桜散る季節 青い春に焦がれる 1
窓の外では、少し湿り気を帯びた五月の風が、校庭の隅に置かれた防球ネットを小さく揺らしている。桜もすっかり散り終えて、梅雨を飛ばして早くも始まろうとしている夏の暑さが顔を出しそうな日だった。
石川県立金沢栄高校、一年三組。高校生になってすぐに中学までの勉強の実力を見定める試験をさせられたのに、もう中間テストを行うこの学校に、青山 凪は気力も体力もすべて奪われたような感覚に襲われていた。テスト最終日の放課後。静まり返った教室には、開放感よりも、どこか濁った澱みのような空気が流れていた。
「終わった……。いろんな意味で、終わった……。」
凪は、使い古された木の机に、思い切り顔をうずめた。頬に伝わる木の感触が冷たくて、少しだけ気持ちいい。 数学の後半戦、サイン・コサインの波に呑み込まれて溺死しかけた脳みそが、じりじりと熱を持っているのがわかる。
「……凪、いつまでそうしてるの。早く片付けないと、掃除当番にどやされるよ。」
隣の席から、鈴の音を低くしたような声が降ってきた。幼馴染の黒川 玲だ。 顔を上げなくてもわかる。彼女は今、丁寧すぎるほど丁寧に教科書をそろえて、自分の鞄に優しくしまい込んでいるだろう。
「玲……。テストできた?」
「うん……。いつも通り。」
「いいなぁ……。」
テスト開けの高校生らしい、たわいもない会話。
「この学校、テスト多くない?」
「そう? こんなもんじゃない?」
玲はとても優しい。小さいころから凪のそばにはいつも玲がいた。教室には誰もいなくなっているのに、玲は凪を急かさずに、彼女が動き出すのを静かに待っている。
「私……。私達さぁ、このまま流されるように大人になっていいのかな。」
机に顔をうずめたまま、凪は籠もった声で叫んだ。 中学からそのままエスカレーター式に上がってきたような、代わり映えのしない毎日。 テストが終われば、また1か月ほど同じような授業を受けて、今度は期末テスト。石川の穏やかな海沿いの街で、凪たちは堤防に並ぶテトラポットみたいに、ただそこに置かれている。
「何よ、藪から棒に。思春期特有の病気?」
玲の声は、相変わらずそっけない。 凪は勢いよく顔を上げた。前髪がめちゃくちゃになっているのも構わず、玲の綺麗な横顔を睨みつける。
「病気じゃないよ! 本気だって。ねえ、玲。私は『冒険』に出たいの。もっとこう、心臓がバクバクして、見たこともない景色を見て、『私、今、生きてる!』って叫びたくなるような……青春ってやつがしたいんだよ!」
熱っぽく語る凪を横目に、玲は一度だけまばたきをした。 そして、机に置かれた帰宅準備万端の鞄に手をかけて、冷淡な、けれどどこか慈しむような瞳で凪を見た。
「アニメの見すぎじゃない?」
「……。そんなことないもん。私達、花の女子高生だよ?」
「……だったら、どっかの部活にでも入れば? 運動部なら、嫌でも心臓バクバクするでしょ。水泳部とか、まだ一年生の募集してたはず。」
「違うの! そういう『決まったレール』の上のものじゃないの! 私が求めてるのは、もっと……もっと未知の何か、こう……。」
凪の鼻息の荒さに反比例するように、玲は「ふーん」と興味なさそうに視線を窓の外へ移した。
「……未知、ねぇ。」
玲はそう呟くと、鞄の持ち手をつかんだ。
「とりあえず、冒険に出る前にさ、まずは家に帰ることを考えたら?」
玲はカバンを肩にかけると、ついに席から立ち上がった。
「…………っ、冷たいなぁ、もう!」
取り残されたように感じた凪は、再び机に顔をうずめた。 机の表面には、さっきまで自分が書いていた数学の公式の跡が、薄く、呪文のように刻まれているようだった。
このまま、みんなと同じように部活に入って、三年生になったら受験勉強をして。 それが悪いことだとは思わない。でも、何かが違う気がする。
