17話 特殊能力
「死神ぱわーで、高校に編入しましょう!」
ほら、また無茶苦茶なこと言いだしやがった。
さすがにユルルと言えど、そんなことができるとは思えないけど……。
「いや、いくらユルルが死神っていっても、そんなことできるのか?」
「はい、死神なので!」
あ、できるんですか。
マジかよ、予想外。死神ってすごいんだな。
地上に死神が押しかけてきたら、あっという間に現世を乗っ取れるんじゃないか?
「死神は書類関係には無類の強さを発揮するんです。なんでかはわかりませんけど……あ、もしかしたら、昔から人間の魂の帳簿とかつけてたからでしょうかね? なーんちゃって、あははっ」
「あ、あはははは……」
これ、笑うとこなの? 物騒極まりなさすぎて笑えないよ?
ちょっとブラックジョークきつ過ぎですよユルルさん。
俺、ちゃんと笑えてるかな……。
そして、翌日の放課後。
俺と佐久さんが帰るところにユルルも合流し、昨日のユルルの編入計画について佐久さんに相談する。
俺には気づかないような問題点を指摘してくれるかもしれないし、もし本当に編入するにしても、佐久さんには前もって言っておいた方がいいからね。
「というわけで、体育祭の日だけ死神ぱわーでミナトさんとアイノさんの高校に編入しようと思ってるんですけど、アイノさんはどう思いますか?」
「うーん……」
あれ、意外と渋ってるな佐久さん。
何か問題でもあるのだろうか。
「ユルルちゃんができるならいいけど、でもさすがに体育祭の日だけっていうのは不自然じゃないかな? クラスの人が不審に思うんじゃない?」
あ、たしかに。
書類の問題は解決しても、それで全部が解決したわけじゃないもんな。
うっかりしてた。
「ユルル、伝え忘れてた。少なくとも日本の学校には、一日だけ編入するってヤツはまずいないんだ。短期留学みたいな形にすればなんとかなるかもしれないけど、それでも数週間はいないとだな。……あっ! それに、一日だけ編入してもクラスメイト知らない人ばっかりで、全然楽しくないんじゃないか!?」
「た、たしかに……!」
なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ……!
体育祭の日に編入してきたやつが、その日の体育祭を楽しめるか? 否!
絶対に心の底からは楽しめない! しかも、クラスメイトもその子を気にして楽しめないじゃないか。
なんてこった、ユルルの作戦は百害あって一利なしだったってわけだ。
「……そうなると、日本には行事の度に編入してくる生徒はいないんですか?」
「なんだお前、行事ごとに一日だけ高校に編入するつもりだったのか?」
「はいっ!」
おお、元気のいい返事だな。
そんな無垢な笑顔で中々パンクなこと考えやがるじゃないか、ユルル。
「あー、でもそうなると、編入って手が使えるのは一度きりってことなんですね。しかも、クラスの人たちにも気を遣わせてしまう……それは嫌ですね。うーん、困ったなぁ……」
「いっそのこと、普通に学校通えばいいんじゃないか?」
そうすれば諸々の問題は解決できる……気がする。
まだ体育祭までは十日以上あるし、準備も始まったばかりだ。
今ならまだギリギリ間に合う。
俺の提案に、ユルルはポン、と手を叩く。
「その手がありました! ミナトさん頭いい!」
「うぇへへ、そうかな!」
「よっ、日本一!」
「そ、そこまでじゃないよ。精々関東一くらいだって」
「謙虚のベールを纏いつつ傲慢な一手を打ってきましたね。さすがですミナトさん!」
いやー、照れるね!
「あ、でも私まだこちらの世界の常識が完璧ではないんですけど、大丈夫でしょうか?」
不意にユルルの顔色が陰る。
ああ、そうか、その問題もあったな。
次々に問題が出てくるなぁ。
それについては……どうしよ?
良い案はすぐにではでてこないな……。
「ふふふ……」
「さ、佐久さん? どうしたの?」
考え込んでいると、佐久さんが突如笑い始めた。
普段と違う、どこか芝居がかった笑い方だ。
妖しく笑うその姿も可愛いけど、それ以上に心配になる。
と、そんな俺の心配をよそに、佐久さんは豊かな胸を張り上げた。
「ユルルちゃん、そういうことならあたしに任せて! 悪魔は人の記憶を操作できるから!」
「えっ!? ほ、本当ですかアイノさん!」
「佐久さん、そんなことできるの!?」
人の記憶を操作って……めちゃめちゃチートじゃね!?
