1-3 相性は最悪
「……隣かよ」
教室の窓際の席の1つ隣、前から4番目。――――そこが、カロの席だった。
そして、隣の席は『田淵』という名前の女子だったはず。
しかし、今、そこにはカロが連れてきた少女――――玉砂シズクが座っていた。
朝、とりあえず教室までやって来ると、『田淵』の席は1つ後ろに下げられており、その列の最後尾には机が1つ足されていた。
6列×6席の36人が綺麗に並ぶ正方形。
その形が今、シズクの存在によって、変に出っ張った形になっていた。
それは、まるで今まで過ごしてきた時間など関係なく、玉砂シズクという少女を受け入れるために世界全体がズラされたみたいだった。
カロにとって、隣にこの少女がいるということは好ましいことではなかった。
この形見のように押し付けられた存在は、どんな代物で何をしでかすか分からないし、自分よりも叔父から大切にされていたようだし――――けれど、最も嫌だったのは、この席を目にした瞬間にそれが玉砂シズクのものだと直感的に理解できてしまったことだった。
それは、つまり自分も叔父の術中にいるということ。
自分も、この少女のために操られているかもしれないことが気味悪かった。なにより、そんな叔父を嫌いになりそうだった。
授業が始まっても、誰も少女の存在に何かを言うことはなかったし、先生が少女に触れることも、授業中に解答を要求することもなかった。
そして、肝心の少女は何を考えているのか、授業の間もただ席に座ってゆらゆらと揺れているだけだった。
▼ ▼ ▼ ▼
4時間目を終えて、昼休みになる。――――と、教室のどこからか、
「ねえ、松永くん、事故ったって聞いたけど大丈夫だったの?」
と、聞こえてきた。
声の方を向くと、女子数人が松永――――朝、カロに声をかけたけ褐色肌の男を囲っていた。
「……ん? ああ、そんなこともあったな。でも、1ヶ月も寝てたから」
「あれ、事故って2週間前じゃ」
「ああ、そうだっけ。事故で記憶飛んじまってて」
「やばいじゃん! 何かあったら言ってね!」
そのうち、その小さな集団は段々と男女問わず巻き込んでいって、大きなグループになる。――――が、カロはそれに加わるどころか、そんなことには目もくれずカバンを持って真っ先に席を立った。
立ち入り禁止のバーを飛び越えて階段を駆け上がる。
と、カロは階段の手すりの影に隠れて、鎖付きの古びた魔導書をカバンから取り出し、めくり始めた。
ここは誰もやって来ない、カロのお気に入りの場所だった。
カロが探していたのは、“土人形“の魔術が記されたページだった。
「土人形の魔術。素材には――――人間の死肉!? と、魔法水で練った土、コウモリの……。あいつが驚いた時に飛び散ったのは、これか……」
カロは該当するページを指で追い、ぶつぶつとそう呟く。――――と、とあるところでピタッと指を止めた。
「……あった! 土人形の主な動力は、魔石、あるいは術者による継続的な魔力供給。供給さえあれば、土人形として一度形を成した皮膚片は、何度でも元の形に戻る……」
魔石――――魔力の込められた石。魔術における、電池のようなもの。
(だけど、そんなもの、あの女が犬に吠えられ弾けた時には見当たらなかった。……なら、継続的な魔力供給? けど、どこから……)
それとも、箱から現れた時に見えたあの赤い玉が魔石なのだろうか。
だとするなら、自分の持っているものとはずいぶん違う気もするけれど。
そんなことを考えていると、カロの鼻をそよっとした柔らかのものがくすぐる。と、次の瞬間、
「――――ヘップシッ!!」
と、カロは不意にくしゃみをして頭を振った直後、
――――ガチンッ!!
と、遅れて奥歯さえ砕いてしまいそうな衝撃が、一瞬にしてカロのおでこから首に広がった。
「~~~~っ!!」
カロは咄嗟に魔導書を手放してのけ反り、熱くなったおでこを抑えて、隙間から何が起きたかを覗く。
そこにあったのは――――薄紫色の後頭部だった。
「てめえ! 何すんだ!!」
どうやらいつの間にかやってきていた少女が、カロの横から無理やり魔導書を覗こうとした際に、その髪がいたずらにカロの鼻をくすぐったようだ。
曲げていたカロの膝と魔導書との間に寝そべるように体を差し込んでいた少女は、何があったのか分からないといった様子でカロが手放してしまった魔導書を拾い、それを差し出してくる。この衝撃を喰らっていて無傷なのは、さすが土人形といったところだろうか。
「……俺はよ、ヒュウガさんに感謝してるんだ。友達いなくて1人だった俺に魔術を教えてくれた人で、俺の恩人でもある。それに、お前を俺に預けた理由もなんとなく分かるよ。あの人の周りで魔術を使えるのは、俺ぐらいだったからな」
しかし、カロはそんな微塵の反省もない様子に苛立ったのか、乱雑に魔導書を取り返すと、
「――――でも、だからってつきっきりでお前を世話する義理はねえ。いいか、学校ではついてくんな。迷惑なんだよ。俺は独りでいたいんだ。お前は大人しく、席で待っとけ!」
と、思わず怒鳴りつけた。
その直後――――カロは、すぐさまやってしまったと直感した。
人に感情をぶつけるのは初めてだったからか、怒りのほかにそこには叔父に大切にされていた少女に対する身勝手な嫉妬も混ざっていたからか。ともかく、全身を流れる冷や汗がそう感じさせた。
「ぁ……」
そうカロが言葉を探して声を漏らすと、少女はカロをじっと見つめた後、静かに階段を下っていってしまう。
その背中を見つめていると、声にならない罪悪感がカロを襲う。
「……痛え」
カロは伸ばしかけた手を爪が食い込むほど握り込み、自分の左目の上に打ちつけた。
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