8-6 消された記憶
それから時間が経過して、古新聞の入ったアンジーがくれた紙袋を手に良月が家の扉を開ける。
と、一行は外に出て、その最後にアンジーが飛鳥に謝った。
「ごめんなさい。あの紅茶に入れた砂糖、本当は睡眠薬だったの。眠らせた後で、全員やっちゃおうって……」
その申し訳なさそうな表情を見ると、飛鳥はニヤッと笑って、
「問題ありませんわ。あたくしたち魔術士は、出されたものは飲むなと教わっていますから」
と、答える。そして、
「だから、次は友人として、紅茶を振る舞ってくださいませ」
と、言った。
そうしてようやく笑顔になる、アンジー。
それから扉を閉めて別れを告げ、少しだけ歩くと、角を何度か曲がって一行はアンジーの家の裏手にたどり着く。と、一行は足を止めた。
「さて……。設置は終わりまして?」
そこで、飛鳥が全体に向かって尋ねる。
「ええ。アンジーさんの家の四隅に魔術布を設置する、でしたよね」
良月に続いて頷く、カロ、シズク、アザミ。が、その顔はどれも納得していないようだった。
アンジーの家のほうを振り返る、飛鳥。
その背中に、良月が言った。
「本当に、消してしまうんですか? 記憶」
「ええ」
すると、そんな飛鳥に良月は続けて、
「……確かに、記憶を消すのは心の治療になるかもしれない! 飛鳥2等とのやりとりだって、危険ではありました。けど、それは彼女の人生から大切なものを奪ってしまうことになるんじゃないでしょうか!」
と、噛みついた。
しかし、それに対し飛鳥は、
「な、何を勘違いしてますの? 消したのは、魔術に関する記憶の方ですわよ?」
と、呆れたような目を向けた。
「え?」
「そもそも消すだなんて思っていませんわ。そうしたら、彼女らに関わったもの全てからご主人の記憶を消さなくてはならないじゃありませんの」
それから飛鳥は、
「《魔術:付与》《魔術:強化》――――《舞文曲筆》――――《魔術:付与》《魔術:障壁》――――《舞文曲筆》」
と、以前、カロの母親が記憶を消された時に唱えられた魔術を唱える。
そして、全てを終えると、パンパンと裾を払って、
「きっとアンジーさんは、あたくしたちとはお爺さんのことで揉めたが、和解したと思い込んでいるはずですわ」
と、言った。
「良かった……。すみません。自分、誤解してました。魔術のことに関しては、特魔の規則ですもんね」
良月が安心したような顔でアンジーの家を見つめながら呟くと、
「というか、むしろこれはアンジーさんのためでもあるのですよ」
と、飛鳥は返す。
「アンジーさんのため?」
「魔術に関する記憶を消さなかったら、きっとその術がないとしても、彼女はこれからをお爺さんが生き返る魔術を探すことに捧げてしまうでしょう。それでどうなるか。どこに行き着くのか。あたくしたちは、痛いほど知っているはずですわ」
そう言って、飛鳥はカロの方を見る。と、カロの胸からは、アイポニー《の悪魔》とサラ《の悪魔》が現れて、
「あの人、あたしたちのことを見てるわね。うふふ」
「アイ、気に入らないな。ああいう人間……」
と、カロに纏わりつきながら言った。
カロも、瞼をグッと落として飛鳥を睨み返す。
カロと飛鳥、2人の視線がぶつかった。
そして、次の瞬間、カロはふらふらと左右に揺れ始め――――それに飛鳥が身構えた時だった。
バタン――――カロは、その場に倒れた。
アザミがそのそばに寄って、息を確かめると一言。
「ね、寝てる……!」
その報告に、思わず飛鳥が、
「へ……?」
と、情けない返事をした。
すると、シズクが、
「そういえば、カロ。紅茶飲んでた」
と、補足する。
それを聞いて、一同はアンジーの家でのカロの行動を思い返すと、
「ほ、本当にこの人、骨喰家の魔術士なんですの……!?」
と、飛鳥がその寝顔を見て、顔を引き攣らせた。
カロの寝顔は、まるでまだ何も知らない子供のようだった。
▼ ▼ ▼ ▼
アンジーの家でのひと悶着の後、一行がアラン諸島に戻る道中。
最後尾で、良月がカロを背負って歩くその先頭では、飛鳥の電話の先で文壱が、
「これは……。薬の売買か? いや、うーん……。憶測の域を出ませんね」
と、頭を悩ませていた。
文壱を悩ませていたのは、古新聞の広告だった。
× × × × ×
『好評につき、再入荷。薬草香る爽やかな酒。《ハチトラ:5年》、1本5万円から』
『バルファスト観光にうってつけ。港町で生まれた新進気鋭の2種の酒が当店の棚に追加されました。女性からも大人気』
『探しに探した伝説の酒、《空の宝珠》。興味のある方は、ぜひ“ティル・ナ・ノーグ”まで』
『日本からやってきた噂の名酒。《津々貫之:5年》。興味のある方は、ぜひ“ティル・ナ・ノーグ”まで』
『この地方の遺跡に伝承に出てくる、秘密の酒。その魅力は、嘘か真か。一度寄って話と共にその情景に想いを馳せてみては、ぜひ“ティル・ナ・ノーグ“まで』
『好評につき、新たに日本から2種の酒を入荷! 興味のある方は、ぜひ“ティル・ナ・ノーグ”まで』
× × × × ×
広告が載っていない回もあり、主だったものはこれらだけだった。
サンプルの少なさから頭を悩ませる、文壱。
「空の“宝珠“というワードも出てきてはいますが……。せめて、“デュラハン”から指令を受けたことがある人がいれば」
すると、そこで、
「……あ!」
と、何かを思いついたように言った。
「あの、初日に絡んできた情報屋! 彼、“デュラハン”が僕らのことを探しているのを知っていましたよね」
そう言われて、寝ているカロを除く4人が空を見上げる。
その頭の中には、パレードの行われる最中で初めて濃霧に包まれる直前、浮浪者のような男に絡まれた光景が浮かんできた。
「ああ!」
一斉に声を上げる、4人。
しかし、1つの疑問が解決すると、また別の疑問がやってくる。
「でも、どうやってその男を捕まえますの? “デュラハン”は半壊していますし、あの人に繋がるようなものは何もないように思えますわ……」
飛鳥の言葉に、3人は「……確かに」と肩を落とす。と、良月が、
「じゃあ、やっぱり芭月幹部の方を待つしかありませんね」
と、言った。
そして、続けて、
「ところで、芭月幹部は何を?」
と、アザミに問うと、アザミは、
「ロンドン支部に行って、この辺りで起こった過去の黒魔術や禁書に関する事件の記録を漁ってるらしい」
と、答えた。
「ほほぉ、幹部特権ってやつですね」
そう反応する、良月。
そんな2人の前を行く飛鳥は、
「……結局、進展は軽微でしたわね」
と、隣に並ぶシズクにしか聞こえない声でぼそりと呟いた。
すると、そこへ電話がかかってくる。
それはビデオ通話で、ブルースからだった。
「ブルース?」
飛鳥がその電話に出ると、シズクも一緒に覗き込む。と、そのブルースの第一声は、
「なあ。こいつ、お前らの知り合いか?」
というものだった。
「あ……」
思わずそう溢す、シズクと飛鳥。
すると、画面の向こうでも、
「あー!!」
と、声が上がる。
そこに映っていたのは、さっきの話にも出た――――浮浪者のような男だった。
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