神の騎士団 参
路地の奥、軋んだ看板が風に揺れていた。
『古美術と骨董 アンドラス商会』――しかし店の中に骨董品らしき高級品の姿は無く、埃を被った壺や割れた書簡箱、半ば腐った獣骨の置物などが所狭しと積まれている。
「……これが盗賊ギルド?」
リーファが首を傾げた。肩の剣が小さく軋む。
「表向きはな。父上が昔から情報収集に使ってた。俺も何度か出入りしてる」
ギルは肩をすくめるように言い、慣れた手つきでカウンターの奥へ回った。店主らしき老人は無言で新聞を読んでいる。
「……おい、バラナス。ハワード家の坊が来たって伝えてくれ」
ギルの言葉に、老人はわずかに眉を上げると、無言で床の棚をずらした。
重い音と共に、そこに現れたのは――鉄製の階段だった。
「ほら、こっちだ。……あんまりいい匂いはしないぞ?」
ギルが先に降り、続いて健二、リーファが足音を忍ばせて地下へ降りていく。
石造りの通路は細く、壁には苔が生え、何重もの錠前がかけられた鉄扉が奥にある。
ギルが合言葉のようなものを口にすると、扉の覗き窓がガチャリと開き、鋭い目つきの男が三人を見下ろした。
「……なんだ、また貴族坊ちゃんかよ。お前が来るときは碌な話じゃねぇ」
「安心しろ。今日も碌でもない話だ」
ギルは皮肉げに笑い、扉の向こうから鎖の音と共に解錠の音が続いた。
扉が開くと、地下に広がっていたのは――
薄暗い中に張り巡らされた綱と布の仕切り、獣の皮と鉄の棚に囲まれた空間。
煙草と油と酒の混ざった空気が満ち、カードに興じる者、地図を囲んで唸る者、そして金を数える者。
盗賊ギルド――地下の情報と非合法の取引を牛耳る者たちの、真の顔だった。
「……こりゃまた随分と賑やかだな」
健二が苦笑すると、リーファが小声で言う。
「私、こういう所は……ちょっと苦手かも」
「気をつけとけ。触られたら手首ごと落としていい。ここじゃそれが礼儀だ」
ギルの口調は冗談とも本気ともつかない。
「情報屋の“狐目”って奴がいる。そいつに、神の騎士団と女神信仰絡みの噂を聞いてみよう。
あいつ、金さえ積めば王家の寝所の話でも喋るからな」
「金ならある。使えるだけ使おう。今は情報が命だ」
健二の言葉に、ギルが頷き、三人はギルドの奥へと足を踏み入れていった。
だがその背後で、カウンターにいた老人――“バラナス”が、小さく呟いた。
「……ついに、動き出したか」
その目は、ギルたちの背を見据えながら、どこか遠くを見ているようだった――。
案内された部屋は、ギルドの喧騒とは別世界だった。
薄暗い空間に、帳のように吊るされた布が数重。部屋というより、異質な巣穴のような印象すらある。
小さな香炉からは獣脂と草の匂いが立ちのぼり、脳に微かに刺さるような刺激がある。
「――来たか、坊っちゃん。二年ぶりか?」
奥から現れたのは、白髪混じりの狐顔の男。
目尻が鋭く吊り上がり、ひょろりと長い体躯に、幾重にも革紐を巻いた外套を羽織っている。
その目が、健二とリーファに向けられた瞬間――何かを値踏みするような薄ら笑いが浮かんだ。
「ほぉ……こっちの二人が“噂”の張本人ってわけだ」
「……余計な詮索はやめとけ、狐目。情報だけでいい」
ギルが釘を刺す。狐目は肩をすくめ、テーブルについた。
「いいさ、俺は話すだけ。詮索しない。信じるかどうかはそっち次第だ」
健二が袋を取り出し、音を立てて金貨を置いた。
「――神の騎士団。知ってる限りの情報をくれ」
狐目は金貨の袋を指で押しつぶすように確かめると、満足げに頷いた。
「……あれは、教団というより“粛清部隊”だ。表向きは神殿の聖騎士団を名乗っているが、実態は違う。
“異教徒”“異端者”“魔族との混血”――奴らの基準で不浄とされた者は、すべて抹殺対象になる」
「昔の僧兵か」とギルが呟く。
「まさにその通り。連中は教義を盾に、支配地を拡げてる。最近じゃ、辺境の村が神の名のもとに燃やされた例もある。
魔族の血を引いてるという噂だけで、女も子どもも焼かれた」
「……そんな連中が、リーファを狙ってる」
健二の声に、狐目の目が細くなった。
「狙われて当然だろうさ。あの娘、“女神の落とし子”だろ?」
リーファの目が見開かれる。ギルは剣に手をかけかけた。
「待て」と健二が制す。
「……それ以上は言うな。どうやってそれを知った?」
「知らない方が不自然ってもんさ。俺の耳は神殿より広いぞ? だが安心しろ。俺は喋らない。ただの噂話だ」
狐目はわざとらしく口に指を当てて笑った。
「……奴らの本拠地は、神殿ではない。王都にも支部はあるが、連中の幹部は流動的だ。
“神の声を聞く者”と呼ばれる存在が本部にいるらしいが……場所は誰も知らない。司祭ですらな」
「神の声……?」
リーファが小さく呟くと、狐目がぽつりと続けた。
「“神託”と称して、子供をさらうという噂もある。女神の力を持つ者を探してるのかもしれん。
あるいは……似た者を作ろうとしてるのかもな」
健二の拳が、無意識に握られた。
「……十分だ。礼を言う」
「気をつけな、剣士さん。神の名を掲げる奴ほど、悪魔じみてるからな」
狐目の最後の言葉が、背中に刺さるようだった。
健二たちは沈黙のまま、ギルドの薄暗い廊下を引き返していく。
地下から地上に戻ると、昼の陽光が眩しくも思えた。
「……“神の声”か。洒落にならんな」
ギルが呟いた。
リーファは帽子を深く被り、言った。
「……私を狙ってるってことは、きっと“女神”も何かを恐れてる。
健二、どうする? それでも私は前に進みたい」
健二は短く頷いた。
「決まってるさ。最後まで付き合う。俺たちは、もう途中で降りられないんだからな」
風が吹き抜け、王都の喧騒の中、三人は再び歩き出した。




