18話 河川敷での特訓
「というわけで、河川敷にやってきました!」
「突然どうした?」
何を急に大声を出してるんだ。
ビックリするからやめてくれ、下手すると漏らすところだった。……あ、声をね。声をだよ?
ユルルの言う通り、俺たち三人は放課後を利用して河川敷にやってきていた。
だだっぴろい何もないスペースは、運動するのにもってこいだ。
「じゃあ、まずはどっちからやろうか? 湊くんは魂力と魔力、どっちから教わりたい?」
「んー、まず違いが知りたいな」
俺は魂力と魔力のどちらも保有量が異常に凄いらしいけど、そもそもそれらがなんなのかよく知らない。
それを説明してもらわないことには、どっちかを選ぶなんてのは無理な話だ。
「そりゃそうですよね。じゃあ私から軽く説明しますと、魂力をコントロールできるようになると、身体能力が上がります!」
「へぇ、他には?」
「以上です!」
……あ、以上なの!?
てっきり、もっと魔法みたいな力が使えるようになるもんだとばかり。
「冥界だと色々できなくもないですけど、ここは現世ですからねー。でもミナトさんくらいの魂力があれば、かなり速く走れるようになりますよ」
「なるほど……」
そもそも冥界用の力ってことか。
「じゃあ、次はあたしが魔力について説明するね? 魔力をコントロールできると、身体能力があがって、あと『見えない手』を使うことができるようになるよ」
そう言うと同時に、佐久さんのお腹の辺りからニョキッと半透明な腕が飛び出してくる。
うおっ、なんだこれ!?
「魔力がある人には見えるけど、普通の人には見えないんだ」
どうやらこれが魔力の力による『見えない手』らしい。
ほぇー……なんというか、ファンタジーだな。
いや、それを言ったら死神とかサキュバスとかの時点で充分ファンタジーなんだけどね?
それにしても……佐久さんのお腹から腕が出てるって、ちょっとエロティック。
我ながら守備範囲広いな。新たなフェチを発掘してしまった。
その名も「腹から生えている腕フェチ」。これ以降このフェチを感じられる機会は訪れなさそうだけど。開いたと同時に閉じることを運命づけられた性癖の扉。悲しき定めだね……。
「あ、でもユルルちゃんなら見えるかも? どうかな、見えてる?」
佐久さんは透明な手をグーパーする。
ユルルはそれに頷いた。
「はい、私にも見えますっ。となると、魂力でも魔力でも、どっちでもいいから持っていれば見える感じなんじゃないでしょうか?」
「そうみたいだね。とまあ、魂力についてはそんな感じかなぁ」
というところで、二人の説明が終わったようだ。
「ありがとう、二人とも。……で、思うんだけどさ」
率直にね。極めて率直に言って――
「魂力って、魔力の下位互換じゃね?」
「うわああああ!」
おおお!?
ユルル、いきなり奇声を上げながら肩を揺するな、視界が揺れる!
「ミナトさん、それだけは絶対に言っちゃ駄目でしょうが! 私も説明を聞きながら薄々思ってましたけど! 『あれ? 魔力って凄くないですか?』って思ってましたけど! でもそれを言っちゃあお仕舞でしょう!?」
「ご、ごめん」
凄い剣幕だ。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
本人にも自覚があったことを指摘されてどうしようもなくなってしまったのだろう。
ごめんなユルル、俺が配慮不足だったよ。
説明聞いたら誰でも思うもんな。
あの優しい佐久さんでさえもなんて声をかけていいか分からなそうに立ち尽くしてるし。
ユルル、不憫。
「あ!」
と、ユルルが声を上げる。
「思い出しましたっ!」とはしゃぐユルル。
どうやら魂力には、他にも出来ることがあったようだ。
よかった、不憫な子はいなかったんだね。
さあユルル、教えてくれ! 魂力で出来ることを!
「死神流早着替えの術! 魂力があればあれもできますよ!」
「いや、あれはいいや。ユルル失敗してばかりで全然羨ましくないし」
ごめん、でもいらないよあんな能力。
毎回パンツ見えちゃってるんだもん。
普通に着替えた方が絶対良いよ。
「……」
わああ、声も出さずにつううと涙を流すのやめて!
誰かに見られたら通報されちゃうから! 世知辛い世の中だから!
というわけで、まずは魂力の訓練から行うことに決めた。
「じゃあ、訓練を始めるね?」
「はい、お願いします佐久先生」
「……先生なんて、ちょっと照れるな」
先生、頬を染めないでください。恋に落ちてしまいます。
「はいはい先生! バナナはおやつにはいりますか!」
「何言ってんだユルル」
立ち直ったのは良いけど、先生を困らせないの。
バナナはおやつに入りません。常識ですよ。ねえ先生?
「うーん……バナナはおやつに入りますっ。なんちゃって」
バナナはおやつにはいります。当然でしょうが。
そんなことも知らないのですか、ユルル女生徒よ。
バナナがおやつに入ることがわかったところで、魔力の扱いに関する訓練が始まる。
「えっと、じゃあまず目をつぶって、お腹の辺りに集中してみてくれるかな」
「わかった」
言われた通り、目をつぶる。
お腹の辺りに集中……こんな感じかな?
「ちょっと触るけど、びっくりしないでね?」
触る? ……ひゃんっ!
佐久さんの手らしき感触が、俺の腹部に当たった。
あ、危ない、あとちょっとで声が漏れるところだった……。
ひゃんはまずいよね、どう考えても。もし声に出てたらリカバリー不可能は確実だった。本気で九死に一生だ。
とそこで、俺はある重大な事実に気が付いてしまう。
……あれ、ちょっと待って? これ、この手って体勢的に、後ろから当ててない?
