ループしていた行動
2026/03/11
執筆
思考力が散漫になり、あらゆる感覚が鈍り、何かが違う…という違和感を感じる時に、痛みを必要とした時がありました。
痛みを感じる一瞬、現実感が戻り正気になれる気がしたんです。
壁に頭突きをかまし、拳で壁や洗濯機を殴り、手や足を紅葉形に赤くなるほど、色々な場所が鬱血するほど、都度、自分を取り戻そうと足掻きました。
傍から見たなら、正気の沙汰じゃないでしょう。
それも理解できていましたが、それ以上に自分を喪うわけにいかないえもいわぬ恐怖が勝りました。
何とかしなければ、という焦燥感は、かろうじて残っていました。
その焦燥感が、行動を起こさせていました。
でも結局、拭い切れない違和感、薄いセロハンを重ね続ける様に、現実が音もなくゆっくり遠ざかるのを止められはしなかったんです。
深く眠れず、食欲も食事をする意識も遠ざかり、身体の反応に苦痛を伴わなくなり、ある朝には、仕事に行くという事も上手く判断が出来ない自分が居ました。
かろうじて仕事をできる状態じゃないと、連絡を入れましたが、人がいないからと一蹴され、行かなければ…と支度をし、出勤前に実家に寄り、話しをしました。
その時に家族が思考の補助、判断を代わりにしてくれ、事なきを得ましたが、あのまま仕事を続けていたなら、何かしらの事故にはあったでしょう。
通勤時すら、マトモな判断が出来ず事故を起こしていた可能性もあるほどでした。
自分が自分じゃ居られない感覚は、誰も経験しない方がいい。
それでも、その経験をしている人は、おそらくごまんといるでしょう。
そして、誰も何が悪く、何が正しいという正確な答えを知らないんです。
方程式にしてしまえるような、明確な指標は誰も見つけておらず、教本は何処にもない。
対症療法、薬物療法、カウンセリングも、本人の中に答えを見つけられなければ、焼け石に水です。
そして本人が見つけたくても、周りが見つけさせたくても、指標が無いから、結局同じ場所をぐるぐると回ります。
思考のループにハマり込んだ私が、誰に尋ねても、自分にとっての答えに行き着ける言葉やアドバイスが貰えずに、此処に至った様に。
助けを求めても、求めた先に答えがない絶望の中で、息が出来ずに喘ぐように生き長らえているんです。
医療を批判したいわけではありません。
全て間違っているとは言いません。
体験した私の見えた現状の話しです。
精神的なものは、目視確認が出来ません。
見る目がある人にしか、見えないんです。
でも、見る目がある人は、足掻いている最中で、自分の答えにすら辿り着けていないのが、現実です。
2026/03/11 05:29
加筆、修正




