1-10★L101、最初の命令
* 4日18時間54分 *
宇宙空間に、音はない。空気がないから、伝播しない。人の耳に、宇宙の音は聞こえない。
自身の呼吸音が、やけに細かく、耳障りに聞こえた。
動きにくい。
人間用宇宙戦闘服が、膨らんでいた。
浮いていた。無重力を実感するのは、久しぶりだ。
西埜二等宙佐は、宇宙服の手首の操作盤に触れた。
ヘルメットの照明がついた。広い宇宙空間では、心許ない光量だ。
ヘルメットのバイザー内部に、外の様子が表示された。
天井はない。その先も、その先も、ない。見える暗がりは宇宙だろうか。
バイザー内部に、酸素の残量とともに、人の像が表示されている。いくつかの箇所が、赤い。
──負傷したか。止血のための、加圧か。
「地球防衛軍統合戦略AI」
呼び出してみたが、返答はない。
周囲には、宇宙服が破れた人が何人も浮いていた。
宇宙で、命綱の宇宙服が破れる。その意味に、西埜は苦いものが込み上げた。
──誰か、いないか?
痛む身体をおして、西埜は崩壊した工廠内部を慎重に移動した。
動ける範囲で探したが、生存者はいなかった。
皆、死んでいた。
他の場所を探している余裕は、西埜にはなかった。
西埜は、部屋の中央を見た。
床に固定された、ひとつの機体があった。
──動いて、くれよ?
西埜はコックピットハッチ解放桿を探した。
何重もの保護カバーを開けた先のコンソールに、解除キーを入力した。
音もなく滑らかに、ハッチが開いた。
西埜は、操縦席に座った。宇宙服の背中と頭の姿勢固定コネクタが、シートとロックされた。
「カーツェナルプ、聞こえ、る、か?」
【音紋照合。無事でしたか西埜二等宙佐】
「無事、とは、言い難い、けど、ね。状況、は?」
【RVK-01訓練小隊は、最初のチェックポイントで転進。
エリス防衛基地は消失。
現在、偏向計画は最終段階を迎えました。
核ミサイル有効着弾数は約六千と算出】
「そうか……」
西埜は笑った。
『偏向計画は、言わば賭けだ。
ついでだ。あの子たちが命令に従うか、賭けようではないか』
子供のような目で提案するレーヴェンハルト大佐に、西埜は乗った。
あの子たちが転進するのは、分かっていた。だが、生きてほしかった。
敢えて西埜は、ゴンゴン基地へ来ることに賭けていた。
──賭けは、大佐の勝ちか。
【RVK-01訓練小隊は現在も交戦中】
「生きて、いるのか!?」
彼我の戦力差は歴然としていた。
RVK-01と謎の正立方体とでは、勝負にならない。性能で負けていた。
──それなのに……まだ、生きているのか。凄いな、あの子たちは。
西埜は気力を振り絞る。
大人として、負けてはいられなかった。
「カーツェナルプ。ゴンゴン基地を、スキャンできる、か?」
【サーバー消失により、ゴンゴン基地への接続はできません。《本機》の機能のみでのスキャンは、精度が落ちます】
「構わない。被害状況から、生存者の確率、を……」
微かな電子音の後、基地と工廠の現在のイメージ図がスクリーンに表示された。
【三角錐はゴンゴン基地中央区画東横、約十m地点に着弾。
クレーターの規模から、生存者はゼロと推測。工廠区画にも生体反応なし。
この区画は爆心地より最遠、最下層であったため被害が軽微であった模様です】
「そう、か」
分かっていた事だが、全滅の事実を突きつけられ、西埜は肩を落とした。
西埜はそっと、手元のパネルを操作した。コックピットハッチが、静かに閉じた。
「カーツェナルプ。ここから、出られるか?」
【工廠区画を破壊すれば可能です】
AIの返答に、西埜は笑った。
「今更だな。やってくれ」
【了解しました】
収束光子砲が一閃した。
歪んだ隔壁をくり抜くように、光線が円を描いた。
* 4日18時間50分 *
球体だ。
宇宙空間が球形に、歪んでいた。
知識としてはあった。重力レンズと呼ばれる、光が屈折して見える現象。
だが、それは重力。つまり引き寄せる力。
今、RVK-01に掛かっている力は、逆──引き離す力だ。
「何が起きている! カーツェナルプ!」
ソラは機体の制御を試みるが、やはり操縦桿は動かない。
《7/Iリーゼ》から、引き離される。
【位相の縮退を確認】
【反物質を検出、虚数質量を検出】
【真空エネルギーの反転を確認、真空エネルギーの飽和を確認】
【空間の──】
ガクン!
機体が大きく揺れた。
今までに感じたことのないGだった。
止まった。
機体が止まった。
砕けた岩石が止まった。
なんらかの衝撃波が止まった。
《リーゼ》が、止まっていた。
【レオン:な、んな、馬鹿な!】
【リエン:あの速度が、いきなり止まるなんて】
【マレク:カーツェナルプも止まった?】
【アウレリア:違う、全部止まってる!】
【モニカ:嫌な予感がする】
【クラウス:トマシュ。映画とかだとこの後は?】
【トマシュ:反転じゃないかな?】
ギギギ……。
機体が軋む音がした。
【オリヴィア:全機、備えろ! 飲み込まれるぞ!】
ガコンッ!
