第41話 乗船試験
それからの数日は、瞬く間に過ぎ去った。
今、港には身を切るような早朝の潮風が吹き荒れている。
群青色の海に浮かぶ巨船を前に、桟橋には力自慢から引退して久しい猟師まで、命知らずの男たちが群がっていた。
船の甲板には、腰に手を当てて志願者を見下ろす巨漢と、それを取り巻くように刀傷や彫り物をさらした無頼漢のような男が、幾人も立ち並んでいる。
そして、そのかたわらには、外套の頭巾を深くかぶり、冷ややかな目で桟橋を見つめる男、トウヤの姿もあった。
「男手が足りないからって、役立たずを乗せる気はないわよ。アタシの船に乗るからには、オニの頭蓋で酒盛りができるくらいの気概を見せてほしいものだわ」
船長の野太い声が響くなか、真っ先に進み出たのは、黒鉄の六角棍を無造作にかついだクロウと、その隣に並ぶシキだった。
「なんだぁ? おい、小僧! そんな棒切れ一本で、オニと渡り合う気かよ」
せせら笑う男たちを前に、クロウは動じる様子もなく、唇の端を持ち上げた。
「刃物なんざ、いざって時には脂まみれで使い物にならねえもんさ。オニは一体や二体じゃねえんだろ?」
言うや否や、クロウは手近にあった荷積みのための巨大な木箱の隅を、六角棍で軽く払ってみせた。
すさまじい風切り音とともに、六角棍がかすめた部分だけが、木端微塵に砕け散る。
その腕っぷしに、船長は「ほう」と面白そうに目を細めた。
「いいじゃない。……そっちの白いのは、何を見せてくれるんだい?」
シキは衣服の袖を払い、一歩前に出た。
「航海士として、潮流の配置から正確な海図を描き出すことができます。船長、あなたが行こうとしているのは、船乗りたちが忌避する霧の海域。僕なら、星が見えず、視界がさえぎられた夜の海でも、正確な情報で船を島へ向かわせることができますよ」
シキが差し出した近海の潮流図を検分し、船長は満足げにうなずいた。
「気に入ったわ、二人ともアタシの船に乗りなさい」
二人の乗船が決まると、続いて、トウヤの衣服を仕立て直した上着をまとったモモが、進み出た。
「おいおい、冗談だろ。嬢ちゃん、遊覧船なら乗り場が違うぜ」
手下たちが下品にわらうなか、モモはひるむことなく、衣服のふところから、油紙で巻かれた胡桃ほどの大きさの飛礫を取り出した。
見る者が見れば、それが物騒な代物だということは推測できる。
だがあいにくと、この中には、そこまでの識者は存在しない。
「わたし、オニの眼をうばう、特別な道具を持ってきたの」
モモが凛とした声を響かせると、船長が不審げに眉をひそめる。
「道具だって? まあ、見るだけ見てやるわよ。それで、何ができるっていうのさ」
モモは左手を振りかぶると、桟橋と甲板に集まった全員の視線を、自らに集中させた。
そして思い切り、飛礫を桟橋にたたきつけると――炸裂音とともに、まばゆい閃光が奔った。
周囲の男どもが一斉に悲鳴を上げ、目をおさえて、その場で腰砕けになった。
「うわああっ!」
「目が、目がつぶれる!」
光の残響が収まったとき、船長は驚愕に固まったまま、甲板の手すりを強くつかんでいた。
「オニは、闇夜を見通す赤い目をしているわ。でも、この道具を使えば、その目をくらませることができる。どう?」
モモはまっすぐに船長を見上げて、いたずらっこのような笑みを浮かべた。
その時、船長のかたわらへ、外套姿の案内人がすっと歩み寄り、耳元でささやいた。
「……オニが夜目の化け物だというのは、本当です」
「あら、そうなの」
「ええ。ですが、妙ですね。オニの目のことは、直接対峙して生き延びた者でなければ、知り得ないはずなのですが。……あの娘、なぜ知っているのでしょうね」
ささやきを受けた船長の目が、値踏みの色を濃くして、桟橋の少女をながめ回す。
ただの娘ではないかもしれない――。
そう思わせてしまえば、使い捨ての水夫ではなく、大事な商売道具として船に迎えられる。
それこそが、案内人のねらいだった。
「それにね、給仕なら、わたし、ずっとやってきたから得意よ。長旅になるでしょう? みんなの食事の支度も引き受けるわ」
驚きから復帰した船長は、しばらくモモを見つめていたが、ニィと愉快そうに笑った。
「へえ、その妙な道具だけじゃなくて、給仕役まで買って出るっていうのかい。面白いじゃない、アタシの船に乗りな!」
乗船の許可を勝ち取ると、モモは衣服のすそを払い、船長にお辞儀を返した。
ふと視線を感じて顔を上げると、他人のふりを貫き通しているはずのトウヤが、外套のすきまから、薄紫色の瞳を優しく揺らしていた。
自らの衣服を健気に着こなしたモモの姿を、彼は目を細めて追っていたのだ。
ほんの一瞬だけ交わされたその熱のこもった視線に、モモは平静を装い、駆け足で甲板へと乗りこんだ。
(あの白髪野郎……)
先に甲板へ上がっていたクロウが、モモの様子から、何かを察した。
六角棍を握る手に力をこめて、顔をしかめる。
それを横目にシキは冷ややかな顔をしていたが、その内心は、クロウ以上にざわついていた。
船に乗りこむまでは、上々の首尾だった。
ここからは船内の様子をうかがいながら、計画の最後のつめに入ることになる。
その計画は乗船の前夜、四人で木机を囲み、細部まで練り上げてあった。
トウヤは、船長や航海長といった、実質船を取りまとめる人物に取り入る。
島への上陸と、上陸してからの行動を、それとなく誘導するのだ。
無血とはいかないだろう。
それでも、必要以上の戦いを避け、体力と気力をうばい、島から引き上げさせられれば成功だ。
モモは、厨房で船乗りたちの胃袋をつかむ。
力関係や人間関係を探り、トウヤに伝えるのも彼女の役目だ。
クロウは、いつも通り。
持ち前の明るさと腕っぷしで船員たちに溶けこみ、一目置かれる存在になること。
クロウが強気なら皆の士気が上がり、弱気なら不安が広がる。
それが理想だと、シキが付け加えた。
そのシキは航海士として、船の航路と上陸地点を握る。
船内をくまなく見回り、バラバラに動く四人をつなぐのも、彼の役目だった。
すっかり陽が上がり切ったころ、船は錨を上げた。
風を受け、波を切り、それぞれの想いを乗せて、南の海へ向けて出航した。
もう、引き返すことはできない。