凪の心は、もっと深いところ、ここではないどこかを求めて、ずっとずっと前から疼いていた。
「ほら、もう帰るよ!」
玲は凪の肩をゆすり、立ち上がらせようとする。窓の外からは、野球部の掛け声と、吹奏楽部の奏でる不協和音が染み入るように聞こえていた。 誰もが自分の「居場所」を見つけ、そこに根を張ろうとしている。 でも、凪はこのコンクリートに囲まれた四角い校舎の中に、どうしても自分の居場所を見つけられそうになかった。
冒険。 まだ見ぬ世界。 息が詰まるような、でも、最高に自由な場所。
「……はぁ。」
凪はため息をつくと、ようやく机から立ち上がり、視界の端に、腰に手をやる玲を見た。
「青春、か……。」
凪は待ってくれていた玲を置いていくようにして、のっそりと歩き始め、玲は彼女の後を仕方なく追うように、二人は教室を後にした。
まだ、自分が何者になるのかも、どこへ行けばいいのかもわからない。ただ、心拍数だけが、少しずつ、確実に上がっていくのを感じていた。
教室の周りの子たちは、目の前の学校生活に一生懸命生きているように見えた。校庭から耳に入ってくる青春の音が、ただひたすらに凪の心をざわつかせていた。
放課後の喧騒を背に、校門を抜けると、世界は急に静まり返った。 石川の五月は、空気が凛としていて、それでいてどこか眠気を誘うような穏やかさに満ちている。
凪と玲の通学路は、学校から住宅街を抜け、広大な田園地帯を貫く一本道へと続いていた。この時期の石川は、ちょうど田植えが終わったばかりだ。等間隔に並んだ苗が、張られたばかりの水面に弱々しく、けれどもしっかりと背を伸ばしている。
「……ねえ、玲。さっきの話、わりと真剣な悩みなんだけど。」
凪は自転車を引く手を緩め、横を歩く玲に話しかけた。 アスファルトを蹴る自分のローファーの音と、自転車のチェーンが微かに鳴らす金属音だけが、のどかな風景の中に溶け込んでいく。
「さっきの話って、冒険に出たいってこと?」
「そう。冒険。……っていうか、私だけの『何か』を見つけたいってこと。」
凪は視線を、道の先に広がる景色へと向けた。 街の騒音を一切遮断したかのような静寂の中、遠くの方でトラクターのエンジン音が低く響いている。どこまでも続く平野の向こう側、空と大地の境界線には、雪解け水を湛えた白山連峰が、青く、神々しいまでの輪郭を持ってそびえ立っていた。
冬の間の厳しい白さを脱ぎ捨て、初夏の光を反射して青く沈むその山脈は、まるでこの街を見守る大きな背中のようだった。
「冒険に出たいって言っても、どこに行くの? 東京とか?」
「東京か……。ねぇ、一緒に行ってくれない?」
「嫌やし!怖いもん!」
最速で出鼻をくじかれた凪は、拍子抜けして「えー」と情けない声を漏らした。
「……ちょっと待って。止まって。」
玲が足を止めた。 彼女は肩にかけていた鞄から一眼レフカメラを取り出すと、ごく自然な、淀みのない動作で構えた。 凪も足を止め、無言で彼女の横顔を見つめる。 玲の指先が、レンズのリングをミリ単位で調整する。ファインダー越しに世界を切り取る彼女の瞳は、教室で見せるそっけなさとは裏腹に、鋭く、それでいて深い熱を帯びている。
玲がレンズを向けているのは、空を押し上げるようにそびえ立つ青き白山だった。 田んぼの水鏡が空の青と山の影を映し込み、世界が二つに分かたれたような錯覚を覚える。
『カシャリ』。
乾いた音が一度だけ響き、再び静寂が戻ってきた。玲はモニターを確認することもなく、そっとカメラを鞄にしまい込んだ。
「……相変わらずだね。ねえ、玲。なんで写真部とか入らないの? 先生たちもきっと喜ぶよ。コンクールとか出れば、推薦だって狙えるかもしれないのに。」
