正々堂々
生徒会室の扉を開けると、ポップコーンが弾けたみたいなクラッカーの爆竹が鳴り響く。
パーン、パーン、パーンと三発。犯人は言うまでもなく、コーンハットを被った綾乃だった。
「先輩、生まれてきてくれて、ありがとうございます!!」
「いや、誕生日今日じゃないんだけど」
ちょっと前に祝ってもらったばっかりだろうが。
しかし綾乃はチッチと舌を鳴らし人差し指をふりふりして言う。
「常日頃からそう思っていますので」
「暇な人生送ってるなぁ」
ある意味日常茶飯事だったので、僕は特に気に留めることなくやかんと改造電気ストーブで紅茶を淹れ、生徒会長のための特別な椅子に座り、暇潰しの小説を読み始める。
今日は天気がいい。窓を開けてそよ風を浴びるのも気持ちいいはずだ。風にふんわりページが持ち上がる感覚が、僕は結構好きなのだ。ぱたぱた動いて窓を半分だけ開ける。
綾乃はというと、バッグをゴソゴソしていた。したかと思うと、何かを取り出した。
で、僕に満面の笑みで差し出す。
「というわけで、記念にこれをプレゼントします」
「なにこれ」
「ピンポンです。別名ワイヤレスチャイムとも呼ばれますね」
「必要性に困る物贈りつけるのやめてもらっていい?」
いや、え、ワイヤレスチャイム? 聞き間違い? もう家にあるんだけど。
「なに、なんか変なもの入ってる?」
「変かどうかは先輩次第ですが、盗聴器を仕込んでいます」
「隠せや!!」
せめて慎ましく聞き耳立てとけや。なぜ卑劣さの極みに愚直な誠実さを選んだんだ。
だが、だがしかし。
なぜか綾乃はにっこり笑ったまま動こうとしない。『まだセーフだろ……』て面で突っ立っている。『交渉とは一度断らせてからが始まりなのです』とでも言いたげにニコニコしている。『なんやかんや先輩は私に甘いので、まぁイケるっしょ』と確信したような表情で僕を見つめていた。『マジちょろいぜ』とコーンハットをゆさゆさ振っていた。
「え、なに、僕はどうすればいいの。何を望んでるの?」
「先輩に任せます。自主性に信任を置くタイプなんです」
「置いちゃったかぁ……」
死人が出るタイプのキラーパスである。
一応僕は優しいはずなので、今一度渡された盗聴器内蔵型ワイヤレスチャイムを見る。
…………去年のカレンダーよりいらないなぁ。
「いや、普通にいらないし、返す」
「つまり、クーリングオフと?」
「つまらない物すぎてね」
「後学のために、なぜ返品を希望するか理由をお聞かせいただいても?」
「理由っていうか、盗聴器が仕込まれてるからかな」
「では盗聴器を取り除けばこのワイヤレスチャイムを喜んで受け取ると?」
「難題だねぇ」
おそらく喜びはしないだろうに。
「私も大分悩んだんです。先輩に何を贈るか」
「それがこのザマか」
「盗聴器には継続的な電気の供給が必要ですからね。必然、コンセントを使用する物でなくてはいけません。かと言って変な物では怪しまれてしまいます。自然にプレゼント出来る物で、かつコンセント使用。私、だいぶ考えました」
「浅知恵だったね」
っていうか、自分からバラしたよね。
「下手に隠して後から犯罪だとバレるよりかは、正々堂々と思いましてね」
「もしかして、正面玄関から入れば不法侵入が許されると思ってるタイプ?」
「先輩!!」
「な、なに」
綾乃はかしこまってコーンハットを取り外し、背筋を伸ばして、
「それは、それ!」
一息ついて水をごくごく飲み、それから、ドンと言い張る。
「これは、これ!」
「どれだよ!!」
待ったかいがねぇ!! ちくわ並に中身が透けてるよ。
僕は少しだけ考えて、もしかすると梶原綾乃は、馬鹿なのかもしれないと思った。
彼女が救いようのない馬鹿なのだとしたら、それはもう、救えないのだから仕方がない。
けれど、僕はまだどうしても、仕方があるケースを探らざるを得なかった。
後輩がそこまで馬鹿だと思いたくなかったからだ。下がった株を損切りできない心境だ。
だから僕は念のため彼女の理性を確かめることにした。頼む、知性を見せてくれ……!
「綾乃あのね、盗聴は犯罪なんだよ。分かってる?」
「同意の上なら問題ないから、こうして迫ってるんじゃないですか!!」
「現状がもう犯罪的だって気付いて綾乃!!」
あぁ、僕は、馬鹿だった。
遅すぎたんだ。本当に救いようがない。
この女が馬鹿だと、これまで確信できなかったなんて。
「……それで、私の愛は受け取ってくれますか?」
「言うほど愛か?」
僕が素朴な疑問を投げかけると、馬鹿が深くため息を零し、鋭い視線で返してくる。
「はぁ……いいですか、現代社会には様々な愛で溢れています。LGBTQに代表される多様性に富んだ愛の形が認められつつあります。それらがたとえ今現在受け入れられずとも、確かにそれはあるのです。愛は一つの形をとらないのです。色々あって然るのです。隣のクラスの田中くんが上松くんに抱く感情は愛ですし、前の席の茜さんが弟の秀輔くんに向ける視線も愛と呼べるのです。ですから当然、この盗聴器もまた、愛の一つの側面なのです」
「否定しづらい!!」
なぜその知性を五つ前の会話で見せてくれなかった。おかげで説得力がないぞ。
「えぇい、知るかしるか。盗聴器なんていらん!」
「じゃあ……代わりにこの充電器とおまけでコンセントプラグなんてどうです?」
「仕込んでるじゃねえか!!」
正々堂々の精神はどこいった。ここまできて包み隠そうとするな。
「だいたい、盗聴器なんて仕込んで、なにが面白いの?」
「もしかすると、独り言で私への愛をこぼす可能性が多々ありますからね」
「バラした時点で0だと思うけど」
「バラさなかったら0ではなかったんですか?」
…………
………………あー、こほんこほん。
「……綾乃の主観で、って話でしょ。ないない」
「動揺してます?」
「なに、脈でも測る?」
「どれ……ありますよ!!!!」
あるに決まってんだろ。
「諦めなさい。それと、盗聴器は没収だからね。悪用されちゃ敵わないし」
「お、お小遣い三ヶ月分が……」
「そもそも、盗聴なんてしなくても、生徒会室でたくさん話してるんだから、いいじゃん」
「それは、それ! これは、これ!」
どうも彼女のお気に入りのフレーズらしい。
「じゃあ、あれは?」
「あれ?」
「ほら、こないだ綾乃の家行ったじゃん。あれはどれに入るの?」
「あれは……」
「綾乃がよければまた行きたいんだけど、駄目、かな?」
「いいんですか!?」
「いいもなにも、楽しかったよ。今度、約束だよ?」
「ま、任せてください! 塵一つ残さず掃除しておきますので!」
僕らは互いに同意した契約に基づき、無事、楽しい日々を確約する。
半開きの窓からは爽やかな風が吹き抜け、開かれた文庫を何ページか先へと進める。
そういう風に、ちょっとずつ、歩んでいければいいなと、そう思った。
…………さてさて。
こないだの、バレないうちに回収しないと。