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演説が好きだ。一方的に言うだけ言って、コミュニケーションの必要なく終われる。
だから生徒会長になった。
「地球と火星の楕円軌道上には――皆さんにはこっそり隠していましたが――廻るティーポットがあります。疑う余地はありません。アモール型小惑星に混じり、すっかり冷めきったアッサム・ティーがまるで彗星のように夜空に弧を描いているのは――事実です。
もちろん冗談ではありません。こうして用意された舞台は就任演説ですから。
『天空のティーポットは、どうすれば廻るのか』――わかり易く話せば、『皆さま方の支持により生徒会長になれたことを、心の底から感謝いたします』――えぇと、アッサム・ティーは冷めてしまったみたいですね。
コミュニケーションの教訓です――中身があろうがなかろうが、皆が『ある』と言い続ければ、地球と火星の間の楕円軌道には、荒唐無稽なティーポットが廻るということです。
たとえティーポットに紅茶が淹れられていなくても――太陽系にティーポットは浮かびます。たとえ無意味に思えたとしても――ティーポットは、廻る必要があります。
信任と、その継続に誓います。
黒川湊というティーポットは、皆さんの絶え間ない支持によって、中身はすっからかんですが、いい感じに衛星軌道上を漂うことに成功致しました。
残すは、皆さんというティーカップに紅茶を注ぐだけです。熱意を持ってやり遂げます。
この度、旭陽高校生徒会長に就任しました、黒川湊です。
――ご清聴ありがとうございました」
一分ジャスト。後からクラスメイトに聞いたところ、『短いところがよかった』らしく、拍手は大きかった。
内容についても聞いてみたところ、『精一杯頑張って考えた感じが面白かった』らしい。
ともあれ万雷喝采の壇上を下り、席へと戻る。
入れ違いに樹多村が憂鬱そうに壇上に上がる。彼は無難に、去年から生徒会役員だったことを雑にアピールし、まぁ上手くやりますと言って帰ってきた。三十秒で終わったから、僕の倍の拍手で迎え入れられた。
次に眼鏡をかけた背の低い女の子が立ち上がって、少し緊張した様子で話し始める。
円城寺うみは真面目な少女で、誠意を持ってこの学校をよくしたいと熱弁したが、三分かかったので、拍手は疎らだった。
「なぁ、湊」
円城寺後輩がとぼとぼと壇上を去る隙間時間に、樹多村がこそこそと話しかけてくる。
「どした」
「なんだったんだ、さっきの演説。意味不明なんだが」
彼の声色は、先の演説に青春の貴重な一分を割く必然性はなかったと物語っていた。
「中身のない話でも、聞き手の努力で素晴らしい演説に変わりますって話。面白いでしょ?」
「……捻くれてんなぁ」
そうこう話している間に円城寺さんが席に戻っていて、壇上には既に、書記の女の子が立っていた。
早々と壇上のケーブルマイクを手に取りながら、彼女は沈黙が場を支配するまで待つ。
遠目から見るその少女は――はっきり言って、よく目立っていたと思う。
細身で華奢な体つき、けれどどこか堂々とした印象を与える佇まい。
なにかを決意したような、意志に満ちた目つきと唇の結び。
そして、校則に規定があったようななかったような――夕暮れ時のライ麦畑みたいな、ほんのり柔らかな赤みのある深黄色の髪。
ショートボブの毛先がぴょっこり跳ねて、快活な印象も周囲一帯に撒き散らしていた。
世界が百人の村なら、彼女の奪い合いで人類が滅亡しそうな感じの美少女だった。
しかし生徒会の就任演説に求められるのはスピーディーな決意表明だ。
どれだけ金髪少女が国を傾けそうな雰囲気を醸し出していようと、問題にはならない。
しんと静まり返った体育館を見回して、彼女はふいに口を開く。
「はじめまして。梶原綾乃です」
静かだったから、よく聞こえた。さてさて、今度は何分かかるかな。長くなりそうだ――そんなことを思い、小さくため息を吐く。
彼女は流れるように続けて言う。
「私は黒川湊を愛しています」
あまりに流暢に言ったから、よく聞こえなかったんだと思った。
なにか言い間違えたか、あるいは耳が聞き間違えをしたか。
……クロカワミナトヲアイシテイマス?
ともあれ、なにかが間違っていた。
けれど。
「私――梶原綾乃は、生徒会長の、黒川湊先輩のことが――めっちゃ好きです!!」
壇上に立ってもどかしい愛を叫ぶ金髪美少女が、確かに、梶原綾乃で。
この学校で生徒会長かつ黒川湊で先輩なのは、多分、僕しかいなかった。
「…………は?」
静まり返っていた会場は割れんばかりの喝采に揉まれ、熱気を帯び、紅潮する。
梅沢先生が止めに走り綾乃はマイクを手放して疾走し聴衆はこの日最大の拍手を贈る。
脱兎のごとく僕目掛けて駆け抜ける彼女の瞳は、きらんきらんに光り輝いていた。
そこには一欠片の曇りはなく、疑いの余地はなく。
「先輩、先輩――湊先輩! まずはデートから始めましょう!! ゆくゆくはイスタンブールでランデブーです!! 梶原綾乃をどうぞ、どうぞよろしくお願いします!!」
ただ、なにかの間違いだった。




