必殺技について真面目に考えたら、普通に殴るのが一番強かった
※この文章は、自分とAIでやり取りした内容のログをもとに、AIで編集・構成したものです。
※既存の漫画・小説・アニメ作品について、登場人物や能力などへの言及を含みます。作品によってはネタバレとなる可能性がありますのでご了承ください。
前回、なぜか『るろうに剣心』の必殺技について考え始め、そこから『魁!!男塾』へ飛び、最終的には江田島平八という存在について考えることになった。
そして私は考えるのをやめた。
正確には、やめたつもりだった。
だが、ひとつ余計なことを思いついてしまった。
あの人たち、普通に攻撃したら自分の身体がもたないから、わざわざ技を使っているのではないか。
我ながら何を言っているのか分からない。
だが、考えれば考えるほど妙に辻褄が合ってしまった。
――必殺技は、本当に強くするための技なのか――
一般的に必殺技といえば、通常の攻撃より強い。
普通のパンチでは倒せない。
だから必殺技を使う。
普通に斬っても倒せない。
だから奥義を使う。
実に分かりやすい。
ところが、ここで根本的な疑問がある。
そんな必殺技を使える身体は、いったい何でできているのだ。
たとえば、ものすごい速度で拳を打ち出す技があるとする。
拳だけが速くなっているわけではない。
肩が動く。
腕が動く。
肘が動く。
手首が動く。
当然、それを支える筋肉や骨や関節にも、とんでもない負荷がかかる。
それでも身体が壊れない。
ということは、その技を使っている本人は、技以前にものすごく頑丈なのではないか。
だったら普通に殴っても強いだろ。
いきなり必殺技の存在意義が怪しくなってきた。
前回散々楽しませてもらった『魁!!男塾』には、分かりやすい例が大量にある。
Jはマッハ・パンチを使う。
音速級の拳を放つ。
技によっては腕に大きな負担がかかる。
なるほど。
強力な技だから反動も大きい。
少年漫画として非常によく分かる設定である。
だが、逆から考えてみる。
そもそも音速級まで腕を加速できる身体って何だ。
その肩、その肘、その拳。
全部おかしい。
だったら、わざわざマッハまで持っていかなくても、普通に殴れば十分強いのではないか。
そして桃。
刀を使った技もあれば、氣を使った技もある。
刀身へ氣を集中させたり、身体能力を駆使して複雑な攻撃をしたりする。
だが、そんなことができる身体能力があるのなら、また同じ疑問が出てくる。
普通に斬ればよくないか。
さらに邪鬼。
氣を操り、大気にまで影響を及ぼすような攻撃をする。
それほどの出力を身体から発生させ、しかも制御できる。
普通に殴ればよくないか。
ここまで来て、私は発想を逆転させた。
もしかして必殺技は、威力を上げるためのものではないのではないか。
彼らは元々強すぎる。
その身体能力を何も考えずに使ったら、自分の身体や武器が耐えられない。
あるいは周囲への被害が大きすぎる。
だから構える。
だから氣を集中する。
だから決まった動作をする。
だから特定の武器を使う。
つまり必殺技とは、超人が自分の異常な出力を制御するための技術なのではないか。
普通の人。
通常攻撃 10
必殺技 100
超人。
素の全力 10000
身体「無理です」
武器「無理です」
周囲「やめてください」
そこで技術によって出力を制御する。
必殺技 1000
弱くなっている。
必殺技なのに弱くなっている。
だが、この考え方をすると、少年漫画でよく見る設定が妙に説明できてしまう。
「この技は連発できない」
身体の冷却が間に合わない。
「この技を使えば腕が壊れる」
許容出力を超えている。
「修行によって技を連発できるようになった」
身体側の耐久性能が上がった。
「奥義には特殊な構えが必要」
安全な出力手順である。
「氣を一点に集中する」
エネルギーの放出方向を限定している。
おかしい。
かなりおかしなことを考えているはずなのに、説明できてしまう。
そして、この理屈は『魁!!男塾』だけではなかった。
――るろうに剣心で考えてみる――
前回の発端となった『るろうに剣心』へ戻ってみる。
天翔龍閃。
超神速の抜刀術。
そんな速度で動けるなら普通に斬れ。
二重の極み。
極めて短い間隔で二度の衝撃を打ち込む。
そんな速度で二発入れられるなら普通に殴れ。
牙突。
全身の力を乗せた強烈な突き。
そんな脚力と突進力があるなら普通に突け。
九頭龍閃。
複数の斬撃をほぼ同時に叩き込む。
そんな速度で動けるなら一発でいい。
必殺技について調べていたはずなのに、次々と必殺技が不要になっていく。
だが、まだいる。
志々雄真実である。
志々雄は全身の火傷によって体温調節に大きな問題を抱え、高熱を帯びた身体を持っている。
戦闘を続ければ体温はさらに上昇する。
そして彼は無限刃を使い、刀を発火させる技まで使う。
そこで私は思った。
握手しとけ。
剣はいらない。
炎もいらない。
近づいて手を差し出せばいい。
「握手しよう」
熱い。
終わり。
しかも剣心は不殺を掲げている。
相手が武器を構えているならともかく、握手を求めて近づいてきた相手をいきなり斬るわけにもいかない。
これは強い。
いや、何を考えているんだ私は。
しかも志々雄には長時間戦えないという問題がある。
だったらなおさら握手でいい。
短期決戦である。
刀身を発火させる必要もない。
本人が熱い。
必殺技を考察していたはずなのに、志々雄真実の最適戦術が握手になってしまった。
――必殺技とは安全装置なのではないか――
だが、この考え方は『るろうに剣心』や『魁!!男塾』だけに限らない。
超人的な能力を持つキャラクターが登場する作品なら、かなり広く当てはまる。
炎を一点へ集める。
衝撃波を一定方向へ飛ばす。
巨大なエネルギーを球状にまとめる。
決まった構えから攻撃する。
技の名前を付け、毎回ほぼ同じ方法で発動する。
これらはすべて、
「自分の能力を決められた形式で、安全かつ再現可能に出力する方法」
だと考えることもできる。
必殺技とは超人用のAPIだったのだ。
生の能力を直接扱うと危険なので、決められた手順を通して呼び出してください。
通常技。
安定版です。
奥義。
高負荷ですが使用可能です。
禁断の奥義。
使用すると身体が壊れる可能性があります。
それは非推奨にしろ。
そして、この理屈で考えると、バトル漫画で本当に恐ろしい人物が分かってくる。
必殺技を使わない人物である。
特殊な構えを取らない。
氣を溜めない。
技名も叫ばない。
ただ殴る。
これまでなら、
「余計な技を必要としないほど強い」
という演出だと思っていた。
だが今回の仮説では意味が変わる。
技による出力制御すら必要ない。
つまり一番怖い台詞は、
「奥義を見せてやる」
ではない。
「技は使わん」
である。
そして、ここで再び江田島平八に戻ってくる。
銃弾や砲弾すら受け止める。
常識外れの身体能力を持つ。
宇宙空間でもいろいろおかしい。
前回は、
「もうこの人について考えるのはやめよう」
という結論になった。
今回も同じ結論になった。
超人が必殺技を使う理由について真面目に考えてみた。
すると、
必殺技とは強くなるためのものではなく、強すぎる自分を制御するためのものではないか。
という仮説が生まれた。
そして最後に残ったのは、
天翔龍閃――普通に斬れ。
二重の極み――普通に殴れ。
牙突――普通に突け。
志々雄真実――握手しとけ。
考えた結果、ほとんどの必殺技がいらなくなった。
やはり世の中には、
考えなくてもよかったことがある。