「興味ない。」
玲は歩き出しながら、短く答えた。
「写真は、私が私のために撮るものだから。誰かに評価されたり、部活っていう枠の中で撮らされたりするのは、なんか違う気がする。」
「すげー。」
凪は苦笑いしながら、思ったことをそのまま口にして、また自転車を引き始めた。玲の、自分というものをしっかり持っているところが、凪には眩しくて、少しだけ羨ましかった。
「凪こそ、どうなの。中学まであんなに一生懸命やってたテニス部、高校でも続けると思ってたけど。うちのテニス部、結構強いんでしょ?」
玲の問いかけに、凪は一瞬だけ足を止め、それから確固たる意志を込めて首を振った。
「……ないよ。」
「何が?」
「テニスには、私の『青春』はなかった。中学でもうお終い。」
凪の声は、自分自身に言い聞かせるようにきっぱりとしていた。玲はだまって聞いている。
「中学の三年間、確かに必死だった。真っ黒に日焼けして、ボールを追いかけて、勝った負けたって泣いて。それはそれで楽しかったし、否定はしないよ。でも、高校でも同じことを繰り返すのが、私の求めてる答えじゃないって、なんか気づいちゃったんだよね。」
凪は立ち止まり、空を仰いだ。 透き通るような青空。でも、その青はどこか遠く、手が届かない場所にある。小松市の方から流されてくる飛行機雲が凪の目に映る。
凪は玲の方を向き、縋るような、試すような瞳で問いかけた。
「ねえ、玲。なんか新しい部活でも始めれば、この胸のモヤモヤ、なくなるかな? 何かに夢中になれば、この『流されてる感じ』から抜け出せると思う?」
玲はしばらくの間、無言で凪を見つめていた。夕暮れが少しずつ忍び寄り、田んぼの水面がオレンジ色に染まろうとしている。
「……私にわかるはずないでしょ。」
玲は冷たく突き放すような言葉を吐いたが、その声のトーンはどこか柔らかかった。
「凪のモヤモヤは、凪が動いて、凪が見つけるしかないよ。」
「……だよね。分かってるけどさ……。玲様ならお答えをくれるのではと~。」
凪は小さく笑って、また歩き出した。
二人の道が分かれる交差点が見えてきた。 そこには、古びた街灯が一本だけ立っており、まだ明かりは灯っていない。
「……じゃあ、玲、明日の予習、数学だけは見せてね。私、一文字も理解できてないから。」
「気が向いたらね。」
玲は少しだけ口角を上げて、軽く手を上げた。
「……また明日ね、凪。」
「うん、また明日。」
凪はそう言って、自転車に跨った。 ペダルを漕ぎ出すと、夕方の涼しい風が、火照った頬を撫でていく。
別れ道。 凪は右へ、玲は真っ直ぐ。 二人の影が、赤く染まっていく田園風景の上に長く伸びて、ゆっくりと離れていく。
家路を急ぐ凪の背中には、夕焼けの光と、玲がファインダー越しに見ていたあの「青」の残像が、かすかに焼き付いていた。
何かを始めなければならない。どこかへ旅立たなければならない。その衝動だけが、空っぽになったはずのテスト終わりの頭の中で、警鐘のように鳴り続けていた。
夕焼けが完全に沈み、夜の気配がしっとりと街を包み込み始めた頃、凪は自宅の前にたどり着いた。
ガレージの隅に自転車を停めると、使い慣れた鍵を回して玄関のドアを開ける。誰もいないはずの家の中からは、ひんやりとした静寂が漂ってきた。
「ただいま……」
誰に言うでもない言葉を呟きながら、肩にかけていた鞄をぐっと背に回し、肩からずり落ちないように持ち直す。
ふと足元を見ると、玄関脇のスペースに白い発泡スチロールの箱が置かれていた。生協の宅配だ。
「あ、今日届く日か」
仕事で帰りが遅い母親に代わって、これを取り込むのは凪の役割だった。意外とずっしりとした重みを感じながら、箱を抱えてキッチンへと向かう。
