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29 粘液の迷宮1F-1

 



 その後、全員が自身の話せる範囲で職業や技能などの情報を共有した俺たちは、早速パーティーを組んで《粘液の迷宮》第一階層へと訪れていた。


 このダンジョンには初めて入るが、地下遺跡風のダンジョンであった《小鬼の迷宮》とはまるで様相が違っている。


 俺の眼前に広がるのは、脛の中ほどまでの高さの植物が生い茂る一面の草原。頭上には現実世界と変わらない青い空と太陽らしきものが浮かび、燦々(さんさん)と俺たちを照らし出している。

 ひゅう……と吹き抜けた風は瑞々しい草花の香りを運び、思わず俺はダンジョンではなく、どこか別の場所に飛ばされたのかと錯覚したくらいだ。


 実際に潜ったことはなくとも、クロが投稿していた動画で《小鬼の迷宮》以外のダンジョンも何度か見たことはあったが……まさかここまでのモノとは。

 幾ら異空間とは言え、仕組みに疑問を抱かずにはいられないな。端とかはどうなってるんだろう。


 その思いは俺以外のカエデやゴウキさんも同様だったらしく、二人は揃って目を(しばたた)かせていた。


 唯一、クロを除いてレイナさんだけは驚いていなかったが、彼女はこのダンジョンを(メイン)に活動していると先程の情報共有の場で言っていたので、そのせいもあるのだろう。


 強いてダンジョンを形式で分けるとするなら、ここは開放(フィールド)型とでも名付けるべきか?

 すると《小鬼の迷宮》は閉鎖(クローズ)型? いや、迷路(ラビリンス)型かな?