吸い込まれる。
今度は《リーゼ》へと、機体が流される。
ソラは操縦桿を目一杯押し込む。イオンエンジンの反応は鈍い。
【リエン:駄目です! 機体が安定しません!】
「諦めるな! とにかく、エンジンを吹かし続けろ!」
【マレク:皆、見ろ! 《リーゼ》が!】
戻っていく。
砕けた岩石が、戻っていく。
悪い夢を見ているようだ。抜け出せない、迷路のような夢。
無数の正立方体は、空間の渦に藻掻くRVK-01を無視して、水晶状構造物に溶けるように消えていく。
【クラウス:時間巻き戻しだとでもいうのか!?】
【レオン:僕らの攻撃は、無駄だったのかよ】
【──:後方の水晶らしきものが、1%ほど縮んでいる。
その《現象》を、無傷で起こせるものではない、ということだ】
不意に、通信が入った。
この声は──。
「西埜二等宙佐?」
【西埜:JP……いや。ソラ……。壮健か、な?】
「西埜二等宙佐、今どちらに? 大丈夫なのですか?」
ソラの意を汲んだのか、カーツェナルプは情報を提示した。
ゴンゴン基地から少し地球寄りに宙域に、光点があった。《試製》と名付けられている。
次いで表示された、西埜二等宙佐の身体データに、ソラは唇を噛んだ。
──この傷では、もう……。
【西埜:ああ、ああ。RVK-01訓練小隊、の諸君。訓練完了、おめでとう。
君たちは晴れて、宇宙、防衛軍……一員と……】
空気の漏れるような吐息と共に、途切れ途切れの声が、静かな宇宙ではっきりと聞こえた。
【西埜:オリヴィア訓練小隊は、正式……これか、ら……】
空間の収縮、とでもいえばいいのか。吸引が終わった。
機体に自由が戻った。
【オリヴィア:全機、《リーゼ》に張り付くぞ!】
【了解!】
《リーゼ》の再加速を素早く察知し、オリヴィアは的確な指示を出した。
【西埜:これから……君たち、は、《L101》小隊、とな……る】
【オリヴィア:L101、確かに拝命しました】
彗星が加速を始めた。
RVK-01とは速度差がある。引き離され始めた。
すでに岩石部分を過ぎた。
【西埜:この宙域に、将官は、いな……私の命令、で……】
【西埜:ソラ、君に……また、頼って……許して、くれ……】
ピピッ。
【カーツェナルプ:試製RVK-02との通信途絶】
皆、暫くなにも言わなかった。
すでに目視で岩石部分は見えない。水晶状構造体の、半ばあたりを飛んでいた。
【オリヴィア:ソラ。西埜二等宙佐は我々小隊に、何を命令しようとしたと考える?】
「……特攻かと」
【トマシュ:特攻て、カミカゼか?】
【クラウス:現状、打てる手は、それが最後か】
【レオン:《リーゼ》のケツを叩けば、まだ角度を変えられる可能性はある】
【モニカ:初陣で戦死。精神脱出テストは、もう少し後だと思ってたわ】
【リエン:ソラ。西埜二等宙佐の、『また』って、どういう意味?】
なぜかいつもよりキツい、リエンの声。
「小官は一度、死んでいる」
【レオン:待て! 待て待て! それはRVK-01でか? FK-14でか?】
「RVK-01は新型機。死んだのはFK-14に決まっているだろう?」
【トマシュ:君はどうかしてるぞ!
FK-14で一度精神脱出したなら、脱出コードがFK-14専用になる! 分かっているのか!?】
「FK-14専用脱出コードが、RVK-01での精神脱出で書き換わるか。そのテストだ」
【リエン:それは、成功するんですか?】
「そのための、テストだ」
【リエン:ソラじゃなきゃ、駄目なんですか?】
「条件を満たすのは、小官しかいなかった」
【リエン:オリヴィア、アウレリア、マレク。なんで黙ってるんですか!】
初めて聞く、リエンの怒りに満ちた声。
【オリヴィア:エリスへの出力前。編隊長教練時に、聞かされた】
【マレク:現在FK-14に乗っているものが、RVK-01で運用できるかの必要なテストだ】
二人の声は、落ち着いていた。けれど冷たくはなかった。
なぜか、そう感じた。
「小官なら大丈夫だ。もうすぐ《リーゼ》の最後方が来る」
戦略図が更新された。
カーツェナルプがポイントを示した。
【レオン:お姫様は、いいのかい?】
【アウレリア:決めたのなら、私がいうことはない。リエン、信じてやりなさい】
【リエン:……了解】
【カーツェナルプ:まもなく作戦ポイント】
【オリヴィア:皆、出力先を木星へ。ソラ。君が特攻の合図をとれ】
「承知した」
皆の焦燥は、なんとなく分かった。
ソラには、それで十分だった。
「皆、木星で会おう!
L101小隊、全機──突撃!」
【了解!】
九機のRVK-01が、一斉に機首を下げた。
カーツェナルプが算出したポイントに、機体を最後の弾丸として、当てた。
イオンエンジンの青白い光が、《リーゼ》の後ろで弾けた。
* * *
〈第一章・完〉
登場人物
ソラ(AH-JP502)・訓練兵
リエン(AH-JP618)・訓練兵
オリヴィア(AH-UK404)・訓練兵
アウレリア(AH-DE503)・訓練兵
レオン(AH-DE511)・訓練兵
クラウス(AH-DE519)・訓練兵
マレク(AH-PL404)・訓練兵
モニカ(AH-PL509)・訓練兵
トマシュ(AH-PL602)・訓練兵
西埜豪・二等宙佐




