第447話「最後の朝」
朝の光が、神城家の縁側を静かに照らしていた。
夏になったとは思えないほど涼しい風が庭を抜け、風鈴が一度だけ澄んだ音を鳴らす。
悠真は縁側に腰を下ろし、湯気の立つ湯呑みを両手で包んでいた。
遠くでは鍬を担いだ人たちが畑へ向かい、子どもたちは朝露の残る庭を走り回っている。
誰かが笑い、誰かが挨拶を交わし、誰かが壊れた柵を直している。
その景色は、特別ではない。
だからこそ尊かった。
空を見上げれば、白影は今日も静かに浮かんでいる。
世界病は終わっていない。
隔離された世界も変わらない。
それでも人は、朝になると目を覚まし、ご飯を食べ、今日やるべきことへ向かう。
「お兄ちゃん。」
振り返ると、ぴーちゃんが眠そうに目をこすりながら縁側へやって来た。
「おはよう。」
悠真は笑って隣を軽く叩く。
ぴーちゃんは嬉しそうに座り、二人で庭を眺めた。
「きょうも、おそと、にぎやか。」
「ああ。」
短い返事だった。
だが、その一言には十分な想いが込められていた。
戦いのためではない。
誰かを倒すためでもない。
この朝を迎えるために、自分たちはここまで歩いてきた。
やがて台所から味噌汁の香りが流れてくる。
「悠真、ご飯できたわよ。」
美月の声だった。
「行こうか。」
「うん!」
ぴーちゃんが小さな手で悠真の手を握る。
二人はゆっくりと立ち上がり、家の中へ戻っていった。
いつもの朝。
いつもの神城家。
その当たり前を守ることこそが、彼らの歩み続けた答えだった。
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