1-1★真紅のRVK
* 62日 *
ソラは、命令に従い歩いていた。金属の廊下を、踵が規則正しく叩く。
向かう先は、火星駐留軍・日本支部。
火星基地。その寂れた一角に、目的の場所はあった。
「失礼します。AH-JP502、招集により馳せ参じました」
「入り給え」
「はっ!」
ソラは扉横のコンソールに掌を当てた。
厳重な生体チェックの後、電子音がした。扉が開いた。
唸る鉄扉の間には、レーザー砲口と太い杭が見えた。
ソラは気にも留めず室内に入ると、大机の向こう、重厚な椅子に座る人物を確かめた。
網膜に、情報が走った。
【ライブラリ照合・卜部真毅准将を確認】
「掛け給え」
「いえ。結構であります」
ソラの立場を踏まえた物言いに、卜部准将は一息つくと葉巻に火を付けた。
「本来なら君は、年齢制限を無視して叙勲を受けている」
「いいえ。本来であればこそ、小官に叙勲は与えられないのです。それが分からない閣下でもありますまい」
「ふん。痛いところを突く」
卜部准将は葉巻をくゆらせた。
大机の操作卓を叩くと、背後に映っていた深海魚の映像が、宇宙図に切り替わった。
「セドナから通信が入った。網に魚がかかったらしい」
GAMERA
──Guardian Array for Multi-spectral Early Recognition of Anomalies──
人類がオールトの雲に設置した、無人プローブ群からなる太陽系外縁の早期警戒網だ。
GAMERAが物体を捉えること自体は、それほど珍しくない。宇宙は、人類が考えるよりも活動的だ。
ソラは、卜部准将の次の言葉を待った。
「質量と、速度が問題だ」
宇宙図に映し出された情報に、ソラは目を疑った。
「失礼ですが……計器の故障では?」
「残念ながら違うな。第三次世界大戦を経た我が日本製品に、故障は有り得んよ」
卜部准将は煙を吐いた。
戦争で国土を焼かれた日本は、その後、再び技術大国として蘇っていた。
「さらに、観測時間は短いが、予測進路も出ている」
宇宙図上の各惑星と当該物体が、移動を始めた。
当該物体は緩やかな弧を描きながら進む。
木星付近を通過し、火星付近を通過した。
やがて、ひとつの光点と交差した。
「地球衝突の可能性がある」
「外縁防衛線の戦力は?」
卜部准将が再び操作卓を叩いた。
カイパーベルトの準惑星を中心に、駐留する宇宙防衛戦略軍の配置が表示された。
【セドナ:FK-14×1個編隊】
【エリス:FK-14×2個中隊、RVK-01×1個編隊】
【ゴンゴン:RVK-01×輸送中6機、建造中1機】
「過去の遺産──核ミサイルも十分にある。NASICからは『成分分析後、即刻破壊せよ』との指令が来ている」
「宜しいのですか?」
「地球の安全が第一だ。欲張ると碌なことはあるまい」
彗星が巨大である以上、即刻破壊する。未知の物質があったとしても、それは諦める。次の機会を待つ。
合理的判断だとソラは思った。
「君には、エリス防衛基地に行ってもらう。今年の新兵たちは、クセが強くてな。花火を見ながら、揉んでやってくれ」
「小官も、新兵であります」
「私はそうは思っておらん。無論、西埜もだ」
ソラの網膜に、情報が走った。
【ライブラリ照合・西埜豪二等宙佐、エリス防衛基地にてRVK-01の性能評価のため移動中。現着は二日後】
「相変わらず、宇宙を飛び回っておられますね」
「私も西埜も、既に人生の大半を宇宙で過ごしている。もう地球人とは言えんな」
卜部准将は、葉巻を灰皿に置いた。その表情の意味を、ソラは理解できなかった。
「では、指令だ。
AH-JP502。貴官はこれより直ちにエリス防衛基地へ《出力》。他の新兵と共に、次世代機RVK-01の性能評価及び戦闘訓練にあたれ。
実戦体としての、一段上の成果を期待している」
網膜上で、新たなミッションデータが緑色のシリアルコードへと展開され、受領完了のサインを返した。
ソラは居住まいを正し、正確無比な角度で敬礼を捧げた。
「はっ! 准将閣下のご期待に応えてみせます」
* * *
ソラの意識に、地球防衛軍統合戦略AIからのログが流れた。
【精神データの整合性チェック……クリア】
【余剰次元への精神データのアップロードを確認】
【エリス防衛基地・肉体出力を確認……精神データのダウンロードを開始します】
【カーツェナルプより通達・死亡カウント1】
ピピッ。
独特の電子音が耳に入った。
次に来たのは、触覚。いつもの安置装置の質感だ。
「AH-JP502の精神ダウンロードを確認。これをもって『出力』作業の完了となります。
おはようございます、ソラ」
ソラはゆっくりと目を開けた。
女性型衛生兵が一人、顔を覗き込んでいた。
【ライブラリ照合・AH-JPM67《ユキ》を確認】
「おはよう、ユキ。他の訓練兵は?」
「日本軍、ドイツ軍は完了。ポーランド軍はあと二名です」
ソラは網膜に表示された工程表を見た。
初顔合わせには、まだ時間があった。
「少し、機体を見てくる」
「分かりました。事前説明には遅れないでください」
「心得ている」
ソラは網膜に映るエリス防衛基地の見取り図を確認しながら、安置室を出た。
* * *
格納庫には、真新しい機体が並んでいた。現行機であるFK-14よりも、一回り大きい。
漆黒の機体は、質実剛健。無骨さを滲ませていた。
「これが、RVK-01……」
日本の偏向性イオンエンジンとポーランドの光子兵装を組み込んだ、ドイツ製の次世代可変戦闘機。性能表で見た人型形態は、かなり不格好だった。
「違うわ、RVKよ!」
一際目立つ真紅に塗られた機体の上で、仁王立ちの女性型操縦士が言った。
【ライブラリ照合・AH-DE503《アウレリア》を確認】
「そんなところで何をしている? アウレリア」
「愚問ね。エースたる私に相応しいように、色を塗っていたのよ」
ソラの網膜には、アウレリアの模擬戦データが映し出されていた。
スコアは、ソラよりも高い。
「なぜ、塗る?」
「さあ? 人類の文化では、そうらしいわ」
宇宙空間に赤い機体。目立ちそうだ。
──なるほど。確かに、クセが強い。
* * *
登場人物
ソラ(AH-JP502)・訓練兵
アウレリア(AH-DE503)・訓練兵
ユキ(AH-JPM67)・衛生兵
西埜豪・二等宙佐
卜部真毅・准将




