カーネリアンは恋を紡ぎ語る
カーネリアン、和名は玉髄。
色や加工によって様々な表情を見せるその様は、まるであの頃の僕たちのようで、瞳に映すたびに心が切なくなる。
どうしてあの時素直になれなかったのか。
どうして心にもない言葉を放ってしまったのか。
あの日の君の瞳が忘れられない。
薄い涙の幕が張り、薄紅色のリップを塗っただけの唇が噛み千切れそうなほど噛み、手は何かを堪えるように拳を握られ、雪が降っていたため首に巻かれていたマフラーが、時折風に煽られ君の表情を隠して、数拍の後、君は雫を一筋頬に伝わせ、踵を返した。
その時はまだ知らなかった。
知ろうともしなかった。
自分の気持ちも、君の想いも。
君はいつも傍で幸せそうに微笑んでいたから。
だから明日も変わらぬ日が巡ってくるのだと驕り高ぶっていた。
この世に不変なんてものは存在しないのに。
最初は昼休みにもなって姿を現さない君のことは風邪でも引いて休んでいるのかと思っていた。
でもそれがやがて3日、4日、5日と経過していくと、さすがに違和感を覚えてきて、ようやく君が家族と共に海外へ移住したと知ったのは、あの日から2週間も過ぎてからのこと。
最初は君を恨んだ。
どうして言ってくれなかったんだと。
君にとって僕はその程度の存在だったのかと。
君は僕が好きなんじゃなかったのかと。
でも段々と時が過ぎていけばいくほど僕の心の中に生まれてくる後悔と、理解したあの日の自分の態度と気持ち。
一度気付き、認めてしまえば、僕の心の中で密かに芽吹いていた君への想いは一斉に花開き、次々と花をつけていき、芽吹かせ、株を分け、どんどん面積を広げていった。
やがてその想いは好意から思慕、情愛、愛と名前を変え、姿を変えていき、君が僕の同僚となって会社に姿を現したとき、僕は言葉も出なかったけれど、瞬きも呼吸もできないほど驚いた。
君が僕に告白してくれたのは20年前。
僕の中での君の姿はその当時から変わっていなくて、それに動揺する僕に君は。
――先輩、お久しぶりです。今日からお世話になります。
艶やかだった黒い髪は栗色に染められ、桃色に色づいていた唇は紅いルージュに覆われ、爪は業務に支障がない程度に飾られていた。
咄嗟に返した返事に、自分の心が悲鳴を上げたことは君は知っているだろうか。
――結婚したんだね、おめでとう
ああ、僕は君の傍で愛する権利を失ってしまったんだね
――へえ、子供もいるんだ。可愛い盛りだろうね
僕は君に触れてはいけないんだね、想いも告げられないんだね
でも、君の良き上司兼同僚として接するくらいは、君の旦那さんは赦してくれるだろうか。
僕は新しい環境に身を置く君に言葉に出来ない想いの代わりにカーネリアンとミルキークォ―ツを組み合わせてブレスレットを贈った。
そこに君の才能の開花以外に込めた願いはないとは言い切れないけれど、確かに僕は君の幸せを願っていた。
だから驚いたんだ。
その日は秋雨前線が活発な日の夜も更けた頃のこと。
僕が一人で暮らしている会社が借り上げたマンションの扉を激しく叩く誰か。
丁度その時風呂上がりだった僕は家出癖のある妹かと思って特に疑問も抱くことなく玄関のロックを外して、髪を拭いていたタオルを落としてしまった。
だって仕方ないだろう?
瞳を真っ赤にして、全身ずぶ濡れで、しかも小さな子供二人を連れてあの日から想いを寄せていた君が目の前に立っていたんだから。
とりあえず部屋の中に招き入れて、温かい飲み物を出して落ち着くまで好きにしていいと言って、理性のあるうちに書斎にしてる部屋へ行こうとした僕に君は。
――せんぱい、わたしのこと、めにいれたくないくらい、きらいになっちゃいましたか?
もう大人になったはずの君の声があの日、あの時の声に重なっていく。
それと同時に僕が胸に秘めようとした想いもパンドラの箱の鍵を強引に外し、溢れ出していく。
君の子供が傍に居るのに、僕は君を抱き寄せてしまった。
そして偶然見てしまった。
君がいつも長袖を身に着け、スカーフを首に巻いている理由を。
見てしまったからには、パンドラの箱を解き放ってしまったからには、遠慮は出来なかった。
子供のように泣きじゃくる君をどうにか落ち着かせ、小さな子供たちと一緒に眠るように促した後、僕は一睡もせず君たち親子の眠りを見守っていた。
物語ならトントン拍子に問題は解決するだろうけれど、現実はそうもいかない。
君の結婚相手は外面が良かったせいか周囲からの評判が良く、資産家だった。
だからこそ君には想いは伝えても体は重ねなかった。
彼のいる家に帰るのが怖いと訴えた君に、年の離れた妹のマンションに行くように促したのもそのためだった。
だからかな?
気紛れな神様は僕たちに微笑んでくれたのだろう。
ある晴れた日のこと。
君は子供の着替えの替えを、僕の甘ったれた妹と一緒に家に取りに戻った。
そんな君を待ち受けていたのは、離婚調停を渋る君のご主人と家族、親族で、彼らは僕の妹がいることも確認せずに、いきなり君の髪を鷲掴んだそうだね。
普段は甘ったれった妹にしては、その後の行動は適切とは言えないけれどよくやったと思う。
妹は君を助けるべく助けを外に求め、人を集め君の元へと戻り、君を助けた。
それからは激流のような日々だったね。
それまでは遅々として進まなかった離婚調停も君に有利な形で終わり、君が離婚したことで起きた会社でのいざこざも落ち着いた頃。
そろそろ僕が君に結婚を申し込んでいいかなと思いかけた時、今度は僕に本社への異動が出されて。
やっと落ち着いた生活が遅れるようになってきた君に、一緒についてきてくれと言えなかった僕はきっと世に言うヘタレなんだろう。
けど、こんな僕に君は、君達親子は
――私達を先輩の家族にしてください。あの日から、ずっと忘れられずに心にいつもいたのは先輩だけなんです。
――僕たちのパパになって下さい。いもうともぼくもいい子にします。
嬉しくて涙を流したのは、あの日が初めてだったんだよ。
そして今日、僕たちは仏前で生涯を誓い合う。
列席者はお互いの家族のみと言う小さな小さな式だけれど。
それでも僕は幸せで、君もあの頃のように優しく微笑んでくれる。
絶対に泣かせない、悲しませないなんて誓えないけれど、それでも笑顔溢れるように支え合って、愛し合っていきたいとは願っているし、誓うから。
だからどうか。
――僕の奥さんになって下さい。そして君たち兄妹の父親にならせて下さい。
清浄でいて厳かな雰囲気の中で誓い合った約束は、破られることは無かった。




