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30 粘液の迷宮1F-2

 



 ――『私の職業は【賢者】。見ての通りの後衛魔術師職で、技能は魔術系しか持ってないわ。その分、後ろからの火力には期待してもらっていいけど』


 それが、レイナさんが俺たちに語った自身の能力情報であった。実に端的でわかりやすい。


 彼女の職業である【賢者】は、魔術師系の中でも特に魔術の行使に特化している。

 その分だけ、肉体性能などの面では他の魔術師職にも劣るらしい……が、特化した魔術能力と状況が噛み合ったとき、どれ程の戦果を挙げられるかは先の戦闘の結果が示すとおりだ。


 加えて、レイナさんはまだ固有技能も隠し持っているようだ。こちらはクロからの話だが。


 いやはや、純粋に後衛としては非常に頼りになる人である。

 そう言えば、よくあるゲームの中での【賢者】とは、攻撃魔法と回復魔法の両方を扱える存在として表現されることが多いが、彼女の場合はどうなのだろうか。

 

 聞いてみたいが、素直に答えてくれるかな……一度、折を見て試してみるか。





「――っだー! 早いところこんなダンジョン攻略しちまって、次行こうぜ次!」


「全くもって同感です。早く先に進みましょう」


 戦闘後、魔術の余波ですっかりと荒れ果ててしまった草原の跡地で、ゴウキさんとカエデは憤慨するように口を開いた。

 どちらも今の戦闘では、ストレスが溜まっただろうからなぁ。活躍するどころか、良いように翻弄されてしまったように感じているのだろうか。


 実際は、時間がかかっていたとは言え魔物は倒せているし、怪我一つ負っていないから完勝と表現してもいいと思うんだけど。

 それでも二人の戦果が霞んでしまうのは、一人で圧倒的な数のスライムを屠ってしまったレイナさんがいるからだろう。


 俺が視線を少し離れた場所に向けると、そこでは眉を潜めながら比較的被害の少ない地面に腰を下ろし、黙々とチョコレート菓子を頬張っている彼女の姿があった。

 菓子については個人でデバイスに入れて持ち運んでいたのだろうが、美味しいん……だよな? 食べるペース早いし。


 なんだか初見時は不機嫌そうに見えた彼女の顔だが、今ではそれが素の表情なのでは……と疑い始めている。

 と言うか、出来ればそうであって欲しい。


 まあ、それは置いておいてだ。


 魔術は精神力を原料として発動させるが、それは明確な数値として表示される訳ではない。体力や生命力などと同じ扱いだ。

 誰だって、自分が『これだけの怪我を負えば死ぬ』と正確に把握していることはないだろう。


 精神力の場合は、使いすぎても死ぬ訳ではない。

 しかし、一定以上減ると頭痛や目眩、それから思考能力の低下などの弊害が起こる。ようは頭の使いすぎってヤツだ。


 それを緩和するには時間を開けて自然回復を待つか、専用の回復薬などのアイテムの使用。

 最後に、甘いものを口にすることでも、若干の精神力を取り戻せるらしい。話で聞いた限りでは、だが。


 だって俺、今まで精神力不足になったことないし。魔術なんて召喚術しか使えないし。体感のしようがない。


 うーん。甘味で精神力が回復とか、わからなくはないんだけどな。疲れた頭には糖分の摂取が効率的だし。


 俺がレイナさんを見つめていると、彼女もこちらの視線に気がついたのだろう。

 しばらくジッと見つめあう俺たちだが、その時間はレイナさんの方が顔を逸らしたことで終わりを告げる。


「……食べたいの? 一つあげようか?」


「え……あ、はい。それじゃあ、いただきます」


 いや、何故か菓子を貰えた。訳がわからないよ。


 もしかして、俺がチョコレート欲しさに彼女を眺めていたと勘違いされたのだろうか。ふっ、甘く見られたものだ。お菓子だけに。

 そんなの、少ししか考えてなかったに決まってるじゃないか。


 ……ごめんなさい。見栄を張りました。


 とにかく。

 やはり気難しい顔をしているレイナさんから菓子を手渡された俺は、丁度よい機会だったのでそのまま彼女に話しかけることにした。


「しかし、さっきの戦闘は凄かったですね。いつもあのような戦いを?」


「……今回は少し数が多かったけど、大体はそうね。でも、貴方たちにも目標が分散してたから、まだ楽な方だったわ」


「レイナっちの戦いは派手な魔術戦になるッスからね! 僕も動画も撮りがいがあるッス!」


「うぉ!?」


 俺の質問に、少しばかり間を開けて答えてくれたレイナさん。

 するとそこで、何処からともなくクロが現れて会話に参加してきた。


 おいちょっと待て! お前本気でどこから出てきた!?


