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陽菜の一日  作者: KI☆RARA
13/13

11月12日 月曜日

 いやに疲れている。

 なぜ会社に行かなければならないのだろう、と陽菜は洗面所の鏡の前で歯を磨きながら、とりとめもなく考えていた。

 何が嫌なのか自問してみるが、嫌なところは思い浮かばない。

 他にやりたい仕事があるわけではないし、もし今日仕事を休んだとして、何もすることがない。どうせ、一日だらだら過ごして、時間を無駄にしたことを後悔するのだ。


 昨日、遊びに行った帰りに何気なく立ち寄った本屋で立ち読みした本をぼんやりと思い返した。

 思考と感情をごっちゃにしていることが、何もかも嫌になってしまう原因だと書かれていた。

 考えてみれば、身に覚えがある話だ。

 コンパで出会った人が素敵だなと心が動いても「でもこの人は他の子を気に入ってる」と思って、あきらめてしまう。そこでときめいたことまでも否定して、感情が思考に引っ張られて、どんどん自分に自信がなくなってしまう。

 自分の感情を、誰かに大切にしてもらうことを待つのではなく、自分こそが、大切にしてあげること。自分自身を解放してあげること。

 それを心掛けてみようと思い、口をゆすいで歯ブラシを置いた。


 ふらふらと通勤路を歩きながら、陽菜の思考はさらに空中を旋回していた。


(どうしたら、わたしに愛してるって言ってくれる人が現れるんだろう。愛してるって、言い続けてもらえるんだろう。性格?見た目?前の彼は、わたしに何を見ていたんだろう。わたしを本当に思ってくれる人なんて、この先現れないかもしれない)


 愛してほしい。

 大切にしてほしい。

 どうして、もっとわたしのことを考えていてくれないんだろう。

 一緒にいるときはもちろん、いないときだって、四六時中考えていてほしいのに。

 恋愛ソングの男性ボーカルは、こんなにも女性に愛をうたっているのに。


 陽菜は、さわやかな男性グループの恋の歌の言葉を思い出して、ふと、あることに気が付いた。

(大切な君。大好きだって伝えたい。いつも笑顔で、僕を受け入れてくれる。毎日、ありがとう。君がいるだけで、幸せ)

 そこに皮肉や無気力はなく、どれも彼女を褒めたたえる言葉ばかり。


 どんな女性が、いや、人間にしたって、こんなに素晴らしくいられるのだろうか。

 誰だって、疲れているときも、ネガティブなときも、悩むときも、自分が嫌いになるときもある。歌われている彼女だって、例外ではないはずだ。

 自分だけでなく自分の周囲の友達を考えてみたって、いつも変わらずそばで微笑んでいるような人は、とても存在するとは思えない。


「二人の恋物語、主演オレ」

 まさに、その色眼鏡がなせるわざだ。


 陽菜にも同じことが言える。陽菜こそが、男性を自分の物語の登場人物として見ていたから、こうなってほしいのにしてくれない、ここでこうなるのがセオリーなのにどうして何もしてくれないの、と思い通りにならないことばかり気にしていたのではないだろうか。

 男に、陽菜の頭の中にある物語が見えるわけがないのだから、思い通り動いてくれなくて当たり前なのに。

 また同じく、陽菜にも、今まで男性に自分がどう映っていたか、彼らの頭の中で、自分がどんな役を演じていたのか、改めて考えてみても、分からない。


 それでも、男性に夢をみせてあげることはできる。

 彼らの頭の中にあるイメージを体現し、恋のモチーフとなることで、陽菜は彼らに色眼鏡をかけさせることができるのだ。

 難しいことではない。服装、髪型、話し方、彼らに与える言葉。彼らが見たいところだけ見せてあげて、こちらも見せたいところだけ見せればいい。

 これまで、不安定な自分も、めんどくさい自分も、おしゃれじゃない自分も、すべて見せて、それでも好きでいてくれることが本当の「好き」だと思っていた。

 だから、もっともっと自分を知ってもらおう、自分を見てもらおうと思って、自己主張をしていた。それが行き過ぎていたとしても。

 しかし、陽菜が彼の妄想の中で女性としての役割を演じ、男性をロマンチストでいさせてあげることも、必要なことなのかもしれない。

 彼らの頭の中で、どんな物語が進んでいるのかと想像してみると、楽しくなってくる。そして、彼らの物語の登場人物としての自分は、いったい、どういうふうに映っているのか。少しは、主要な役でいるのだろうか。

 これから、いろいろな物語に出演したいものだと、思いをはせた。



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