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22話 夜の話

 ただいまの時刻は午後十時すぎ。

 俺たちは今、リビングに布団を敷いて横になっている。

 真ん中に俺、左にユルル、右に佐久さん。


 ……うぉぉ。圧を、圧を感じる!

 左右から挟まれているのがビンビンに伝わってくる……!


「なんか、三人並ぶと楽しいですねっ」


 ユルルの方を向くと、ユルルは満面の笑みですでに俺の方を向いていた。

 はぁ~かわいい。

 今までも同じ部屋で寝ていると言っても、場所が離れていたから平気だっただけで。

 隣り合って寝るのはあれだな、思ってるより十倍恥ずかしいしドキドキするな。


 にしても……。ゴロゴロと自分の布団の上で転がる。

 目の前にユルルの顔がある。

 寝返りすると、今度は佐久さんの顔がある。

 ……天国かな?


「あ、ミナトさんが顔赤くなってますよ~」

「ほ、本当だ……」


 ユルルと佐久さんが興味深そうに俺の顔をまじまじと見てくる。

 たしかに赤くはなっているかもしれない。心臓もずっとドキドキしてるし。

 でもそんなこと言われても、これは不可抗力でしょ! この状況で赤面しない男子高校生がいたら連れてきてくれよ。俺がソイツ説教してやんよ。


「寝られる気がしないよ……」

「あはは、あたしもそうかも。やっぱりちょっと恥ずかしいよね」


 恥ずかしいならなんで一緒に寝ようと言い出したんだろうか。

 そんな視線を向けているのに気付いたのか、佐久さんは気まずそうにもじもじと布団の中で動く。


「だって、こういうの、憧れてたんだもん……」


 そして口を尖らせながら、小声で言った。

 聞くと、佐久さんは魔界に家族はいるが放任主義で、一緒に寝たことは一度もないのだという。だから横並びで皆で寝ることに対して、一種憧れのようなものがあったようだ。

 寂しさの裏返しなのだと思うと、少しかわいそうに思えてくる。


「でも、体育祭前日に湊くんを睡眠不足にさせるのは嫌だし、やっぱりあたしは別の部屋で寝ることにするよ」

「いやいや佐久さん。佐久さんのためなら、睡眠不足もなんのそのです」

「え、でも……いいの?」


 無言でブンブンと首を振る。

 良いに決まってる。

 第一、ユルルと隣り合って寝る時点でドキドキしてしまうのは決定事項なのだ。なら佐久さんが増えたところでそこまでの負担にはならない。

 それに佐久さんが寂しがっているなら、俺が少しでも安心させてあげたいと思う。

 ……まあ、理性は二倍必要になってくるわけだけど。

 そこらへんはまあ、想像するだけは一人前なのに手は出せないっていうのが一般的男子高校生だから、俺もなんとか耐えられるはず。


「じゃああの……よ、よろしく……ね?」

「うん、こちらこそ」

「ところでお二人とも」


 そこで、ユルルが俺たちの会話に入ってくる。

 何かと思えばスクッと立ち上がり、亜空間から死神の鎌を取り出してグルグルと振り回した。


「寝られないなら、子守唄歌ってあげましょうか? 冥界に伝わる由緒正しき呪いの歌なんですけど」

「呪いの歌は遠慮したいし、その鎌は何?」

「子守唄で使うんです」

「どんな子守唄だよ……」


 さすがに鎌を使用する呪いの歌で眠りにつくのは勘弁だわ。

 なんというか、永遠の眠りについちゃう気がする。

 冥界ってそういうのの本場っぽいし。

「そうですか……」と少し悲しそうに肩を下げ、鎌をしまうユルル。

 心遣いは素直に嬉しいんだけどね。




「じゃあ、電気暗くするよ」


 カチッとスイッチを押して、天井の電気を暗くする。

 豆電球みたいなやつだけを残すと、途端に部屋は薄暗くなった。

 イマイチ視界の効かない部屋の中をゆっくりと歩き、俺は元のふとんに戻ってくる。

 薄明りだけつけている室内は柔らかな橙色の光に照らされ、モノクロに近い世界だ。

 布団に入ると、なんだか甘い匂いがした。


「なんか、林間学校みたいで楽しいですね。行ったことないですけど」


 この世界に来てから得た知識に照らし合わせてユルルは喜んでいる。


「ねえ、ミナトさんもそう思いません?」

「ふぁい」

「……ふぁい?」


 ユルルが不思議そうな顔を俺に向ける。

 俺は口をあわあわさせながらその視線を迎え入れた。

 やばいあわあわがとまらない。まともに喋れないぞこれ。

 お、おかしいな、さっきまでは普通に喋れてたのに。……暗くなったせいで、現実感が増しちゃったのか? なんにせよ、これは非常にまずい。


「……ミナトさん、緊張してるんですか?」

「ふぉい」

「なるほど、かなりの緊張ですね」


 ユルルがふとんからだした腕を昭和の親父のように組み、ウンウンと頷く。

 たしかに今の俺は色々とヤバい状態だ。

 ピークに達した緊張が俺から言語を奪っていった。

 言葉を話せない人間と化した俺は、もはや意思疎通も満足にとれずあわあわと口を動かすばかりである。


 二人が優しくてよかった。二人以外の人にこんな姿見せたら、多分一発通報警官ドーンの取り調べ直行コースだ。

 ユルル、佐久さん俺を不審者扱いしないでくれてありがとう。

 そうだ、『ありがとう』……これくらいなら、今の俺でも言えるかもしれない。

 感謝の言葉さえ言うことが出来れば、天使のような二人のことだ、大抵の失態は許してくれるだろう。

 言え、言うんだ春風湊! ありがとう、それだけ言えばいいんだ!


