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22話

※イラストおよび校閲にAIを使用しております。

テオドール隊の訓練を始めてから四ヶ月の月日が流れ、季節は晩夏を迎えようとしていた。


練兵場には、乾いた土煙と馬のいななき、そして野太い号令が響き渡っている。


「速度を合わせろ! 構え!」


ジュリアンの鋭い声が飛ぶと、百騎の重装騎兵が一斉に長大な武器を突き出した。


彼らが手にしているのは、特注の全長六メートルにも及ぶ斧槍ハルバードだ。通常の兵士であれば両手で抱えるだけでも精一杯の代物だが、隊員たちはそれを片手で軽々と扱っている。


(見事だな。短期間でここまで仕上がるとは)


俺は練兵場の隅から、その苛烈な訓練の様子を満足げに眺めていた。


ラウル式の基礎鍛錬で身体強化魔法の出力を極限まで高めた結果、彼らの膂力は南軍随一へと大成長を遂げていた。鎧を着込んだ重装馬を駆り、片手でその規格外の得物を操る姿は、かつてのひ弱な貴族士官の面影を微塵も感じさせない。


その時、練兵場の入り口から伝令が駆け込んでくるのが見えた。


「伝令! 殿下へ急報であります!」


「落ち着け。何があった?」


俺が冷静に問いただすと、伝令は血を吐くような声で絞り出した。


「南方の監視網からの報告です! ゴブリンの大規模群が発見されました!」


(大規模群……約一万匹の群れか。ついに来やがったな)


「接敵した守備隊は撤退を開始しており、一部は敗走状態とのことです!」


練兵場が静まり返る。ゴブリンの大規模群の進行。数年に一度発生するそれは、まさしく命懸けの防衛戦争の始まりを意味していた。


「ジュリアン!」


「は、はっ!」


俺の声に、ジュリアンが弾かれたように姿勢を正した。


「直ちに総員に出撃の準備をさせろ! 武器の点検と馬の休息を最優先で行え!」


「承知いたしました!」


「俺はこれより司令部へ向かい、詳細な状況と作戦を確認してくる。コレット! 司令部へ向かうぞ!」


「は、はい! テオドール様!」


俺はコレットを伴って、足早に司令本部へと向かった。



南軍司令部の会議室は、これまでにない緊迫した空気に包まれていた。


集められた軍幹部たちの顔は一様に蒼白であり、張り詰めた沈黙が場を支配している。


「報告によれば、群れの規模はすでに一万を確認。現在も森から後続が湧き出ているとのことだ。我々はこれを、史上最大、推定二万の『大規模群』として対処する」


上座に立つジェラール元帥の声が、重々しく響き渡った。


「不幸中の幸いと言うべきか、群れの発見場所は戦線の西端、海側である。ここヴァラリアからは最も距離が離れている」


元帥は広げられた巨大な作戦地図の上を、指揮棒で指し示した。


挿絵(By みてみん)


「二万もの大群となれば、群れとしての進軍速度は著しく落ちる。奴らがヴァラリアへ直線的に向かってきたとしても、到着までには二週間程度かかるという予測だ」


そこで元帥は一度言葉を切り、鋭い視線を軍幹部たちへと巡らせた。


「これより、現状の防衛作戦を通達する。西端に展開している第一大隊は、誘引と索敵のための騎兵をわずかに残し、守備兵と打撃部隊の全てを第二前哨基地まで撤退させる。残念ながら、現在食い付かれている守備隊を救うことは叶わないだろう」


沈痛な沈黙が議場を流れる。


「続けて、戦線各所の守備兵と打撃部隊も最小限を残して本部へと合流させよ」


元帥の指示に合わせ、傍らに控える司令部員が地図上の駒を次々とヴァラリア方面へと動かしていく。


「それらを司令部の予備兵力と合わせ、計一万の軍勢を編成する。この一万で、ヴァラリアまでの中間地点に円弧状の巨大な防御陣地を構築し、敵を迎え撃つ。ゴブリンの到着までおそらく一週間。それまでに全力で陣地の準備を進めよ」


(まぁ……悪くない戦略か)


俺は元帥の作戦を聞きながら、内心で首を縦に振った。


(敵はこちらの二倍の数だ。しかも地形は開けた平地。国内への浸透を絶対に防ぐという目的ならば、大規模な防御陣地を築いて敵全軍を誘引し、正面から受け止めるのは悪くない選択肢だ)


だが、手放しで賛同できるわけではない。俺は静かに手を挙げ、声を張り上げた。


「元帥、よろしいか」


全員の視線が俺に集まる。


「確かに、飢えたゴブリン共は我々の陣地に、すなわち兵士という餌に向かって殺到してくるだろう。そうなれば防衛側が圧倒的に有利な状況で戦闘を進められる。しかし、懸念が無いわけではない」


俺は地図上の防衛ラインを指さした。


「敵の遠距離魔法攻撃だ。もし魔法で陣地の一部が破壊されれば、ゴブリンを押しとどめておくことは難しくなる。内側に浸透したゴブリンから陣地を背撃された場合、敵正面と挟まれて撤退も補給も難しくなる」


「殿下のご懸念は尤もです。しかし、それも想定の範囲内。敵の魔法攻撃は、我軍の元素魔術師との撃ち合いで制圧します」


元帥は誇らしげに胸を張った。


「こちらには上級魔術師が五人、中級魔術師が十人控えております。彼らの射程と火力をもってすれば、ゴブリン・シャーマンの魔法など恐れるに足りません。これまでの大規模群の襲撃でも、遠距離戦はこちらの圧勝です」


(……数と能力のどちらとも上回っている、その場合に限ってはな)


俺は内心で強く危惧を抱いた。同レベルの遠距離攻撃の撃ち合いになった場合、明らかにゴブリン側が有利だからだ。人間側は陣地を破壊されれば致命傷だが、ゴブリン側には守るべき設備など何もない。おまけに魔術師が二万の群れに紛れていれば、狙って排除することは困難になる。


(それに、彼らはゴブリンの最強格である『ゴブリン・ウィザード』をまだ知らない。初期国家の魔術師なぞ軽く上回るコイツが群れのボスに君臨していたら、この防衛戦略はその時点で瓦解するぞ)


「元帥」


俺は身を乗り出し、さらに言葉を重ねた。


「今回は史上最大規模の群れということだな? であれば、敵の魔術師の数がこちらを上回っている可能性や、その腕前が我々の魔術師を凌駕している可能性も考慮に入れるべきではないか?」


「はははっ! 殿下、ご冗談を。人間の魔術師を超えるゴブリンなど、歴史上存在しませんよ」


会議室のあちこちから、失笑が漏れた。貴族士官たちが、俺の素人じみた発言を嘲笑っているのだ。


(くそっ……まだまだ作戦に口を出すほどの信頼は得られてないか)


俺は奥歯を強く噛み締めた。ここでどれだけ正論を説いても、彼らの慢心を砕くことはできないだろう。


俺は仕方なく引き下がり、深く息を吐いた。


「それから殿下。前例のない大規模群ですから、殿下の出撃は絶対に許可できません。殿下の命も、貴族士官である護衛隊の命も危険には晒せませんので」


(そんなことを言っていられるほど余裕が残れば、俺も嬉しいくらいだよ)


「わかっているよ、元帥。諸君らの華麗な指揮を観戦させてもらうとするさ」

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