1、婚約者から逃げ出して
前世1/2
暗い街道を、暗視強化を施された赤毛の馬が、フルスロットルで駆け抜けていく。
転生してから17年。固っ苦しい令嬢人生のストレスを解消し続けた結果、みるみる上達したこの馬術。正直、私が万全だったら、うちの兵どころか、王国の聖騎士クラスにすら並ぶと思う。
「思ったより、体と魔力の操作が効かない。……やっぱり毒?」
今日は私、リリー・ピトスの婚約式。
マトゥ・コルヒカムという、表でも裏でもそこそこ名前の聞く中央貴族の長兄との結婚式だった。
あ、私はトラックに轢かれた、いわゆる異世界転生者ってやつなのだけど、この世界は、妹のやっていたゲームの中っぽい感じで、あいにく私はパッケージの画面すら曖昧で、なんの知識ボーナスもない。
で、そんな私、リリーは所謂初夜の前に不安になって、式のために共にコルヒカム城に来ていた、この世界での父。辺境将軍ピトス公……もといパパの元に顔を出したところ、パパはすでに何者かに斬られて他界。
それから現在、私は全力逃走中である。
「チクショーあの、クソ貴族。性格悪いイケメンですって面してやがって……地獄があるならホントに堕ちてほしいわ」
今日の夜のために仕立てられた、薄っすいドレスで馬上にいても、その指先から痺れてきてても、私は余裕で舌を噛まずに喋れる。この調子なら、もう半刻は馬を駆れるはず。
パパは超絶美形の最強遺伝子くれたし、めっちゃいい人だったのに殺された。ママの無事もまだわからない。この窮地を脱したら、マトゥには贈れる最大限の地獄をプレゼントしてやろう。
私を狙ってきてる追っ手は帯刀した騎乗兵二人組。
馬に魔力を回して、文字通りに馬力を上げる。
(私の操馬についてくるなんて、並の馬と兵じゃ無理なはず……さては違法レベルのドーピング?)
よく聞いてみると、追っ手の馬蹄の音もおかしい。負担軽減と静音を意識している私の馬のそれと違って、異常な強さでリズムも悪い異常な音だ。例えるなら5kmの長距離走をしてるのに、50mの短距離走の走り方で走ってるみたいな感じ。
いくら、剣と魔法の世界でも、あんなドーピングは無理だ。貴族社会で魔法の教育もしっかり積まされた私相手に、平凡な乗り手と馬で勝負になるはずがない。
多分は麻薬系の何か。体のダメージは度外視どころか、命まで薪にくべてるタイプの反則だ。
刺客の異常な様子と、徐々に近づいてくる音に内心ビビっていた私は、憤怒の森という、特記封鎖区域へ逃げ込むように駆け入った。
ーーこれはきっと、間違いだったのだけど、現代日本の常識が残っていた私は、この時、誤った選択をした。この世界の脅威を全くナメていた。




