理由。それが、南軍の存在意義でもある『対ゴブリン戦線』の現状なのです」


元帥の説明によれば、ここ二十年ほどで、ゴブリンの中に魔法に目覚める個体が増加傾向にあるらしい。


年々防衛線での被害が増えつつあるにもかかわらず、中央からの支援や予算の増額は一切ないという。


「このままでは防衛線を突破され、南部の村や町に甚大な被害が出ます。エクイタニアは、それによるアストリアの国力衰退すら狙っている節がある。国内の親エクイタニア派も、その意向を受けて意図的に南軍を冷遇しているのではないかと疑っているのです」


元帥はそこで深く息を吐き出した。


「だからこそ、第一王子である殿下を我が軍にお迎えし、それを楔として予算や人員の増加を中央に迫りたい。それが我々の切実な狙いです」


(なるほど、まさに袋小路というわけか)


国家の危機と派閥争いが複雑に絡み合った状況だ。俺は一度目を閉じ、そして静かに目を開いた。


「分かりました。南軍と親イオシア派に協力しましょう。ただし、こちらにも条件があります」


「条件、ですか?」


いぶかしげに眉を寄せる元帥に対し、俺は明確な意志を持って告げる。


「俺は将来の王位継承を盤石なものにしたい。誰かの傀儡ではなく、自らの手で実権を握りたいんです」


その言葉に、元帥の顔から笑みが消え去った。


「そのためには、安全な後方でお飾りの将官として実績を積むだけでは不十分。宰相や現王妃、そして向こうの旗印にされるであろう異母弟と渡り合うためには、南軍だけでなく、民の広い支持と中立派の貴族たちを取り込む必要があるでしょう」


俺は一息にそこまで語り、最も重要な要求を叩きつける。


「俺は前線に出て、誰もが認める戦果を上げなくてはならない。それも、できるだけ早くです。ここだけは絶対に譲れません。だから前線将校としての最低限の訓練を急ぎ施していただきたい。そして、指揮する部隊も準備してください。できれば自由に動かせる遊撃部隊が望ましいですね」


(現世でプレイした『エリシオン戦記』では、数えきれないほど蛮族相手の戦争を指揮してきた。その経験を生かせば戦果も上げられる……いや、それ以外に結果を出す方法がないんだ)


執務室の空気が、凍りついたように張り詰めた。


「……ご自身のお立場がお分かりですか?」


地を這うような低い声で、元帥が反論する。


「はっきり申し上げましょう。殿下に選択肢などないのです。今、王宮で孤立無援の殿下に協力を申し出ているのは、現状我々南軍のみ。私の要望を無碍にする力が、今の殿下におありですか?」


圧倒的な威圧感が俺を押し潰そうとする。だが、俺は怯むことなく、わざとらしく口角を上げてみせた。


「ほう。俺は今ここで舌を噛み切っても構いませんよ?」


「なっ……!?」


「俺には失うものなど何もない。大人しくイオシアへ送られて、幽閉に近い隠居生活を送ることになっても構わないんだ。引きこもりだからと、俺という人間を読み違えないでもらおう」


虚を突かれた元帥に対し、俺はさらに言葉の刃を突き立てる。


「追い詰められているのは俺じゃない。元帥、あなたと南軍、そして親イオシア派だ。もしアストリアがエクイタニアの属国となった暁には、貴殿らの多くは真っ先に粛清されるだろうからな」


その瞬間、パキッという乾いた音が室内に響いた。


元帥が怒りのあまり手に力を込めたせいで、親指ほどの太さがあった木製の差し棒が、無惨にもへし折れていたのだ。


元帥の顔は真っ赤に染まり、額には青筋が浮かんでいる。今にも剣を抜かれかねない一触即発の空気の中、俺はただ静かに元帥を見返していた。


やがて。


「……ふぅーっ」


元帥はひどく長く、大きなため息を吐き出した。そして、折れた差し棒を机の上に放り投げると、毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。


「殿下は本当に、あの噂の無能王子なのですか? 随分と強かではないですか」


その口調からは先ほどの怒りは消え、代わりに奇妙な感嘆の色が混じっていた。


「分かりました。それでは、我々は対等な立場で協力し合うとしましょう。南軍は殿下に庇護と手駒を与え、殿下は南軍に所属することで我々に政治力を与える。これでよろしいですかな?」


元帥は再び俺の正面に座り直し、苦笑いを浮かべた。


「慢性的に兵員に余裕がない今、どのような部隊を殿下にお貸しできるかは断言できませんが……最大限、善処いたしましょう」


「素晴らしいよ、元帥」


俺は初めて心からの笑みを浮かべ、彼に向かって右手を差し出した。


「どうかこれから、末永く頼むよ」



コレットが俺の服装を整え、乱れた髪を丁寧に梳いていく。王宮での喧騒が嘘のように、部屋には静かな時間が流れていた。


「……ご立派です、テオドール様。ですが、まさか軍服姿で国民にお披露目することになるなんて。少しだけ、複雑な心境です」


コレットは軍服の襟元を微調整しながら、寂しげに微笑んだ。


第一王子の成人の披露が、華やかな礼装ではなく、武骨な軍装。彼女にしてみれば、俺が自ら茨の道を選んだように見えているのだろう。


「そう言うな、コレット。母の故郷で隠居生活を送るくらいなら、たとえ命の危険があろうとも、軍務に就く方がずっと有意義だ。それに、引きこもっているよりは、よっぽど人間らしいだろう?」


「それは……そうですが。もう、何を言っても無駄ですね。私はロザリー様とのお約束を果たすだけですから」


コレットは少し困ったように、けれど強い意志を秘めた瞳で俺を見た。


彼女は、俺の亡き母ロザリーと、俺が結婚するまで面倒を見るという約束を交わしたのだという。


俺としては長年にわたってテオドールに尽くしてくれたコレットには自由を謳歌して欲しかったのだが、彼女はその約束を盾に、侍従として南軍へついてくると言って聞かなかった。


(ジェラール元帥に人質として取られかねないという危惧はあるが、今の彼女を説得するのは不可能だろう。俺がうまく立ち回るしかないな)


俺は心の中で溜息をつき、覚悟を決めた。改めて鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿を見つめる。


挿絵(By みてみん)


数年の引きこもり生活を送っていたにしては、その体躯は意外なほど引き締まっていた。


贅肉はなく、しなやかな筋肉が全身に張り付いている。おそらく、この身体に眠る「戦士の才」が、無意識のうちに俺を戦うための器として形作っていたのだろう。


(これでようやく、ゲームスタートだ。まずはゴブリン戦線で圧倒的な戦果を上げる。大丈夫だ、ゲームの中では数え切れないほどの蛮族を滅ぼしてきた。その経験を以てすれば、きっと楽勝なはずだ)


内心でそう自分を鼓舞し、強く言い聞かせる。


しかし、この時の俺はまだ知らなかった。


画面越しに眺めていた戦略ゲームの残酷さと、現実の戦場が放つ血生臭い重圧。


その本当の恐ろしさを、身をもって知ることになる日は、すぐそこまで迫っていた。

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