第37話 生きて、会いに行こう
「でもね。ビャクヤが苦しんでいて、あなたに助けを求めているのは本当よ。あの子を助けたいと思うあなたの心は、何も間違っていない。ただ、方法を間違えたら、あの子を本当に失ってしまうの」
「では、どうすればいいというのです……!」
トウヤは取り乱したように、身を乗り出した。
「あやかしの力も白鬼の術も、僕の復讐の計画も、すべてが間違っているというのなら、一体どうすればあの子を救えるのですか。君に、その答えがわかるというのですか!」
「それは、わたしにもまだわからないの」
モモは首を振った。
しかし、その声に、いささかの揺らぎもなかった。
「だけど、グレンや長老なら、何か知っているかもしれない。それに、わたしも、あの子を救うための鍵のはずだよ。なぜなら、わたしは海の向こうから、ずっとビャクヤに呼ばれ続けてきたのだから。この右手の結晶はね、今もビャクヤの心と深くつながっている気がするの。ここには、あの子を救うための大切な何かがある。わたしはそう信じているよ」
モモは硝子の右腕をそっと胸元に引き寄せ、愛おしそうに見つめた。
「トウヤ。あなたが命を落とさず、生きてビャクヤと再会すること。それこそが、あの子を本当に救うことになるんだよ。だから、お願い。生きて、あの子に会いに行こう」
弟の、本当の救い。
あるいは、おのれの情念が招くはずだった、最悪の破滅。
モモの真摯な言葉が、トウヤの胸の奥深くにくすぶっていた、かたくなな思いこみを、根底から融かしていく。
里への憎悪や、自分が唯一の理解者であるという偏執的な自負が、弟を愛する純粋な祈りへと、還っていく。
「ビャクヤ……、僕は、僕はただ……」
トウヤは薄紫色の瞳から大粒の涙をあふれさせ、その場に力なく崩れ落ちた。
すがるものを求めて伸ばされた手が、モモの硝子の腕の前で、指をふるわせて止まる。
弟を苦しめ続けてきた自分に、この腕へ触れる資格があるのか――。
そのためらいを断ち切るように、モモのほうからそっと寄り添い、ふるえる彼の肩を包みこんだ。
トウヤは拒む力もなく、モモの肩口に顔をうずめ、子供のように声を上げて、むせび泣いた。
やがて、トウヤはモモの身体から離れ、あふれる涙を衣服の袖でぬぐった。
その横顔には、いまだ消えない悔恨の陰があったが、それ以上に、目の前の少女への、言葉にできない複雑なまなざしがまじり始めていた。
「……君の言うことを、何もかも信じたわけじゃないですよ」
トウヤは乱れた襟元を整え、ていねいながらも、どこか照れ隠しのような口調で語った。
「もし君の言葉に嘘があったり、これ以上は無理だと思ったら、その時は僕のやり方でやらせてもらいます。……ですが、あの島へ渡るのは、僕の案内なしでは難しいでしょう。君を無事にビャクヤの元へ送り届けるために協力することを、約束します」
モモの記憶の中にある、計算高く冷酷なトウヤの面影は、弟への愛の裏返しだった。
彼の本質に触れた気がして、モモは小さく微笑んだ。
「うん、よろしくね、トウヤ」
トウヤは少し決まり悪そうに視線を外すと、外套の頭巾を深くかぶり直した。
薄暗がりのなかに隠れたその薄紫色の瞳は、モモという少女を、これまでとは異なる重みをもって見つめる。
「君からは、やはりあの子と同じにおいがします。放っておくと、また無茶をしてしまいそうな……」
前触れもなく、トウヤの手がモモの髪に触れた。
指先でそっとすくい上げられた鳶色の髪が、サラサラと彼の指の間をこぼれていく。
そして、儚げに微笑んだ。
「どうして見間違えたりなんてしたのでしょうね。髪の色だって違うというのに」
突然のことに頬を染め、言葉を失ったモモに構わず、トウヤは部屋の片隅へと視線を向け、思案気に目を細めた。
どう転がるかは、まだわからない。
しかし着実に、望むべき未来を引き寄せるための選択がなされている。
そうモモには、感じられた。