「さーて、全員いるッスね? 早速ボスの場所まで案内するッスよ! でも、道中はガッチリ僕を守って欲しいッス!」


 ――と、俺がどうでもいいことに思考を割いているうちに、クロが全員の注目を集めるように声をあげた。

 パーティーを組んで入ったので、念のためだろうが、ちゃんと五人が揃っていることを確認する。


 何だか彼女の言い方だと、この光景も相まって学校行事の遠足みたいな気分になるな。

 引率者がクロとか、ある意味では悪夢でしかないが。


「まあ、とりあえずは恒例の――【召喚(サモン)・《魔梟(マギオウル)》】」


 俺は召喚術を発動させ、護衛代わりのヒスイを呼び出す。

 クロードでないのは、壁や通路のないこのダンジョンの特性上、ヒスイなら上空から広範囲に渡って索敵してくれるだろうと期待したからだ。


 召喚獣には時間制限がある上、今回はボス三体を順番に攻略していく計画だ。できる限り、召喚時間は節約しなければならない。

 クロードには悪いが、出番は後半になってからだな。


 もう一つ、ヒスイを選んだ理由がないこともないのだけど……そちらはまだ話に聞いただけで、実際に確かめた訳ではないので判断は保留である。


「おっ、出たッスね! ソーマっち十八番の召喚術!」


「ほぉ、これがねぇ」


「…………ふーん」


 普段の狭苦しい閉鎖空間ではなく、偽物とはいえ大空の下を飛び回れるからだろうか。

 心なしか、いつもより伸び伸びとしているように見えるヒスイに気づいたクロは、早くも何処からか取り出したカメラで撮影を開始していた。


 それに釣られるよう視線を向けたゴウキさんは、珍しいものを見たような声色で呟きながら顎を撫でている。


 レイナさんも言葉の上では興味なさそうな振りをしていたが、その目はピッタリとヒスイを追いかけていた。

 やはり同じ魔術師職として、召喚術という異端の魔術は気になるのだろうか。


 興味があるならあるで、言ってくれたら幾らでも触らせてあげるのに。

 まあ、本当のところはどうか知らないけどね。


 それよりも。


「おいクロ。撮るなとは言わないけど、ちゃんとボスまで案内してくれよ」


「大丈夫ッスよー。さっき場所をマップで確認したら、目的の場所のすぐ近くに出れてたッスから」


「……本当かぁ?」


 いまいち信用しきれないクロの返答に、思わず俺は訝しげな声を漏らす。

 するとその話を聞いていたレイナさんが、横から自身のデバイスを操作しながら会話に加わってきた。


「一応、彼女の言ってることは本当みたいね。歩いて十分くらいかしら」


「あ、そうなんですか。わざわざありがとうございます」


「……別に」


 ああ、そうか。確か、レイナさんはこのダンジョンのボスを倒して第二階層に進出したのだったか。


 彼女の方から話し掛けられたことに、ちょっと意外な思いを味わいつつ礼を告げると、レイナさんは何でもなさそうな調子でプイっと顔を背けた。

 うーん、悪い人じゃなさそうなんだけどな……どうにも適切な距離感が掴みづらい。


 いや、ここは素直にボスの居場所を知れたことを喜ぶべきか。


「ボスの場所が割れてるんだろ? なら、さっさと倒しちまって次のダンジョンに行こうぜ」


「同感ですね。時間が勿体ないですし、クロさんはどうしようもないので置いていきましょうか」


「ちょ、待つッスよ! 本命は僕なんッスから、置いてかないで欲しいッス!」


 すると、中々進まない事態に待ちきれなくなったのだろう。話を聞いていたゴウキさんとカエデも会話に入ってくる。

 それにようやく慌て始めたクロに、他の四人全員がジト目を送ってから、俺たちは隊列を組んで移動を開始した。


 まったく。趣味に熱中するのは構わないが、俺たちのことを忘れないで欲しい。

 ダンジョンに潜る前、あれだけ気が利いたクロは何処に行ってしまったんだか。






 考えてみれば当然だったのだが、ここがダンジョンである以上、その階層に生息するのがボスだけの訳がない。

 この広々としたフィールドに散らばるよう、数多くの魔物が一体で、あるいは複数体で固まって活動している。


 つまり、何が言いたいかと言うと……数分後、俺たちは《小鬼の迷宮》における雑魚敵(ゴブリン)相当の魔物の群れに遭遇していた。

 ちなみに、クロは戦闘に突入した瞬間に【隠密】の技能を使用して隠れてしまっている。


 今までは話に聞くだけで、使っている場面は初めて見たのだが、あれはマジでズルいな。反則的な影の薄さだ。

 思い起こすのは、視線は外さなかったはずなのに、パッっと瞬時に目の前から消えてしまったクロ。以来、味方である俺たちも魔物も、誰も彼女の位置を特定できていなかった。


 ステルス性能スゲェ! と俺が内心で叫んだのも仕方のないことだろう。


 ……と、今はそんなことを思い出している状況じゃないな。


「――っち、しゃらくせぇ!」


 やや苛立ちを込めた叫び声と共に、ゴウキさんがその拳を突きだす。

 その拳撃の衝撃を正面から余すところなく受けた魔物は、空中でべチャリと音を立てて弾け飛んだ。


「ちっくしょう! 弱いし倒せねぇことはないが、俺にはくっそメンドイダンジョンだなぁ、ここは!」


 恐らくは撃破したはず(・・)の魔物の残骸を油断なく警戒しながら、彼は心底うんざりした口調で額に浮かんだ汗を拭う。

 確かに、打撃中心のゴウキさんにとって、ここの魔物は天敵。いわゆる鬼門に当たるだろう。


 彼の職業――【格闘家】は、剣や槍などの武器を一切装備できない代わりに、身体能力ではトップクラスの性能を誇るらしいのだが……相性って本当に重要だと思わせる光景だ。


 名は体を表すというか、この《粘液の迷宮(ダンジョン)》に出現するのは、いわゆるスライムと呼ばれる魔物である。


 大きさは以前の動画で見た通り、若干の個体差はあれど大体直径五十センチほど。

 透き通った弾力のある半液体状のボディを持ち、内部にはピンポン玉程度の球体が浮かんでいる。

 色は今までに赤、青、緑、黄、白、黒の六色を確認できた。


 主要な攻撃手段は身体を伸縮させての体当たりに、顔を狙って張り付くことによる窒息。

 ただし動きはそれほど速くないので、落ち着いていれば対処は簡単だ。


 もっとも、コイツの一番厄介なところは、物理攻撃が通りにくい(・・・・・・・・・・)という点なのだが。


 お陰さまで、カエデとゴウキさんの物理戦士職組は、大層フラストレーションを溜め込んでしまっている。


「この魔物っ……刃が通りにくいです!」


「殴り付けても分厚いゴムみたいな手応えだな! 何度もやってると腕が疲れちまう」


 もはや斬ると言うより、腹で叩き潰すよう大剣を振るカエデ。その顔にはありありと苛立ちが浮かんでいた。

 ゴウキさんも似たような様子で、最初の頃の快活な口調はとうに鳴りを潜めている。


 俺も先程、近くに寄ってきた一匹を杖で殴ったのだが……あれは酷い。全力を込めていたのに、一メートルも飛んでいかなかった。

 感覚的には、砂を詰めたサンドバッグを相手にしているというか、叩いているはずなのにそうとは思えない手応えなのである。


 一応、一定以上の衝撃を与えるか、内部の球体――恐らく(コア)を破壊すれば物理だけでも倒せるのだが、それがとにかく大変だ。

 まさしく物理職殺し。これを相手にするには、とにかくぶっ叩きまくるか、核を正確に貫く技術と武器が必要だろう。


 ……しかし。


 一方で、そんなスライムを苦にせず、まるで草の根を刈り取るよう一方的に駆逐する一人と一匹の姿があった。

 レイナさんとヒスイである……いや、レイナさんである。


「――【炎よ・穿て】、【水よ・弾けろ】」


 彼女の口から紡がれる呪文の詠唱の数々。

 それはその時々によって様々な魔術となり、周囲を取り囲む魔物たちを次々と沈めている。


 弾丸の様に撃ち出された炎が、間欠泉の如く吹き出した水が、刃の形で放たれた風が、的確にスライムたちを捉えていく。

 その度に意図も容易く散っていく魔物の姿には、もう乾いた笑いすら出てこない。


 個体によって魔術を変えている点を鑑みるに、色の違いによって弱点となる属性もあるのだろうが……それを加味したって一方的すぎる。

 ヒスイも風の魔術で頑張ってはくれているが、効率面では比べ物にすらなっていなかった。


 後衛、魔術師系職業の一つ――【賢者】。

 俺の【召喚士】とは違い、正統なる系譜に連なる魔術師が扱う魔術は、その後も途切れることなく、スライムたちを殲滅するまで続いていった。



 

 

 このダンジョンは物理職にとって鬼門でした。

 逆に魔術師職にとっては、動きが鈍いし初級魔術一発で沈むしと、美味しい狩り場なんですけどね。


 ……え、主人公? アイツは半ば物理職でしょう?

 

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