28 顔合わせ
「――あら? 私が一番かと思ったのですが、先を越されてしまっていたようですね。待たせてしまいましたか?」
「やっ、カエデ。俺もクロもさっき来たところだから大丈夫だぞ」
まず最初に一つ目の転移門から顔を見せたのは、学校で別れたばかりのカエデであった。
革の軽い胸当てに、巨大な大剣を背負った立ち姿。もはや見慣れてしまった茜色の髪を揺らし、彼女は首を傾げながら尋ねてくる。
それに気にする必要はないと答えながら、俺は次に転移を終えた《冒険者》へと視線を送った。
まず目を引くのは、後頭部で一括りにまとめられた、輝く黄金の稲穂を思わせる豊かな髪。
蒼穹を連想する透き通ったつり目がちの瞳からは勝ち気な印象を受けるが、顔立ちは思わずハッと目が覚めてしまいそうなほどに整っていた。
カエデも歳にしては大人びた雰囲気を醸し出しているが、これは相手が悪いと言わざるを得ない。現実では女優をしていると言われても信じてしまいそうだ。
もちろん、美人度と言うか、美少女度で言えばカエデも負けてはいないのだが。方向性の違いである。
年齢はちょうど二十歳くらい。女性にしては結構な長身で、俺と同等ほど。平均よりも頭半分は高いだろう。
身に付けていたのはシンプルなシャツと膝丈までのスカート。それから俺と同じようなデザインのローブ。
魔術師職なのだろう。手にしているのは木製の杖ではあるが、俺のものと違って先端部に透明な水晶が填まっていた。
もしかしなくとも、初級魔術師の杖の上位装備なのだろうか。
うーん、ゴブリンを殴り辛そうな形状だな……って、いや。なぜそう考えた俺よ。
魔術師は後衛職、前線では戦わない。でもゴブリンは駆除はする。オーケー?
「…………ふん」
そんな風に俺が内心で湧き上がってきた殺意と戦っていると、何故か早速、俺の姿をジロジロと観察していた彼女は不機嫌そうに小さく鼻を鳴らした。
あれ、俺ってまだ何もしてないよね? もう嫌われたの?
そうと決まった訳ではないが、初対面でこの対応は軽くショックだ。
「お? おおー? なんだなんだ、俺以外は皆若い子じゃねぇか。オジチャン仲間外れみたいでツレーぜ」
と、その間にも最後の一名の転移が終わっていたらしい。
気を取り直してそちらに俺が顔を向けると、そこにはガタイの良い大男が額に手を当てながら立っていた。
髪の色は燃えるような赤で、瞳はギラギラと輝く琥珀色。
野性味を感じさせる顔つきではあるが、同時に何処か安心感も覚えてしまうのは、今もコロコロと変わっている多彩な表情のお陰だろう。
装備はピッタリと張り付き、身体の線を引き締めるような黒の上衣と、逆にゆったりとした余裕を持たせた厚手の白の下衣。
ざっと見た限りでは、武器の類は持っていないようだ。
今はまだデバイスに収納しているのか、それとも最初から使わないのか……。
ただし、その代わりという訳でもなかろうが、両腕と両足にはそれぞれ揃いの手甲と脚甲を着けている。
鈍い光を放つ金属製のそれは、明らかに防具としてではなく、拳打や蹴りを補助する形状だった。特に足の方はトゲとかついてるし。
「おー、レイナっちにゴウキっち! それからカエデっちも、よく来てくれたッス! これだけの人数が集まれば、ボスなんて楽勝ッスね!」
俺が二人の簡単な考察を終えると同時に、背後に控えていたクロが三人の前へと飛び出していく。
その口ぶりからすると、どうやら今回のボス攻略ツアーはこの五人で行うようだ。
確かにクロは除くとしても、この場には第二階層進出者が四名も揃っていることになる。戦力としては十分すぎるだろう。
「ははは、まあ折角頼ってくれたんだ。オジチャンの力ってやつを見せてやるよ」
「……別に、私は楽してボスが倒せるって聞いて来ただけだし」