「あふぁふぁふぁー」


 駄目でした。

 あふぁふぁふぁーになってしまいました。無念です。


「あたし、やっぱりちょっと離れて寝ようか……?」


 そんな俺の痛いほどの緊張を察してか、佐久さんが提案する。

 駄目だ、佐久さんに遠慮させるような男はもう男じゃないぞ!


「ふぉいふぉいふぉい!」

「え、なんて……?」


 くそっ、気張れ俺!

 ここですんなり提案を受け入れるてしまうようなヘタレだったのか俺は? 違うだろ!

 言え、いい加減ちゃんと日本語を離せ!

 枕元のペットボトルを勢いよく飲み、喉と口と唇の渇きを癒す。

 想像以上に乾いていた口内はまるで砂漠のように水分を吸収した。

 よし、これでいける……喋れる!


「は、離れなくていいよ。俺は緊張してるだけでその……嫌なわけじゃないから。佐久さんはもっと俺に頼ってくれていい。そりゃ、俺は頼りないかもしれないけど……でも、もっと頼れる男になるように頑張るから。だから、離れなくて大丈夫!」

「ふぉい三つにはそんな長い意味が込められていたんですか。凄いですね、ふぉいって」


 ユルルが感心したように言う。

 目の前の佐久さんから、甘い良い匂いがする。


「湊くん、ありがとう。……じゃあ、隣にいるね?」

「ひゃい」


 あ、気を抜くとすぐこうなっちゃいますね。

「新しいのが出ましたね! 図鑑に登録しましょう!」じゃないんだよユルル。そんな図鑑作ってどうするんだよ。どこに需要があるんだよ。

 しかも、今水を飲んだばかりだというのにもう喉がカラカラだ。

 なんだか、甘い匂いがする。くらくらしてくる。


「湊くん、本当に大丈夫……?」

「うぉ」


 心配してくれる佐久さんに答える。もはや返事にもなっていない。

 おかしいな……俺がいくら緊張しいだといっても、さすがに一文字しか喋れなくなるような事態に陥るほどではなかったと思うんだけど。

 いくら絶世の美少女二人に至近距離で挟まれているといっても、これは異常じゃないか?

 せいぜいどもる程度に収まって然るべきなはず。


「熱でもあるのかな」


 ぴたり、と佐久さんが俺の額に手を付けた。

 隣ではユルルもさすがに心配そうに俺を見ている。

 心遣いは嬉しいんだけど、それは悪手だよ佐久さん。

 この身体的接触により、春風湊(十七歳男性)の表面温度は二度ほど上昇したと思うよ。

 だって柔らかいんだもん。

 なんで女の子の手ってこんなに柔らかいの? おかしくない?

 本当に同じ人間ですか佐久さん。……あ、佐久さんは人間じゃないのか。悪魔だもんね。

 じゃあ手が柔らかくても納得だね、あははははー。


 とその時、ユルルが鼻をひくひくと犬のように動かす。


「くんくん、くんくん……なんか、甘い匂いがしますね。良い匂いですけど、なんでしょう」

「……あっ。ご、ごめん湊くん、フェロモンでちゃってたかも……!」


 佐久さんの顔がかぁっと赤くなり、それと同時に俺のドキドキが少し収まる。

 みるみるうちに、頭の中がスッと整理された気がした。

 そして思い出されるのは、数秒前までの自分の痴態。

 ……さっきまでの俺ヤバいな。脳内であはははって笑ってたわ。自分で自分に寒気がするよぞ。怖……。

 どうやらただでさえ酷く緊張していたところに佐久さんの分泌したフェロモンが相乗効果を生み出したことにより、先ほどの俺の痴態に繋がったらしい。


「こういうの初めてで、ちょっと嬉しくなりすぎちゃって……ごめんね湊くんっ」

「だ、だいじょーぶです」


 よしよし、大分喋れるようになったぞ。

 ところで……『フェロモンでちゃってた』って、なんか響きがえっちいよね。


「『フェロモンでちゃってた』って、なんか響きがえっちいよね……って顔してますね、これは」


 ユルル、お前本当は心の中読めるんだろ。

 なんで一言一句違わず分かるんだよ、天才かお前は。



「はぁ、落ち着いた。もう大丈夫」


 再度水を飲むことで、ようやく俺は完璧な平常心を取り戻した。


「そんな落ち込まないでよ佐久さん、大丈夫だから」


 俺から離れた方の布団の端にしゅんと座る佐久さんに声をかける。

 こんなことで罪悪感を覚えてほしくない。


「アイノさん、ミナトさんが大丈夫って言うなら大丈夫ですよ。だってミナトさんは優しいんです。私なんて命奪おうとしたのに許してもらってるんですから」


 たしかにそれと比べたら何だって許せるな。

 よし決めた、命をとられなきゃ全部許すぞ俺は。


「二人とも、本当にありがとう。今後はなるべく抑えるように頑張る……!」


 胸の前に拳を掲げて、よしっと意気込む佐久さん。

 そんなの見せられたら許さない訳にいかなくない? いかなくなくない?

 そういうわけで、少々の波乱もありながらも、体育祭前日の夜は過ぎて行った。

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