蓋を開けると、保冷剤の冷気と一緒に、今日のおかずの材料やパックに入った肉が並んでいた。凪は手際よくそれらを取り出し、冷蔵庫の棚へと押し込んでいく。空になった発泡スチロールを勝手口の横にまとめると、ようやく一息ついた。
そのままリビングで寛ぐ気にはなれず、凪は吸い込まれるように二階の自室へと向かった。部屋に入ってすぐ、背中の鞄を床に放り出す。制服を脱ぐのも面倒で、ただ、柔らかいシーツが待つベッドの上に倒れ込んだ。
「はぁ……。疲れた……。」
中間テストの緊張が、今になって一気に解けていくようだった。 ふと横を見ると、テスト勉強のために途中で読み止めていた漫画が本棚に刺さっている。今映画上映もしている人気の話題作だ。凪はベッドから起きてそれを手に取ると、再び同じ場所に横になり、続きのページを捲り始めた。
白黒のコマの中では、主人公たちが派手なアクションを繰り広げ、熱いセリフを交わしている。けれど、今の凪の頭には、その物語がなかなか入ってこない。 活字を目で追っているはずなのに、ふとした瞬間に、玲が撮っていたあの「青」が網膜の裏に浮かんでは消える。
冒険、東京、テニス、そして、どこまでも続く田んぼの風景。 思考が断片的に繋がり、やがてぼんやりとした霞のようになっていく。
漫画を持つ指先から力が抜け、パラリと本が枕の向こう側に落ちた。 開いたページには、主人公が叫んでいるシーンがあったけれど、凪の意識はもう、それを見届ける前により深い場所へと沈み込んでいた。
薄暗い部屋の中で、凪の規則正しい寝息だけが響く。 窓の外で鳴き始めたカエルの声に包まれながら、凪は今日一番の「モヤモヤ」を抱えたまま、泥のような眠りについた。
「ただいまーっ!」
少し高めの、弾んだ声が玄関に響いた。二階の静寂を切り裂くその声は、重い眠りに沈んでいた凪の意識の端に、優しく振れたが目を覚ますほどではなかった。
一階からは、スーパーの袋がカサカサと鳴る音に続いて、シンクで勢いよく水を使う音がしてくる。母親が帰ってきたのだ。 凪が冷蔵庫に入れておいた生協の食材を、母は手際よく取り出し、早々に夕食作りに勤しむ。間もなく、包丁がまな板を叩くトントンという軽快なリズムが聞こえ始め、やがて甘辛い醤油の香りが、階段を伝って二階の部屋まで這い上がってきた。
鼻をくすぐるいい匂いと、味噌汁の湯気が立てる微かな音。 凪はベッドの上で、はっきりと目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。まだ半分夢の中にいるような足取りで、吸い寄せられるようにリビングへと降りていく。
「……あ、お母さん。おかえり」
「ただいま。なに、また寝てたの?」
母はガスコンロの前で背中を向けたまま、フライパンを揺らしながら答えた。その背中からは、主婦としての「夕飯前の戦場」を切り盛りする逞しさが漂っている。
凪はまだ少しぼーっとした頭で、リビングのソファに腰を下ろすと、リモコンを探し当ててテレビのスイッチを入れた。バラエティ番組の賑やかな笑い声が、静かだった家の中に充満していく。
「凪、悪いけど机の上、綺麗にしちゃって。」
「……はーい。」
指示されるままに、凪はダイニングテーブルへと向かった。 そこには、読みかけのファッション雑誌、中身が半分になったティッシュ箱、新聞や郵便、チラシの束など、生活の断片が無造作に散乱していた。凪はそれらを一箇所にまとめたり、棚の隅に押し込んだりして、無理やりスペースを作る。
「はいはい、どいてどいて。」
母は、完全には片付いたとは言い難いそのスペースに、次々と大皿を並べていった。 今日のメインは、生協の献立セットにあった「サバの味噌煮」だ。ふっくらとした身に、照りのある濃厚な味噌だれがたっぷりとかかっている。
