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1-4 衝突! スリッパと母とカロと叔父

挿絵(By みてみん)


 骨喰家。

 マンションの一室。カードキーの音が廊下に響き、静かに扉が開く。

 

「……よし」


 そう言って抜き足差し足で入ってくるのは、カロだった。


 カロはゆっくりと扉を閉め、連れている少女に玄関で待つ酔う手で指示を出すと、リビングを覗く。


 カロは、母に少女の存在をばれたくなかった。


 母は、叔父のことをよく思っていなかった。

 だから、少女の存在に気づかれ、何かが母の癇に障り、自分が不在のうちに魔術の道具を捨て去られるなんてことがあるかもしれない。

 それに単に、土人形とはいえ少女を部屋に泊めているということ自体、なんだか母にはバレたくなかった。


 幸いカロの家は3LDKのマンションだったから、リビングを抜ければ自分の部屋はすぐそこだった。


 そして、いま家にいるのは母だけで、その母はリビングにいる。


 リビングと廊下を区切る、スライドドアは開かれている。

 その2メートルあるかないかくらいの幅を、カロは息も足音も殺して駆け抜けようとした。――――が、その時。


 ――――ダンッ! 


 目の前の壁に、勢い良く叩きつけられたスリッパ。

 その人の頭を叩き潰しかねない衝撃に、カロは瞬間的に肩をすくめて体を硬直させていた。


「っ、くりしたぁ……」


 ギギギッと首の力が抜けないまま、リビングのほうに顔をやる。

 と、鋭い目つきで、母がそう声を漏らした。


 しかし、それもすぐに解かれると、今度は呆れたような声で、 


「また音殺して入ってきて……。やめなさい、カロ!」


 と、靴下を脱ぎっぱなしにした子供を叱るかのように言った。


「まず帰ってきたら、ただいまでしょ! 手、洗ったの!? うがいは!?」


「……ぅ、ぁっ、わ、分かってる! 今やろうと……」


「分かってるなら、さっさとやりなさい!」


「うっせ――――」


 しかし、カロはそう言いかけて気がついた。これはチャンスだと。


 カロは、玄関で待ちぼうけをくらている少女にチラッと視線をやると、背中で手を隠して「俺が引きつけるから、そのうちに行け」とジェスチャーする。

 少女はそれを見て、初めこそいつものように首を傾げた。

 が、意図に気がついたのかそれからすぐにコクコクと頷いてみせた。


(よし……)


 カロは両足にグッと力を入れると、スリッパを拾ってリビングの中に入っていく。


「そ、それよりさ、なんか飲み物ないの? お茶とか」


「その前に……」


「分かってる。そこで洗ってもいいでしょ」


 そう言って、カロはリビングの洗い場を指差す。

 と、母はやや不満げに「もう……」と溢してコップを取り出し、冷蔵庫を開いた。

 その間、リビングは完全に死角だった。


(――――今だ!)


 カロ、扉のほうを振り返る。


 が、しかし、次の瞬間――――視界の中には、自分が逃がそうとしていた少女の顔が大きく映し出された。


「――――でえええええええええっ!?」


 カロは、思わず叫ぶ。


 なんと、少女は先に扉を通過したのではなく、音を殺してわざわざ洗い場の前に立っていたのだ。


「……あ」


 カロは遅れて、咄嗟に叫んでしまったことを自覚する。

 そして、スローに流れていく世界の中で、母が鬼神ような眼光で振り返ろうとした――――その時だった。


 ドクンッ――――カロの左目が熱を纏って、赤く光を放つ。


 そして、その光が母の瞳を捉えた。


「……ッ、ぁッ!!」


 すると、次の瞬間、母は手の前でポンと手を合わせて、


「なんだ、シズクちゃんじゃない!」


 と、カロが友達を連れてきたかのように笑顔になる。


「――――え?」


「玉砂シズクちゃんでしょ? ほいら、ご飯も水もいらない、カロの同居人の」


 左目を押さえながら、カロが顔を上げる。


 パチッと合った母の目は、今朝の松永と同じ様に生気を感じさせなかった。

 説明にはどうにも違和感があるのに、それに気づかせない力が働いているみたいだ。


 それから、母はすぐにハッとして、


「ああ、飲み物よね! お茶でいい?」


 と、カロに尋ねる。

 が、カロは呆然としたままだった。


「はい、カロ」


 お茶を手渡されると、カロはとりあえずそれを受け取る。


「……どうも」


「どうも、じゃなくて、あ・り・が・と・う!」


「はいはい」


 結局、カロの誘導や作戦は、骨折り損のくたびれ儲けといった感じだった。


 カロはそれから少女を連れてリビングから出ようとする。


 と、その去り際、母が言った。


「そういえば、塾から連絡あったわよ。またサボったって」


「その、忙しくて……」


「いい加減、真面目に向き合いなさい。高校2年生の今からやっておかないと、置いていかれるわよ。今ですら少し遅いくらいなのに。何かなりたいものとかないの?」


「……ない」


「ねえ、もしかしてまだ魔術なんてものやってるんじゃないでしょうね。辞めるって約束したよね」


「……」


「……これも、あの人のせいね。はぁ、本当、悪い影響しか与えないだから」


「――――っ! 悪く言うなよ……!! ヒュウガさんのこと!」


「悪く言うわよ! 子供のあなたに、魔術だなんて言って変なこと教えて。

 そのせいであなた友達もできなくって。

 勉強もそっちのけで魔術の本ずーっと読んで。

 あのね、子供のころ受けた影響って、本当に大きいんだから」


「……いるし! 友達くらい! 

 勉強だって、別に赤点取ってないんだからいいじゃん! 

 それに、ヒュウガさんは……!」


「ヒュウガさんは、何?」


 その冷たい母の視線に、何を言っても無駄だと悟る。


 カロは「……いや、なんでもない」と、自分の部屋に戻った。

ここまで読んでくださりありがとうございました!


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