第75話 「黒崎 恒一」
人が増えた分。
意見も増える。
「そっちじゃ回らないって言ってるだろ」
「でもこのままだと足りないんです!」
ぶつかる。
小さな意見のズレ。
でも。
確実に広がっていく。
仕組みを作ろうとしているからこそ。
止まらない。
「……どうする」
蓮斗が低く言う。
白峰も考えている。
理屈はある。
でも。
“まとめ方”がない。
玲奈は静かに見ている。
悠真も、分かっていた。
このままじゃ。
崩れる。
その時。
「……少し、いいか」
低い声。
一瞬で空気が変わる。
全員が振り返る。
祖父――
黒崎 恒一。
ゆっくりと前に出る。
怒鳴らない。
でも。
自然と静まる。
聞く空気になる。
「今の話は、どちらも正しい」
最初の一言。
否定しない。
それだけで。
張り詰めた空気が少し緩む。
「だが」
「正しさが二つあれば、ぶつかる」
全員が頷く。
事実だからだ。
「ならば」
「無理に一つにするな」
少し間を置く。
「分けろ」
「……分ける?」
誰かが聞く。
「水は水で決める」
「食料は食料で決める」
「それぞれで責任を持て」
白峰が反応する。
「セクション化……」
「そうだ」
黒崎 恒一は頷く。
「全部を一つにまとめようとするから崩れる」
「役割ごとに任せろ」
言葉は少ない。
でも。
的確だった。
すぐに理解が広がる。
「……なるほど」
さっき言い合っていた人たちも納得する。
無理がない。
現実的だ。
「もう一つある」
再び、全員が見る。
「決める人間を絞れ」
「全員で決めるな」
「時間がかかる」
現場を知っている言葉。
白峰が言う。
「代表制」
「そうだ」
黒崎 恒一は静かに答える。
「信頼できる者に任せろ」
「責任も持たせろ」
その一言。
重い。
でも。
納得できる。
押し付けじゃない。
経験から来る説得力。
それがあった。
「……やるか」
自然に動き出す。
人が。
今までと違う。
まとまりがある。
方向がある。
組織になり始める。
悠真はそれを見ていた。
そして気づく。
自分たちは。
戦うことはできる。
でも。
“回すこと”は。
この人たちには敵わない。
そして。
黒崎 恒一。
その背中。
小さい。
でも。
圧がある。
支えている。
この場を。
全部。
「……じいちゃん」
小さく呟く。
黒崎 恒一は振り返らない。
ただ。
少しだけ笑う。
「年寄りの仕事だ」
それだけ。
でも。
十分だった。
この拠点は変わる。
次の段階へ。
人の集まりから。
組織へ。
そして。
それを支えるのは。
力じゃない。
知恵だった。
強さだけでは守れない。
だが。
知恵があれば、続けられる。
それを。
全員が理解した瞬間だった。