ということはこれ今、すぐ後ろに佐久さんがいるということにならない? ヤバくない? なくなくない?
「あたしの魔力を流すね? お腹の辺り、熱くなってきたら言って?」
しかもこの体勢で魔力を流されるのかよ!
やばいよ、緊張と興奮でお腹が熱いかどうかとかわからな――あ、熱い。
「来た、なんか熱い!」
「うん、じゃあそれを身体全体に行き渡らせてみよう。イメージ的には、血液が近いかなぁ。そんな感じで、やってみて」
「おっけー」
言われた通り、血液をイメージして温かさを全身に広げていく。
十秒もすれば、全身がぽかぽかと温かくなった。
「できたよ、佐久さん」
「じゃあ、その状態でジャンプしてみようか。多分、いつもより飛べると思うよ。あ、もう目は開けていいからね」
目を開けて、ジャンプする。
「おお!?」
普段の二倍くらい跳べてる!
つまり、他の人の平均位は跳んでるよ!
……元が低いって? うるさいやい!
「いきなり成功するなんて、凄いよ湊くん。この調子だと、見えない手もすぐに出せるようになると思う!」
「本当に!?」
あ、喜んだ拍子に顔からなんか出た気がする。
「み、ミナトさん、顔から見えない手、出てます……ぷくくっ……!」
「わ、笑っちゃ駄目だよユルルちゃん……ふひっ……!」
「待って佐久さん、早急にひっこめ方教えて」
この状況恥ずかしすぎるから。
二人とも俺の顔見て笑わないで。俺泣いちゃうよ? いいの?
「引っ込めるには……くひっ、ふ、あはっ……お腹に、魔力を、ふへっ、もど、戻すイメージで……!」
佐久さんが息も絶え絶えになりながら教えてくれる。
お腹に魔力を戻すイメージ!
こうか!?
おお、戻った感じがする!
「ああ、恥ずかしすぎて死ぬかと思った……」
「ナイスボケでしたミナトさん。呼吸困難になるほど笑わせてもらいましたよ!」
別にボケたつもりはないんだけどなぁ……。
そのあと結局魂力のコントロールについてもユルルに学んで、俺はこの日魔力と魂力のコントロールを体得した。まだまだ下手らしいけど、できないよりはマシだろう。
「魔力と魂力のコントロールを覚えたんですから、リレーでもごぼう抜き間違いなしですね! きっと体育祭のヒーローになれますよっ」
自分のことのように嬉しそうに言うユルル。
その隣では、佐久さんも同じように嬉しそうにしている。
そんな二人の笑顔を見て、俺は心にしまっておこうと思っていたことを打ち明けることにした。
「……あのさ、手伝ってもらって今更こんなこと言うのはすごく申し訳ないんだけど。……これはちょっとずるいんじゃないかなって思う。体育祭なんてたかが学校行事の一つかもしれないけど、卑怯なことはしたくないし、正々堂々と勝負したい」
きっと皆、この日は本気で頑張るはずだ。
その中には、体育祭のために何か月も練習を頑張った人だっているはずで。
魔力と魂力はたしかに俺の力かもしれないけど、それを使って勝つのはなんだかズルみたいで、自分で納得できないのだ。
「手伝ってもらったのに、本当にごめんっ!」
「ううん。湊くんのそういうところ、素敵だと思うよ。それに、あたしたちが湊くんの意思を無視して始めちゃった部分もあるし。あたしの方こそごめんね?」
ありがとう佐久さん。救われるよ。
あとはユルルだ。
「わかりました。それはいいことだと思います。なので、私も協力しますよ」
「協力? ……なんの?」
「速く走る事、です」
そう言って、ユルルはニッと笑った。
十分後。
「脚を動かしてくださいミナトさん!」
「む、むりだりょ! ひゃやすぎぃぃぃ……っ!」
俺は腰に紐を括り付けられ、ユルルに超スピードで引っ張られていた。
このスピードに慣れることで、足を速くするという訓練らしい……って、死ぬ……っ!
「湊くん、ユルルちゃん、頑張れ~!」
佐久さんの声が聞こえる。姿は見えないけど。
まるで新幹線に乗っているみたいに景色が通り過ぎちゃうから、人なんてとても見つけられない。
「ほら、アイノさんが見てる前でそんなみっともない姿見せてもいいんですか? 幻滅されちゃいますよ?」
「もっと早くするぞユルル!」
佐久さんの見てる前でみっともない姿見せてもいいかって?
駄目に決まってるだろうが!
「えへへ、それでこそミナトさんです!」
「おう、どんどん行けユルル!」
「じゃあ速度を五倍にしますね!」
「ご、ごばっ、五倍っ!? ……ユルルさん、僭越ながら少し待っていただくことは可能でしょうか――」
「ユルル、いっきまぁすっ!」
わぁ元気。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃっ!」
「ゆ、ユルルちゃん! 湊くんが思いっきり引きずられてるよっ!? ユルルちゃん!?」
「へ? ……み、ミナトさん!? 大丈夫ですか!?」
「ほへ、ほにゃはは、はりょ」
「ご、ごめんなさい、私のせいでミナトさんが地球の言語を忘れてしまいました!」
そんなユルルとの地獄のような特訓の結果、俺の足は格段に速くなった。
このぶんだと本番でも魔力にも魂力にも頼らなくてよさそうだ。
……なんのために力のコントロールの訓練したんだろうね? まぁ、いっか!




