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闇の眷属ヴァンパイア

「ハイドゥーモ――は今日は必要ないですね。ハァ……」

 低空を飛ぶほうきの上でアマリアは甘く溜息をついた。

「憂いたお顔も素敵ですねアマリア殿。お疲れならいつでも荷台の上で羽を休めてもいいのですよ」

「エースさん。いえ、かの吸血鬼ドラキュラ公への外交品に腰を下ろすのは躊躇われます」

「そうでしょうか? 吸血鬼は美女の生き血を好みますからね。このたくさんのワイン樽よりアマリア殿の方を好みそうです。それか私の馬に乗るという手もありますよ」

「騎士団長殿はそうやっていつも見境なく女性を口説いているんですね」

「ははは、見境はつけているつもりですよ」

「かつて魔王にも与しなかったヴァンパイアの一族。われわれ人間は本来彼らの食料にも等しい存在です。外交は重要な使命です」

「わかっていますよ。だからこそのワインと美女です」

「またそうやって……」

「アマリア殿こそお気を付けください。ヴァンパイアといえば眉目秀麗と相場は決まっています。うっかり虜にならないようにしてください」

「うっ……わかってますよ」


 しかし、アマリアは吸血鬼ものの女性向け小説にハマっていた!

 人間と吸血鬼の、禁断の愛。アマリアは危険で耽美なその香りの虜だった!


「城が見えてきたな……。一同、身なりを整えよ!」

 騎士団長エースの号令に、アマリアと護衛の騎士たちは気を引き締めた。


「まァよく来たでザンス! ミーがこの城の主である吸血鬼ドラキュラでザンス」


「(思ってたのと違う!)」


 現れたのは古いギャグマンガに出てくるタイプのヴァンパイアだった!

「(こうゆうAとかFとかじゃなくてDが良かった!)」

 