クロからの歓迎の言葉に、恐らくはゴウキと言う名前なのだろう、赤髪の大男は余裕のある笑みを浮かべる。
オジチャンなどと本人は口にしているが、実際のところはどう多く見積もっても二十代後半にしか見えない。
この中では一番の年長者だし、多分社会人と言うことで最初こそ若干の驚きもあったが、その気さくな態度と言い、いい意味で親しみを覚える人物である。
対してレイナと呼ばれた女性の方は、相変わらず不機嫌そうな様子で眉を潜めている。
もしかしなくとも、気難しい性格なのだろうか。
「私も強敵と戦えると聞いて来たので……期待してますよ、クロさん。もっとも、それが裏切られた際には……ふふっ」
「あれぇ!? もしかしなくともカエデっちを呼んだのは失敗だったッスか!? 万が一の時には助けてほしいッスよ、ソーマっち!」
「ぁ……!」
一方、そんなカエデの冗談混じりの微笑みに、涙目になって俺の腕にしがみついてくるクロ。
あ、微かだけど柔らかい感触が腕に当たって……役得である。
――じゃない。
おいこら何を考えている俺。カエデも驚いたような目で見てきてるだろ。女性の前で鼻の下を伸ばすとかないから。
煩悩退散煩悩退散、色欲よ消え去れっ。
ひとまず、抱きついてきた彼女をどうにか……って、いや。コイツ悪乗りしてるな。口元が笑ってやがる。
「おいクロ、いい加減に離れろ」
「にゃふー、ソーマっちも冷たかったッスー」
そうとわかると何だか呆れて頭が冷えたので、なにやらほざいているクロを無理やり引き剥がす。
それにしても、意識的か無意識的かは判断つかないが、クロは人の仲を取り持つのが上手い。さりげなく全員の名前を、それぞれに伝えるよう口にしている。
これまでの茶番も合わせれば、すでに場の雰囲気も随分と軟化していた。
どうせなので、それに乗っかる形で俺も一歩前に出て口を開く。
「お二人には始めまして、ですよね? ソーマと言います。今日はよろしくお願いしますね」
「おう、よろしくな。ゴウキっつーモンだ。俺はクロ助の動画を見たクチだからな。お前さんと、そこの嬢ちゃんのことは多少知ってるぜ」
「……レイナよ。私も動画には目を通してたから、貴方達のことは知ってるわ」
おやまあ、それはそれは。
クロの動画の影響力って、俺が考えていた以上に高いのかも?
俺が自己紹介混じりの挨拶を告げると、ゴウキさんは豪快な笑みと共に親指を立てて挨拶し返してくる。
明朗な語調と合わさって、これまた親近感を覚える態度だ。根が明るくて陽気な人なのだろう。
逆にレイナさんとは、やはり顔を会わせてはもらえなかった。
が、返事はしてくれたので、少なくとも言葉も交わしたくないほど嫌われている訳ではなさそうだ。
初対面の相手に一方的に自身のことを知られていると言うのは、座りが悪いような奇妙な感覚ではある。
まあ、手っ取り早く話が進められるので、今はその立場を利用させてもらうが。
「そうですか……ならば話は早いですね。実はこの場でボス戦前にある程度、お互いの職業や技能情報を共有しておきたかったのですが……ああ、もちろん強制ではありませんよ。あくまで話せる範囲でです」
そんな俺の提案に、おや……っと、ゴウキさんは片眉を持ち上げる。レイナさんの方は露骨に顔をしかめていた。
「そりゃまあ、俺は構わんが。随分と心配性だな。今日一日だけの臨時パーティーだぜ? 嫌がる奴もいるんじゃないか?」
「あまり必要性がないと思うけど。装備を見れば、お互いの戦闘スタイルは大体理解できるでしょう? 四人も《冒険者》がいれば、一階層のボスならただの雑魚と大差ないわよ」
「ちょっとちょっと、レイナっち! 異議ありッスよ! 僕を忘れてるッス!」
面倒臭そうな口調で告げるレイナさんの発言に、これまで控えていたクロが不満げな声をあげる……が、お前はもう少し口をつぐんでてくれないかな?
