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28話 二学期の終わり、夏休みの始まり

 体育祭から一週間もすれば、あっという間に終業式がやってきた。

 二学期は今日で終わり、明日からは夏休みがやってくる。

 今まさに二学期最後の登校をしながら、俺は少し考え事をしていた。


 夏休み。全ての学生を虜にしてやまない、甘美な響きだ。

 日中まで寝て過ごし、クーラーの効いた部屋でテレビを見ながらボーッとする。

 まさにこの世の天国である。

 それに比べて秋はいかんね。春休みも夏休みも冬休みもあるのに、秋休みだけないじゃないか。秋よ、少したるんでないかね。


 秋に対して叱責を飛ばしながらも、思考は再び夏休みのことへと戻る。

 夏休みはおよそ一ヶ月。その間をどうすごそうか。

 基本的に引きこもり体質の俺は、例年なら夏休み中ほとんど外に出ずに過ごすことも多かったのだが……今年はそうも言っていられない。


「夏休み~夏休み~!」


 自作の夏休みソングを口ずさむ傍らのユルルを見る。

 夏休みという響きには死神でも抗えないのか、スキップと歩きの間くらいの軽快な足取りで学校へと向かっている。時折「うっ! へい!」とかよくわからないリズムをとっているのが面白い。


 そう、ユルルがいる以上、ずっと引きこもっているというのはよくないだろう。

 そんなんじゃユルルも楽しくないだろうし。俺と違って活発だからな。


「というか、そんなに休みが欲しかったのなら無理に編入する必要もなかったんじゃないの?」

「ミナトさん、わかってませんね~。勤労や勉学に励んでいるからこそ、休みという物は輝くんです!」

「なるほど。一理あるかも」

「一理どころか万里あります。万里の長城ですっ!」


 昨日一緒に見た世界遺産のテレビ番組の影響か、唐突に中国の世界遺産が飛び出してきて面食らう。

 ピンッと真っ直ぐに伸ばした腕は万里の長城を模しているのだろうか。

 意味が全然違う気もするけど、ユルルがにししと楽しそうなので乗ってやるとしよう。


「ほぉお……」


 伸ばした白い細腕をマジマジと見やり、感嘆のため息を吐く。

 それこそまるで、万里の長城を見るために中国を訪れた観光客のように。


「これが万里の長城……四千年の歴史を感じるなぁ……!」

「? 私まだ十代ですけど?」

「……ああ、うん、そうだよね」


 伝わらなかったね。

『中国四千年の歴史』とか良く聞くし、伝わると思ったんだけどね。

 ユルルもまだ外国の知識は完璧じゃないってことだろうか。

 それとも単に、俺のボケが的外れだったんだろうか。

 どちらにせよ、笑わそうとして伝わらないのは恥ずかしい。


 顔が赤くなりそうなのを隠すため、ユルルから顔を背ける。

 すると、ユルルが背けた方向にズイと回り込んできた。

 息がかかるような至近距離で、大きな目をぱちくりさせながら言う。


「今の四千年云々がよくわからなかったので、解説してもらっていいですか?」

「お前は鬼か」


 おふざけの解説とか一番駄目なやつだろ。

 最恐最悪の追撃だよそれ。「中国四千年の歴史って言葉があって、それで笑わせようと思って……」なんて解説をさせられた日には、俺恥ずかしさで魂抜け出ちゃうよ。すぽんって。


「とにかく、今の話はなしで」

「へ? なんでですか?」


 ユルルはこてんと首を捻る。

 純粋に不思議に感じているから余計に性質が悪い。

 くそう、この死神め!

 ……あ、本当に死神だから悪口にならない!

 何だコイツ、攻守完璧かよ! ズルいぞユルル!






 そして終業式も無事に終わり――というか終業式が無事に終わらなかった事例など後にも先にも聞いたことがないが――ともかくこれにて二学期も終了した。

 夏休み中にも遊ぶような仲の良い友人以外は一か月間のお別れということもあって、教室にはまだまばらに人が残っている。

 女子が謎のテンションで抱き合ったり、男子が机に座って談笑したりしているのを俺はボーッと眺めていた。


「どうしたんですかミナトさん。元気ないですね」


 そんな俺に声をかけてきたユルルは楽しそうだ。

 社交的な性格も相まって、少なくない人間と交友が広がったようで、女子たちに手を振ったりしている。


「そんなに元気がないように見えるか?」

「はい。顔が梅干しみたいです」


 そこまで?