 ※D:アマリアの愛読する美麗な挿絵が評判の吸血鬼ハンター小説。なんか宇宙に行ったりする。


「(ちょっとエースさん、話が違うじゃないですか。眉目秀麗って言いましたよね。なんですかあのちんちくりんのカイゼル髭)」

「(あくまで相場の話ですよ)申し遅れました閣下。王に代わり馳せ参じました。私はエース・アルマイア。ルミネール王国の騎士団長を務めております。そしてこちらが……」

「私は宮廷魔術師アマリアマリア・マリア・アマリアマリア。長いのでアマリアとお見知りおきを。本日は護衛の任で参りました」

「これはこれはご丁寧に。ミーも人間と会うのは久しぶりザンス。堅苦しいことは抜きにして、ゆっくりしていってほしいザンス」

 ドラキュラがパチンと指を鳴らすと、広大な城のロビーの中央に豪奢な食卓が音もなく現れた。

 アマリアとエースは促されるまま席に着いた。

「これはおフランシーヌ地方で作られた100年物のワインザンス。さあ飲んザンス飲むザンス」

「いえ、あのー私たちは職務中ですのでアルコールは……」

「まあ! なんザマしょ!? ミーの出すお酒が飲めないというザンスか?」

「アマリア殿いただきましょう。これほどの逸品を逃すのは損です」

「はい……無礼な態度をお詫び申し上げます。私は薬品に耐性があるのであまり酔えませんけど……」

「嗚呼! 非常に濃厚な味わいです。これは王都ではお目にかかれませんな」

「そうざんしょ。そうざんしょ」

「もう少しこのワインを堪能したいところですが、その前に役目を果たしてしまいましょう。こちらの書簡に血判を戴けますでしょうか? 不可侵同盟の書類になります」

「いいザンス、いいザンス」

 ドラキュラは牙で指を切り、指を書面に押し付けた。

「気をつけるザンスよ。レディにミーの血が入り込んだら眷属になりかねないザンスよ」

「はは、それは気を付けなければなりませんね」

 エースは直ちに血判状を丸筒にしまった。

「さて、仕事も済んだところで、このワインをいっそう美味にする方法をご存じザンスか?」

「ほお、それは興味深い。是非とも伺いたいですね」

「キミたちニンゲンには理解できないことザンスが、芳醇なワインに処女の血を一滴垂らすとそれはもう、筆舌し難い味わいになるザンス」

「ほお、それは確かに下等な人間にはわからぬ嗜みです」

「そこの魔女――アマリアといったかな? 血のにおいでわかるザンス――」


「チミは処女ザンスね」


「いやです」


「(アマリア殿!)」

「(いやです、キモイです、生理的に無理です)」

「(外交のためです)」

「(私はただの護衛なので知らないです)」

「あーはっはっは。これは失礼したザンス。初対面のレディにいきなり処女だなんだは失礼な話ザンスな。紳士として心から非礼を詫びるザンス。しかし、世間から隔絶された身ではこのような機会はまたとないことザンス。どうか血の一滴をミーにくれないザンスか?」