腕を組んで眉間にしわを寄せている彼女に、俺はできるだけ刺激を与えないよう、落ち着いた声色で理由を説明する。
「戦う前に、できることはしておきたいんですよ。前にそれで痛い目に遭ったので」
そう……できる限りのことはしておきたい。これが俺の本音だ。
思えばパーティーの仲間の戦力なんて、事前に確認するのが当たり前のことなんだよな。
幾ら余裕があり、当時は距離感がつかめていなかった先輩相手だったとはいえ、以前はそれすらも怠っていたとか。
本当、あの頃の俺は救えない大馬鹿だ。派手に転んで大怪我を負ったのも無理はない。
カエデの方をコッソリと盗み見ると、彼女も少しばかり苦々しい表情を浮かべていた。
彼女の場合は俺と同じく認識の甘さもあったのだろうけど、【狂剣士】や【狂化】などと言う、あまり人に知られたくない職業や技能を持っていたことも関係していたのではないか。
字面からは、明らかにマイナス方面のイメージしか湧かないし。初めてパーティーを組む人に伝えるには、やや勇気のいることには違いない。
本来なら、それも含めて俺の方から歩み寄らなければいけなかったんだろうけどな。
今から過去に飛んで、昔の俺を殴りつけることが出来ないものか……そんなことを真剣に考えていると、そこから何かを感じ取ったのか。レイナさんはチラリと俺の顔を流し見る。
「……ふーん。なら、別に良いんじゃない。好きにすれば」
説得が功を奏したのか、つまらなそうに自身の長い髪を弄り始めた彼女は、再び俺から視線を外しつつそう答えた。
最初の態度には面食らったが、レイナさんも協調性が皆無というわけでは無さそうだ。
「まっ、そう言うことなら俺も是非はねぇな。元々、そこまで気にする性格じゃねぇ」
「私はソーマさんがそう判断するなら従いますよ」
加えてレイナさんの発言に続き、ゴウキさんとカエデからも許可が取れる。
良かった……最悪、険悪な雰囲気になることも覚悟してたからな。
自身の情報が漏れることを嫌う人って、トコトンそういった点には敏感になると思うし。
しかし、俺が内心でホッと息を吐いていると、どういうことか今度はクロが不満そうな声をあげた。
「くぅーっ! なんッスかこの空気! 僕だけ超仲間外れみたいじゃないッスか! 待遇の改善を要求するッス!」
「え……そう、か?」
子供のように頬を膨らませ、自身の存在を強調しようと手を振り回す彼女に、俺は若干戸惑いながら答えを返す。
てか、無駄によく似合うな、その仕草。ちょっと微笑ましく思ってしまったのは内緒だ。
すると、そのようなクロに対し、カエデがまるで玩具を見つけた猫のように、イタズラっぽい笑みを浮かべたのが視界の隅に映る。
あれ……おかしいな。その笑顔を見ていると、背筋が震えてきそうになるんだが。
「『みたい』ではなくて、実際に仲間外れなのでは?」
「確かに、戦闘に参加しないクロ助の能力を教えてもらってもな……ぶっちゃけ意味ないぜ」
「仕方ないでしょう? だって彼女、影を薄くするのだけが取り柄なんだから」
「僕の影は薄くないッスよ! 皆して冷たいッス! 鬼ッス!」
カエデからに続き、ゴウキさんやレイナさんからも流れるように地味に酷い発言を食らったクロは、膝をつきながらベシベシと床を叩く。
その姿は、いっそ憐れみを誘う程だったのだが……何故だろう、助けようとかいう気は一切湧き上がらない。
その境遇といい、同情するに充分な要素はそなえているはずなんだがなぁ……不思議だ。
あと、不思議と言えば、カエデも他の人に対するよりクロへの当たりが強く思えるのだが。
なにか女性同士で感じ合うものがあるのだろうか? 男の俺にはわからないけど。
とにかく。
そんな出会いではあったが、俺は新たに二人の《冒険者》と知り合うことができたのだった。
この四に……もとい五人でボス攻略か。
油断しなければ大丈夫だろうけど、改めて気を引き締めておこう。
フラグ「ふっ……またもや俺の出番か」
ソーマ「お前に出番なんか作らせてたまるか! 二度と顔を見せるな!」
フラグ「(´・ω・`)」