「いただきます。」
「いただきます。」
二人は向かい合って、箸を動かし始めた。 凪は、まだ熱い味噌汁をずずっとすする。サバの身をほぐし、白米と一緒に口に運ぶと、実家の味がじんわりと身体に染み渡っていく。
「中間テストはどうだったの? 」
「……まあまあかな。」
テレビの画面に視線を向けたまま、凪はそっけなく答えた。 「まあまあ」という言葉は、こういう時のための便利なシェルターだ。
「まあまあって……。……学校は、楽しい? 友達とはうまくいってるの?」
「……んー、うんと、まあ、それなりに。」
母の問いかけに、凪は遠い返事をした。 玲との帰り道のこと、感じているモヤモヤ、そして「冒険」のこと。 そのどれもが、このサバの味噌煮が並ぶ茶の間では、うまく言葉にならない。その時、玄関の引き戸がガラリと開く音がした。
「……ただいまぁ」
どこか疲れ切った、低い声。父親が帰ってきたのだ。
「あ、パパ。おかえりなさい。」
母がパッと立ち上がり、キッチンへと向かう。凪は何も起こらなかったかのように黙々とサバの味噌煮に向き合う。
「ちょうどいいわ、今食べてるところ。手洗ったらすぐ座って。一緒にごはん食べちゃって」
洗面所から聞こえてくる父の返事は、「ああああ……」とも「わかった……」とも取れる、やけに長い、うめき声のような肯定だった。 いつもの、平凡な夜が更けていく。
テレビの中ではアイドルの子がキラキラした笑顔で笑っているけれど、凪の視線は、味噌煮の横に添えられた生姜の薄切りを、無意識に箸でつつき続けていた。
父が席に着くと、食卓の空気はさらに「いつもの夜」の色を深めていった。
「あー、疲れた。今日、外回り中に雨降ってきてさ……」
「そういえば、週末は晴れるって予報よ。掃除したいから助かるわ」
「週末かぁ、たまには大通りの方まで買い物行くか?」
父と母の、とりとめのない会話。凪はそれをBGMのように聞き流しながら、最後の一口の白米をサバのタレに絡めて口に運んだ。 仲が悪いわけじゃない。むしろ、世間一般から見れば良好な方だ。誕生日にはケーキを囲むし、連休には父の運転でドライブにも行く。たまに母が父のズボラさを叱って言い争いになることもあるけれど、それもこの家の「日常」というパズルの一片に過ぎない。
でも、その「普通さ」が、今の凪には少しだけ息苦しかった。 この穏やかな食卓の風景は、あと何年、何十年と続いていくのだろう。私はいつか、お母さんのように夕食の献立を生協にアウトソーシングして、お父さんのように仕事の愚痴をこぼしながら、この四角いリビングで歳を取っていくのだろうか。
「ごちそうさま。お皿、片付けとくね」
「あら、助かるわ。お風呂、もう沸いてるから先に入っちゃいなさい。」
凪は手際よく皿をまとめ、シンクへ運んだ。蛇口から流れる水の音。洗剤の泡。 そのすべてが、昨日の夜も、一昨日の夜も同じだった。
浴室の鏡に映る自分を見る。 湯気で少し上気した顔。金沢栄高校の制服。
「……これが私か。」
ぽつりと呟いた言葉は、換気扇の音に吸い込まれて消えた。
お風呂から上がり、自室に戻る。 さっきまで広げていた漫画が、ベッドの上で主人の帰りを待っていた。凪は髪を乾かすのもそこそこに、再びシーツの上に転がった。
漫画のページを捲る。 主人公たちが新しい街へたどり着き、期待に胸を膨らませているシーン。 でも、活字を追っているうちに、また強烈な眠気が襲ってきた。お風呂上がりで温まった身体が、重力に従うように沈んでいく。
一度閉じた瞼。 半分寝ぼけた意識の中で、凪の指がスマホを探り当てた。 無意識にロックを解除し、写真共有アプリを開いて3,4枚スワイプしたのち、翌朝のアラームをかける。また一日が毎日の中に溶け込むように消えていった。