「処女じゃないです」


「(アマリア殿!)」

「(なんですかエースさん? エースさんが私の何を知ってるのですか?)」

「(血のにおいでわかると言ってたじゃないか)」

「(低俗な魔獣のはったりですよそんなの)」

「(アマリア殿! くだらない見栄を張っていないで、頼むから相手が紳士的なうちに態度を改めておくれ)」

「(……4つ貸しですよ)」

「(多くない?)」

 アマリアはドラキュラの席に回り込んだ。ボソリと口を開くと小さな疾風が現れ、その指先に傷をつけ、血の一滴がドラキュラのグラスに落下した。

「正真正銘処女の生き血にございます」

「ほほー! これは美味そうだ! でもその前に」

 ドラキュラは血のついたアマリアの指をひょいと咥えた。

「やはり生で戴くのが格別ザマス」


「この浮気者ー!」


 突如、天井から雷が落ち、ドラキュラを直撃した。

 ドラキュラは感電し、なぜか全身の骨が見えた。

 アマリアはとっさに身をひるがえし雷を躱した。

「とほほ……女房の嫉妬には敵わないザマス」

「……ドラキュラ公。直接召し上がるとは聞いておりません」

 アマリアは指をハンカチで拭いた。

「まあ、まあ、まあ、奥方の雷も落ちたことだしいいではないですか。アマリア殿の指がおいしそうなのもいけないんですよ。ほら、生き血の入ったワインを飲みましょう」

「そ、そうであるな、いやはや、とんだ目にあった」

「こっちのセリフです」

「(アマリア殿! あと、そのアイシクルソードをしまってくれ)」

「(ああ、ついうっかり。出しやすいんですよねこの魔法)」

「(結んだばかりの不可侵同盟を早速破ろうとしないでくれ)」

「では、いただくザンス。……ムム。これは! 純度の高い処女ザンス! 触れられたことすらない正真正銘本物の処女ザンスね!」


「そうだよ、なんか文句――」


「(アマリア殿!)」

「お気に召していただいたようでなによりです」

「さあ、チミたちもやりたまえ。処女の生き血ほどではないザンスが、美味なワインザンスよ」

「ええ、いただきます。ところで気になっていたのですが、壁にある巨大な肖像画はなんですかな?」

「ほう、良いところに気が付いたネ。これは私が若いころに描かせた肖像画ザンス。ミーの一族は代替わりする際に、肖像画を描かすのが習わしザンス」

「え、これがドラキュラ公の若いころなんですか?」

 壁の絵には、まるでアマリアの愛読書の表紙そのままの、耽美で危険な香りのする男が描かれていた。

「このころと比べるとミーも老けたものザンス。もっともミーは鏡に映らないザンスから、自分がどのくらい老いたかはわからないザンスがね」


「盛ってるだろ。大違いだよ」


「(アマリア殿!)」

「(だってそうでしょう! これが、あれに、なるなんて神にも予測できないですよ)」

「(どうしたんですか今日は!? いつもよりやさぐれてますよ。悩みがあるなら帰りにいくらでの聞くので頼むから大人しくしててください)」

「(……荷台でお酒飲んでいいですか?)」

「(……ご自由に)」


「父さん。客人に挨拶に来たよ」


 現れたのは、壁の絵に瓜二つの端正な麗人だった。

「息子よ。こちらは王国から来たエース殿とアマリア殿ザンス。お前も隣に座ってワインを飲むザンス」

 ドラキュラの息子はウェーブのかかった銀色の髪をなびかせ

「アルカードです」

 と名乗った。

「アルカード様」

 アマリアはアルカードの隣に立つと、ボソリと口を開き、疾風で自らの指に傷をつけた。

「正真正銘、処女の生き血でございます。ワインに合うとうかがいました。グラスに失礼します」

「(アマリア殿!?)」

「……それと、私の指にまだ血が残っています。はしたないことを言うようですが、もし良ければ直接召し上がってはいただけないでしょうか?」

「(アマリア殿!?)」

「良いのですか? では……」

「あっ……。……このような粗末な血でよろしければ、いくらでもおっしゃってください……」

「(アマリア殿!?)」

「ありがとう。おいしいよ」

「ふぅ……」

「(アマリア殿!? なんなんですか今のは!? 態度変わりすぎでしょ、最初からそうしてくださいよ!)」

「……」

「(無視!?)」

「ふむふむ。どうやら息子がお気に召したようザンスね」

「はい。恐れながらお父様に勝るとも劣らない、貴公子とお見受けします」

「(アマリア殿?)え、ええ。一目で品性のわかる大変ご立派なご子息かと」

「格式高い王国の騎士団長殿から言われるとは光栄です」

「まあ、なんて謙虚でいらっしゃるのかしら。国の貴族達に爪の垢でも煎じて飲ませたいですわ」

「(アマリア殿?)」

「ありがとうアマリア殿」

「まあ! 私ごとき一介の魔女の名前を呼んでくださるなんて光栄の至りです」

「(まあ穏便に済むならいいか……)」

「それにこのワイン……。私、すぐに酔ってしまいそうです」

「(薬品に耐性があるんじゃなかったのかい?)」

「(なんなんですかさっきから、ひそひそしてたら怪しまれますよ)」

「(アマリア殿こそ目を覚まして。目の前の美男子も年を取れば、ドラキュラ公と同じになるのですよ)」

「(そのときには私寿命で死んでますので関係ありません)」

「(まさか本当に吸血鬼の眷属になるつもりかい?)」

「(……見る目のない人間の男なんて知りません)」

「(早まらないで。最近イメチェンしたって評判だよ)」

「(じゃあなんでモテないんですか!?)」

「(そんなことないさ。みんな注目してるよ。いまは名高い対話の魔女に気後れしてるだけさ、そのうち取り合いさ。遊び人のボクが言うんだから間違いない)」

「どうかしたザンス?」

「いえ、少し酔いが回ったようです、お気になさらず」

「ならいいザンスがね。じつは息子から頼みごとがあるザンスが、聞いてくれるザンスか?」

「なんなりとお申し付けください」

「私でよければぜひ!」

「実はでザンスね、息子の剣の相手をしてやってほしいザンス。ミーたち吸血鬼はあまり人間と稽古する機会がないうえ、能力ばかりに頼って剣技がおろそかになりやすいザンス。そこで今回の交渉に剣の腕の立つ者を指名したザンス」