 知らない間に顔が梅干しじみていたという事実に戸惑いを隠せない……が、たしかに正直テンションが上がりきらないのも事実だ。

 ユルルなら信頼できるし、悩みを打ち明けてみよう。


「夏休みが嬉しくない訳じゃないんだけど……今日からしばらく佐久さんとも会えないと思うと、ちょっとね」


 今まではよかったんだ。

 佐久さんは学校のアイドル。俺はモブみたいなやつ。

 そんな俺たちの間には、もちろん何の関わりもなかったし。

 ただ、この一ヶ月くらいで幸運なことに俺は佐久さんと仲良くなった。

 それだけに、離れるのが少し辛いというか……。

 そんな俺の話を聞いて、ユルルは良くわからなそうな顔をする。


「え? アイノさんのお家も知っているわけですし、会いに行けばいいんじゃ?」


 なるほどユルルの言っていることは正論だ。

 だがしかし、おいそれとそれを実行に移せれば俺もこんなに悩んではいないということは分かってほしい。

 それを行うことができない、あるとてつもなく重大な理由が俺にはあるのだ。


「たしかにその通りかもしれない。だけど……」

「だけど?」


 先を促してくるユルルに、ごくりと唾を呑みこんで、言う。


「会いに行くのはなんか……恥ずかしい」


 ふざけているように思われるかもしれないが、酷く真剣だ。

 そもそも男女問わず他人に対してこちらから距離をつめた経験に乏しい俺は、その行為自体に気恥ずかしさを感じてしまうのだ。

 まだ学校がある期間中なら家に遊びに行くのもできたかもしれない。

 だけど、夏休み中っていうのはハードルが高い。だって夏『休み』なのだ。

 相手が休んでいるところに探りをいれるスキルが圧倒的に不足していた。


「もしかしたら迷惑だと思われちゃうかもしれないし……」

「もう、アイノさんはそんなこと思いませんって。ミナトさんったら乙女!」


 なんてことだ。俺は乙女だったらしい。

 一応断っておくと、好きとかそういうんじゃないよ? 本当だよ?

 憧れ的なあれだから。いや、本当に。

 それに、ユルルだって俺以外では佐久さんが一番仲良いだろうし、会いたいと思うんだよな。

 だからなんとかして夏休み中も一回くらいは会いたいなぁと思うんだけど……。


「湊くん」


 そんなことを思っていると、後ろから誰かに声をかけられた。

 誰かっていうか、佐久さんだけど。

 もうね、声だけでわかっちゃうよね。

 ユルルとか佐久さんとか、美少女ってなんで声まで美少女なの? 神様のえこひいきがすぎるよ。

 振り向くと、やっぱりそこには佐久さんがいた。

 これであと一か月間会うこともないかもしれないと思うと、いつも通りの感じで接せそうもない。

 いつも俺はどんな反応を返していただろうか。思い出さなきゃ。


 その一。「あ、佐久さん。どうもどうも、春風湊です」

 なんかやばいな。自分の名前をフルネームで言うのはいかつい。


 その二。「呼んだかいセニョール?」

 どこから生まれたんだこの帰国子女を全力でこじらせましたみたいな人格は。こんな人格が俺の中に眠っていたことが驚きだ。


「湊くん?」


 やば! ずっと黙ってたから変に思われたかも。

 とりあえず何か返さないと!


「あ、うん。どうしたの佐久さん?」


 咄嗟に返した答えが何気に一番自然だという。なんという孔明の罠。

 何も考えていない方が自分らしいというのは、良く考えてみれば当然かもしれない。

 普段から返答一つ一つを慎重に選ぶような生き方はしてない訳だし。これぞ灯台下暗し。

 孔明の罠かつ灯台下暗し。つまり孔明は灯台。証明終了。


「いや、そんなに大した用じゃないんだけど、その……」


 俺の頭の中で孔明が灯台と化している間に、佐久さんはそこまで言って一度口を止める。

 蒼い目をこちらに向けて、少し照れたようにはにかみ。


「夏休みも……よろしくね?」


 なんということでしょう。よろしくされてしまいました。

 とりあえず……そうだね。この世によろしくという言葉を作った人に、心からの感謝をささげたいね。

 ありがとう。ありがとう。

 あなたが誰かは知らないけれど、俺はあなたに感謝します。


「こちらこそよろしく。でも大丈夫? 俺、迷惑じゃない?」

「全然全然! むしろあたしの方が迷惑じゃないかなってくらいだよ」


 そっか、良く考えれば佐久さんの秘密を知ってるのって俺たちだけだもんな。

 そういうところでシンパシーを感じてくれてるのかも。

 迷惑かも、なんて余計な心配しちゃったな。

 マイナス思考なのは俺の悪い癖だ。反省反省。


 でもこれで、心配事は綺麗さっぱり激落ちくんだ。

 何も不安がない状態って、こんなに心が軽かったんだね。

 まるで体中に羽毛が生えたみたいだ。……想像したら気持ち悪いから、やっぱり無難に背中に羽でも生やしておこう。兎にも角にも、俺は今幸せの絶頂にいた。

 ユルルの方をみると、にんまりと笑みを返してくれる。


「よかったですね、ミナトさん」

「ああ! テンション上がってきた! 最っ高の夏休みにしよう!」

「ミナトさんいぇーい!」

「ユルルいぇーい!」


 ユルルとハイタッチを交わす。

 ちなみに意味はない。完全なるノリだけの行為である。


「えーっと、テンションについていけないんだけど、何かあったの?」


 戸惑う佐久さんの手を取り、ブンブンと振る。


「佐久さん! 今年の夏は今年しか味わえないし、精一杯楽しもう!」

「アイノさん、楽しみましょー!」

「う、うん。よくわかんないけど、楽しそうだからいいかな……?」


 俺たちに流され、佐久さんにも笑みがこぼれる。

 夏休み、何しようかな? こんなに楽しみなのは初めてかもしれない!

 色んなところに行って、色んなことを見て、色んなことを思って。

 とにかく色んなことがしたい。ユルルと佐久さんとなら、なんでもしたい。

 ユルルが俺の魂取りに来てくれたことも、今考えればいい思い出だ。

 よぉし……明日からの夏休み、目一杯楽しむぞぉー!

これにて完結です!

お付き合いいただきありがとうございました!

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