なんだそれ、超うらやま……けしからんぞ!
悪魔になりたい! あ、いけね、つい本音が。
「まあ、自分についての記憶だけは操れないっていう使い勝手の悪い能力なんだけどね。自分についても使えればこんなに引っ越さなくても済んだんだけど……あ、でもそれだと、二人とも会えないのか。じゃあ、自分に使えなくてよかったかも?」
そんな風に笑いながら、佐久さんは俺を見る。
真ん丸な青い瞳が俺を射抜いた。
? なんですか佐久さん。
……ハッ! もしかして、愛の告白ですか!?
「まあともかく、あたしより魔力が低い人にしか使えないけど、人間相手だったらまず成功するよ。……つまり、湊くんは例外なわけだけど」
そんなわけはありませんよね、わかってました。
でもそうか、俺には佐久さんの記憶操作は効かないんだな。
「だから、もし誰かがユルルちゃんに違和感を持つようなことがあったら、あたしに任せてっ。良い感じの記憶にすり替えておくから!」
「おぉっ、ありがとうございますアイノさん!」
それをきっかけに、あーでもないこーでもないと盛り上がり始める二人。
なんか、可愛い顔してすごく恐ろしいことを話しあってる気がするんだけど……。
「そういう時は記憶を操作して……」とか「あの書類を書き換えれば……」とか、聞こえてくる言葉がもれなく物騒。
いや、傍から見れば、話が盛り上がって笑顔を振りまく美少女二人の眼福な光景なのは間違いないんだけどね? ……世の中の女子高生って、実は皆こんな会話してるのかなぁ。
「それにしても、魔力も魂力も高いって、ミナトさんは一体どうなってるんですか?」
全国の女子高生の会話に想像を膨らませていると、ユルルが話を振ってきた。
「いや、俺にもよくわかんない。実感も特にないしね」
「ああ、ミナトさん運動音痴ですもんね」
「……ぐすっ。ずびっ」
そうですよ、側転も出来ませんよ俺は!
どうせ体育の成績は万年1か2ですよ!
「わっ、私が悪かったから拗ねないでください~っ」
「拗ねてないよ! ちょっといじけただけだよ!」
「え、それを拗ねたっていうんじゃ……?」
ぐあああ! 何という正論。
その通りですユルルさん。返す言葉もありません。
「というか俺、男女別リレーの順番決めでアンカーの前になっちゃったんだよね……」
男女別リレーはダンスと双璧をなす、体育祭の花形行事だ。
この二つの出来で順位が決まると言ってもいい。
そんな重要な競技で、実は俺はアンカーの前という大役を務めることになってしまっていた。
今日くじ引いたときは嘘かと思ったよね。
運動神経もなければ運もないってね! アハハ!
……アハハじゃないんだよ!
誰だ今笑ったやつ! 俺か! くそぅっ!
「ならさ」
ずい、と佐久さんの顔が目の前に迫る。
うわ、良い匂いがする。フェロモンの匂いとわかっていても、やっぱりクラクラ来てしまう。
というか、フェロモンってわかってからの方がクラクラ来てる気もするけど。ほら、響きがえっちだからね。しょうがないね。
で、佐久さんはわたくしめに何用でしょうか。
「宝の持ち腐れだし、訓練してみよっか。魔力の訓練ならあたし、できるよ? コントロールできるようになれば、運動神経もちょっとは向上すると思うんだけど、どうかな?」
訓練……?
訓練って、ちょっとワクワクする響きだなぁ。
しかもそれがクラスのアイドルに言われた言葉なら、なおさらだよね。
うーん、でもちょっと迷うなぁ。やっぱりキツそうだし。
フェロモンに比べると、響きも弱いし……。
「あ、じゃあ魂力の方は私がやりますよ! ミナトさんっ! 私とアイノさんがついてますから、頑張りましょー!」
……あれ、もうやるのは決定してる感じ?
いつの間にこうなった?
ちょっと待った、と言いかけたところで、目があった佐久さんが胸の前で拳を握る。
「あたしとユルルちゃんが精一杯サポートするから、一緒に頑張ろうねっ」
「頑張りますっっっ! 全力でっっっ!」
ああ、言っちゃったよ! 俺の馬鹿っ!