「そうゆうことでしたら不肖エース・アルマイア。胸を借りるつもりでお相手になりましょう」


「私の方が強いです!」


「(アマリア殿!?)」

「数多の人に仇なす魔獣を魔法剣で屠ってまいりました。稽古ばかりで実戦経験の少ないお坊ちゃま騎士団とはわけが違います」

「(アマリア殿!? 誰がお坊ちゃま騎士団ですか? あまりに無礼ですよ。それに純粋な剣の腕ならこちらの方が上です)」

「(なんでそんなことわかるんですか? 勝負しますか? ああん?)」

「(なんですか、まるでスラムのチンピラじゃないですか。チンピラなんかには負けませんよ)」

「エース殿にお願いしてもいいかな?」

「アルカード様!? 実戦で磨いた私の方が……」

「アマリア殿。いかに貴殿が強かろうと、私は女性に向かって剣を振れません」

「そんな……しかし、ああ……なんとお優しい心根……」

「(さっさとしてくれないかな)」

「ではよろしく頼みます。こちらは模造刀を使いますが、私は不死故そちらは真剣でかまいません」

「ええ、お気遣い感謝します。ですが私も真剣相手でかまいませんよ?」


 二人は剣で戦い始めた。


「さて、アマリア殿。女性には剣の試合など退屈でザンしょ?」

「(うっせーなあっちいけよ)いえ、美麗な剣技に酔いしれておりますわ」

「しかし私は手持無沙汰でザンス。どうザンスか――


「私と一緒にダンスでも」

「戦いますか?」


「(アマリア殿!? うお、危ない危ない)

「ほほほ、もう少しミーが若ければそれもいいザンスが、ミーも老いた身ザンス。ここはゆっくりとダンスでも……」

「ダンシングソードですか?」

「(そんなわけないだろ。おっと、やばいかすった。頼むから踊ってくれ)」

「ワルツをいかがザンス?」

「……」

「(踊るって言え! 踊るって言え!)

「ええ、光栄ですわ。公様」

「(いいぞアマリア殿)」

 アマリアはドラキュラに抱き着き、肌を密着させた。

「(ん?)」


「この浮気者ー!」


 叫び声と共に、雷がドラキュラを直撃した。

 やはり、なぜか全身の骨が見えた。

「とほほ、女房には敵わないザンス」

「ドラキュラ様、ワインをいただきながらお二人の試合を観戦いたしましょう」

 しれっと雷を躱したアマリアは、席についてワインを口に運んだ。

「そうザンスね。とほほ……」

「(わざとだな)」


「このくらいにしておきましょう。エース殿、見事な剣技でした。とても勉強になりました」

「いえ、こちらこそ、見たこともない美麗な剣筋に酔わせていただきました」

「では! 次は私が」

「あなたは座っていてください」


「試合は終わったのですね」


 声と共に無数のコウモリが集合し、美女に変化した。

「ああ、紹介します。私の妻、メアリーです」

「そうですか、では私たちはこれでおいとまいたしますわ」

「(アマリア殿!?)」

「そうザンスか、まあ王都は遠いザンス、そろそろ潮時ザンスかね」

「ええ、大変惜しいですが時間が押しております。急ぎ同盟の件を王に伝えねばなりません」

「うむ。大儀であったでザンス。土産に秘蔵のワインボトルをいくつか持たせるザンス」

「アマリア殿、剣を交えられなかったこと残念に思います」

「あ、いえ、別に、大丈夫です。お疲れさまでした」

「(こいつ……)では失礼させていただくことにします。同盟だけでなくご待遇にに感謝申し上げます。改めて王に代わりお礼申し上げます」

 二人は城を後にした。


「なんだよ~ちょっとイケメンだからって、思わせぶりな態度取りやがって~」

 アマリアは騎士の引く荷台の上で、ワインにおぼれていた。

「いやアルカード殿は思わせぶりな態度なんて何もしてなかったです。アマリア殿が勝手に暴走していただけです」

「うう~貴重なヴァンパイアが~。どっかにハーフのヴァンパイアとかいないかな~」

「そんな夢見ないで、ヴァンパイアじゃないけどボクはどうだい?」

「うるさいうるさいうるさーい! 6つも年下の女の子に手を出したなんて噂になったらますますモテなくなるでしょー!?」

「違うよ、ボクが手を出すのさ」

「うるせー! どうせみんなに言ってんでしょー!? てゆうか気になったんですけどエースさん処女じゃないんですか? ドラキュラ公は反応してませんでしたし、てっきり女の子にしか興味がないものかと」

「女の子の方が好きだけど、素敵な殿方がいればやぶさかじゃないですよ」

「不潔! 不潔だわ、この人!」

「でもそのほうが人生たのしいですよ」

「私の人生が終わってるみたいに言うな!」


 クエスト『騎士団の護衛』クリア

 アマリアの名誉が上がった。

 アマリアは10000G手に入れた。

 アマリアは古びたワインを手に入れた。

 吸血鬼と王国の同盟が更新された。

 エースと少し仲良くなった。

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