29話 不動産屋めぐり
新宿の東口で亜美と待ち合わせをした。
亜美は黒のロングのウィッグをつけて、サングラスをしている。
そして白のコートを羽織っている。
それでも亜美の美貌を隠しきることはできない。
人々は遠くから亜美のことを眺めている。
待ち合わせの時間より10分前に到着したが、亜美は既に待ってくれていた。
亜美は玲の姿を見ると、足早に近づいてきて、寄り添うように腕を組む。
すると亜美を見ていた人々が、一斉に動き出す。
「玲が早く来てくれて助かった。人混みでジロジロと見られるのって好きじゃないの」
確かに知らない誰かにジロジロと見られるのは感じが悪い。
それが大勢の人数ならなおさらだ。
「亜美は変装していても、きれいだから、皆が見惚れてしまうんだよ」
「他人に言われても嫌だけど、玲に言われるのは好き」
「都内で住む場所を決めてるの? 住む場所によって家賃の高さが違うわよ」
「ラルスが少しなら家賃を補助してくれるって言ってるから……阿佐ヶ谷辺りで探そうかと思ってる」
今ではラルスはFXで相当貯金を増やしている。
日頃、玲の世話になっているからと言って、家賃を少し補助してくれるという。
玲にとっては助かる話だ。
とにかく東京都内の家賃は田舎と比べると、すごく高い。
「そうね阿佐ヶ谷近辺なら、安いマンションがあるかもしれないわね」
「どうせ俺の1人暮らしだし……1DKでもワンルームでもいいんだ」
「私が遊びに行くことも忘れないでね」
亜美の芸能プロダクションが借りている高級マンションは恵比寿にある。
本当は恵比寿に住みたかったが、家賃が高すぎて手が出なかった。
「どれぐらい探したの?」
「スマホで不動産サイトを5件ほど探した。8万円台ならなんとかなりそうだ」
「それじゃあ、阿佐ヶ谷に向かって行きましょう。早く新宿から遠ざかりたいし」
「わかった。そうしよう」
JR新宿駅で中央線に乗って阿佐ヶ谷へ向かう。
平日の昼間だというのに、人混みがすごい。
玲は亜美を庇うようにしながら電車に乗る。
電車が揺れると、電車の中の人波も揺れる。
玲は足を広げて踏ん張って、亜美の腰を抱いて離れないように支える。
「玲……ありがとう」
「これだけの人波だと仕方ないよ」
阿佐ヶ谷の駅を降りて、すぐ近くにあった大手不動産屋のチェーン店に入る。
「今度、大学に受かりまして、部屋を借りたくて……」
不動産屋の社員の男性はにこやかに微笑む。
「早く動かれて正解です。この時期だとまだ空き部屋は多くあります。入学式前だと手遅れでした」
亜美と2人で不動産屋の椅子に腰をかけて、男性社員が出してくる物件を見て回る。
どれも手ごろな値段だが、1Kはあっても1DKはなかなかない。
「1DKの格安物件はありませんか?」
「お客様の想定されている家賃ですと難しいですね」
「そうですか……」
玲も亜美も1件目から良い物件があるとは思っていない。
1件目の不動産屋を後にして、2件目の不動産屋へと向かう。
5件目の不動産屋を回って、足が疲れてきた。
2人でファーストフード店へ入って、ハンバーガーとチキンナゲットとコーラのセットを2つもらい、3階の客室へ向かう。
そして窓際のカウンター席に2人隣同士で座って、コーラを飲む。
「案外……上手くいかないモノだね……もう少し簡単に決まると思ったのに」
「そう……私は沢山のマンションの間取りが見れて楽しかったわ。東京って家賃高いのね」
「俺の田舎の倍以上するもんなー」
「だから我も連れてくればよかったのだ」
急に玲の後ろから声が聞こえて、振り向くとラルスがハンバーガーのセットを片手に立っていた。
そして、亜美と反対側の席に座る。
「不動産屋とは商売人なのだ。だから少しでも高額な家賃を出しそうな者を探している。玲などは、もう一声で、後1万ぐらい高値でも部屋を借りそうに見える。だから値引きなどせんぞ」
そういえば何回も、後1万円増額しようか考えた。
しかしラルスに悪いと思って遠慮して止めた。
それを店員は観察していたというわけか。
「それに、これから大学に合格した学生達が押し寄せてくる。すぐに不動産のマンションは完売するだろう。そういう見込みがあるのに、今安売りするわけがないだろう」
ラルスの言っていることはもっともだ。
「ラルス……どこから私達をつけてきてたの?」
「我は昆虫に変化して、玲とずっと一緒にいたぞ。2人共、仲が良さそうで良かった」
「ラルス……質悪い……恥ずかしいじゃない」
「2人の邪魔をしないように気配りをしただけだ……邪魔はしていないだろう」
確かに邪魔はしていない。
それでも亜美と2人で寄り添って歩いていた所をラルスに見られるのは恥ずかしい。
亜美は顔を赤くして俯いてしまっている。
「それでラルスが出てきた意味は? ラルスなら家賃を下げられるのか?」
「任せておけ。1件目に行った不動産屋に良い物件があるのを見ている。もう1度戻るぞ」
ハンバーガーを食べ終わって、3人で1件目の不動産屋へ戻る。
先ほど笑顔で対応してくれた男性社員が微笑んでいる。
「どこも無理だったでしょう。この辺りの不動産屋の家賃は、当店でも比較していますから」
なるほど……他店共に手を組んでいるというわけか。
道理で、皆が同じ家賃を言ってくるわけだ。
ラルスがジーっと男性社員の目を見つめる。
すると男性社員の目がクルクルと回り出す。
「まだ良い物件は残っているのだろう。隠さずに早く出してくれないか」
「はい。ご用意しております。5階建てマンションの3階で、1DKのお部屋が空いております。家賃もお客様のご要望通りの8万円にさせていただきます」
そして契約はスムーズに終わった。
男性店員は笑顔で深々と礼をしてくれている。
外に出てからラルスを見ると、ラルスは軽くウィンクをする。
やはり魔法を使ったらしい。
「ラルス……助けてくれたのは嬉しいけど、あまり無茶な魔法の使い方をするなよ」
「わかっておる。今のも認識変更の魔法を使っただけだ。これで我の仕事は済んだ。我は行く」
そう言ってラルスはヘラクレスオオカブトに化けて、空中へと去っていった。
今は真冬だぞ。昆虫といってもヘラクレスオオカブトが空中を飛んでいたら変だろう。
「でもラルスのおかげで助かったわね。1日目で部屋が決まるなんて思わなかったわ」
「そうだね……ビジネスホテルは予約してあるし、明日の予定が丸々空いたな。亜美の明日のスケジュールはどうなってるの?」
「玲に合わせて、スケジュールは開けてあるわよ」
「じゃあ、明日は亜美が行きたい場所へ行こう」
「私、品川の水族館へ行きたかったの。いつも忙しくていけないから。明日、連れて行って」
明日は品川の水族館で亜美とデートだ。
ラルスもいないし、2人だけのデートになる。
「それじゃあ、明日は品川の水族館へ行こう」
亜美は嬉しそうに玲に近寄って、恋人つなぎをしながら、阿佐ヶ谷の駅へ2人で向かった。