 突然、ひょっこりとレイナさんの背後から姿を見せた彼女に、俺は思わず驚愕の声をあげる。

 戦闘開始時から居場所を把握できていなかったが、改めて考えても驚異的な影の薄さだ。


「お前……今まで何処に行ってたんだよ」


「隠れてたついでに周囲を探ってきたんッスよ。どうやらこの辺りには、もう雑魚スライムはいないみたいッスけど。あ、あと僕にもそれ下さいッス」


 拓けた場所で戦ってたッスから、周囲の魔物を全部引き寄せてたみたいッスね……と。

 躊躇いなくレイナさんに菓子を要求しながら、クロは何でもないようにそう語った。


 なんと言えばいいのか……本当に尖った性能だな、コイツの職業は。


 斥候としては超優秀、ただし戦闘では足手まとい。

 そんなクロに、俺はため息を吐きながら問いかける。


「それじゃあ、ボスの居場所まで、もうそんなに時間はかからないのか?」


 今は戦後の小休憩中だが、カエデとゴウキさんは既にヤル気に満ち溢れている。もっと言えば殺気だっている。

 俺とヒスイも問題ないし、あとはレイナさんの回復待ちだったのだが……。


「そうッスねぇ……まあ、僕が最後に確認した場所から動いていなければ、ここから五分ってところッス」


「動いて?」


 クロの口から飛び出た意外な言葉に、俺は首を傾げた。

 その疑問に答えたのは、彼女にも菓子を渡していたレイナさんである。


「このダンジョンのボスは特定の場所に留まるんじゃなくて、時間と共に一定区画内を移動する性質があるのよ。私も見つけるまでに苦労したわ」


「へぇ……そうなんですか」


 《小鬼の迷宮》ではゴブリンファイター……と言うより、正確にはボス部屋の位置は常に変わらなかったので、てっきりどのダンジョンのボスも常に固定の場所にいると考えていたのだが、どうやら違うみたいだった。

 そのような先入観を捨てて考えると、確かにこのような拓けたダンジョンであれば、ボスが移動していてもおかしくはない。


 俺が納得しつつ頷くと、レイナさんは菓子のゴミを片付けながら、ローブの裾を払って立ち上がる。


「それじゃあ、ボスが移動しないうちに倒しにいきましょうか。他の二人にも声をかけてくれる?」


「あれ、良いんですか? もう少しなら休憩してもらっても構いませんけど」


 彼女のその言葉に、俺は敢えて否定的な態度をとる。


 まず間違いなく、先程の戦闘にもっとも貢献したのはレイナさんだ。

 同時に、もっとも疲労しているのも彼女だろう。


 《小鬼の迷宮》第一階層での経験からすれば、ボスはその階層の雑魚敵の特徴を受け継いだ魔物のはず。

 そう、あの物理職殺しのスライムの特性をだ。


 だとすれば、攻略の鍵となるのは魔術技能持ちのレイナさんとヒスイになる。

 俺は魔術師職だけど、普通の魔術は使えないからな……戦力外通告だ。


 ここで彼女に無理をされて、後々倒れられでもしてはかなわない。休める時に休むのが鉄板だ。

 カエデとゴウキさんも、この辺りには理解を示してくれるだろう。幾らこのダンジョンが気に入らないとしても、パーティーの仲間が無茶をすることまで二人も望まないはずだから。


 ……恐らく、多分、きっと、メイビー。あの凄まじい殺気の前では確実と言えないのが辛い。俺も近づくと少し鳥肌が立つし。


 まあ、どちらにしても『命を大切に』。《冒険者》への作戦はこれ一択だ。


 けれども、そんな俺の問いに、レイナさんは初めてクスリと小さくではあるが、笑みを見せながら首を振る。


「心配は無用よ。時間も押してるし……それに、どうせすぐ終わるから」


「おやや? これは……期待してもいいッスよ、ソーマっち! 多分、次のボス戦はさっきよりもずっと派手になるッス!」


 その言葉から何かを察したのか、クロは瞳を輝かせながら俺の脇腹を肘で突いてくる。

 それに疑問符を浮かべた俺に、レイナさんは自信ありげな微笑を作るのだった。



 

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