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間違いヤンデレ  作者: 石山 雄規
序章 十月のショート・ショートケーキ
6/21

良いヒモの作り方

「先輩は」


 綾乃は雑誌を読みながら、チュッパチャップスを口に咥えながら、足を組みながら、ながらながらに流れのまま適当な調子に話す。


「養うか養われるかなら、どっちですか?」


 僕も不定積分の応用問題を解きながらチラリと彼女の読んでる雑誌を見る。

『良いヒモの作り方』頼むから伸び縮みする紐であって欲しい。


「……どっちって言うか」


「いい感じのバランスはこの際なしです。柵に囲われて美味しい牧草をもぐもぐするだけの羊でいるか、餌を求めて荒野を駆ける狼でありたいか、二つに一つ!」


 誰にとって良いのか問われれば、おそらく彼女にとっての都合だろう。

 ただでさえ接点の数を数えるので頭が痛いのに、なおのこと頭が痛くなる。


「石油王に養われるかヒモに貢ぐかなら答えられるけど」


「もうちょっと、もうちょっぴり対等な関係性でお願いします」


「いい感じのバランスかぁ……」


 なんて難題なんだ。方程式を並べるくらい面倒くさくて複雑である。

 実際のところ、片手間で考えて解ける問題ではない。綾乃か青チャートか、どちらかを放棄し専念しないと、この頭の痛さは収まりそうにない。


 こういうときに重要なのは、その後にある。問題を解いたその後が大切なのだ。授業を受けて欠かさず復習することで身につくように、それから先のことを見据えなくては。


 数学を選んだときの利点は、なんと言ってもテストの点数の向上だろう。

 自慢じゃないが、僕の成績は酷い。そりゃ酷すぎる。生徒会長の取っていい点数じゃないと顧問の梅沢先生からも言われた。

 そして良い成績を修めれば良い大学にも入れ、良い企業に就職できる見通しがつく。結果としてホワイトな就労状況にリッチな記帳残高が手に入るはずだ。


 対して綾乃。


 ……特にない。何も続かない。強いて言えば目の前のグラフから目を背けられることか。


 もはや選択の余地すらないように思われた。無視しても綾乃から嫌われることは別にないだろう。散々してるし。将来のことを鑑みれば、それがベスト。


 ――ところが。


「今だって親に養われてるし、そりゃ不満はあるけど、介護したいかって聞かれると微妙だし……養われる方かな」


 僕はなぜか、綾乃のどうでもいい話に乗っかっていた。


 なぜか。


 実はこれまで隠していたが、僕は勉強が嫌いだ。やりたくない。

 どのくらい勉強が嫌いかというと、平均点の半分が赤点で、赤点のさらに半分が青点と呼ばれているのだが、僕の数Bのカラーは顔面蒼白どころか死体同然の青紫なのである。

 成績はよくしたい。当然だ。悪い点を取って良い気はしない。クラスの皆が赤点ラインギリギリで騒いでるのを傍目に「ふん、雑魚が……」といった調子により強力な雑魚が通り過ぎていくのを考えると気分が悪くなる。


 問題を解くことがどれだけ自分のメリットになるかは、よく分かっているつもりだ。

 けれどきっとそれは、つもりでしかないんだろう。

 僕は先のことを考えているつもりで、実のところ、今のことしか見えていない、幼い子供だった。


 だから僕は、逃げるように綾乃の話に目を向ける。

 勘違いしないでほしいけど、別に綾乃と話したいわけじゃないんだからね。ただ勉強をするくらいならアンタとお喋りしてた方がマシってだけなんだからね!


「な、中々シビアな例えですね」


「綾乃は?」


「私は断然! 養いますよ! 任せてください!」


 何が彼女を駆り立てるのかは謎だが、彼女は彼女で扶養所得で間違いない。


「養うって、何が楽しいの?」


「そりゃ、首根っこ掴んどけば離れられないですし。相手よりずっと優位にマウント取れますし? いざとなれば思い通りに出来る快感ですよ!」


 やけに具体的に説明してくれた上に、想像の斜め上に屑い理由だった。

 この女フラストレーション溜まりすぎじゃないか? 発散対象を僕にするな。


 とはいえ、彼女の言うことは正直すぎることを除けば一理ある。

 他人を思い通りに動かせるという立場は、負担こそあれどその価値に見合う価値をくれる。別に本当に動かす必要はない。


 それだけで、西館三階の生徒会室から覗ける運動場の景色は見晴らしがよく映る。

 間に邪魔な木々はなくて、部活に勤しむ生徒の見るには必ず、下を見ることになる。


 そんな景色を眺めたくて生徒会長になったわけじゃないけれど、だからこそ、彼女の気持ちは分からないでもない。


「僕を養うには高くつくよ?」


「試算しましょう。惜しみはしませんが、安く済むかもしれませんからね」


「買い食いで週に一度肉まん食べるし、いちごミルクもよく飲むね」


「結構ゲームもしますね。でも先輩、一つのゲームをやり込むタイプですよね」


「やると大抵のゲームは好きになるし、好きになると全部知りたくならない? 他のルートとか、街の人の些細な会話とか、隠しエンディングとか」


「チョロい女ですね先輩って……こほんこほん」


「隠しきれてないぞ」


「……でもそのくらいじゃないですか? 食費光熱費雑費込でも5万円あれば充分では? 二人なら色々と節約できますし、アリアリのアリでは?」


「ナシナシのナシでしょ。それに大人になったら友達と飲み会とかもあるだろうし」


「先輩に友達はいませんよ?」


「……そ、そのうちできるかもしれないでしょ」


「希望的観測は捨ててください。私だけで満足できるようにしておかないと」


「…………はぁ」


 僕は柄にもなく、なんとなくそんな先のことを考えてみる。



 のんびり朝起きて、何時かも分からない。時計がなくても問題ない休日だ。

 近所のパン屋さんで買ってきた食パンをトーストで焼いて、ついでに目玉焼きとウインナーも焼く。ミルクをコップに二人分注いで、もぐもぐ食べる。

 軽くストレッチをして好きな本を読みながら、昨日あった他愛もない出来事をだらだら喋る。

 ちょっぴり本に飽きて、ふらっと部屋着のまま散歩に出かけて、途中のケーキ屋さんでショートケーキを買って帰って、部屋の掃除をしてから一緒に食べる。

 試しに初めてみた株が下がってて落ち込んで、お風呂に入って、上がったら美味しいご飯がテーブルを埋めていて、僕は嬉しそうに笑うんだ。



 それは柵に囲われた羊の生き方なのかもしれないけれど。


 僕にはとても、羨ましい生き方に思える。


「……安い女か」


 そんな夢想に浸れるのは、不定積分から目を背けている間だけだってことに、今のところ、僕は気づけている。

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