出合い
ここまでは碌なことをしてこなかった。
俺はどうしようもない人間だ。
でも、やり直すんだ。
名前を捨てて、仲間を捨てて、地位を捨てて、ゼロから始めよう。
その為に俺はこの街へ来た。
一日働いて、僅かな金銭をもらう生活は大変だが、それでも自分で稼いだ金だ。
この金で生きることが俺の新しい人生の第一歩だ。
「…………ん?」
買い物を終え、帰ろうとした矢先、雨が降って来た。
このままだとせっかく買った物が濡れて駄目になってしまう。
雨宿りが出来る場所を探すとすぐに閉まっている商店を見つけた。
俺は商店の屋根の下へ逃げ込んだ。
すると直後に雨が強くなる。
「危なかったな」
荷物を一旦、雨に濡れないところへ置く。
そして、ポケットから煙草を取り出し、口に銜えて火を付けた。
雨は夕立だ。
すぐにやむだろう。
それに閉まっている商店を見つけられたのは運が良かった。
ここなら文句は言われない。
そう思っていたのに突然、商店の小窓の一つが空いた。
俺は店先で煙草を吸っていたことを怒られると思い、慌てて火を消そうとしたが、
「待って、待って! 別に怒らないからさ!」
明るい女性の声が聞こえた。
見ると十代半ばくらいの少女が顔を覗かせている。
「すいません、店の人ですか? 雨が上がるまでいても良いですか?」
俺の言葉に少女は笑う。
「あはは、別に良いよ。今日は店閉まっているし、それに私は店の人じゃなくて売り物だから、別に何も言わないよ」
俺が「売り物?」と尋ねると少女は「これ」と首枷を見せてくれた。
今更だが、ここがなんの店かを確認し、『奴隷売買店』と書かれた看板が目に入った。
「あっ、えっと、そうなんですね…………」
俺は何と言えばいいか分からなくなった。
すると少女はまた笑う。
「あははは、そんな気を使わなくても良いよ。別に奴隷だからってご飯が貰えないとか、不衛生な場所で暮らさなきゃとか、体罰を受けているとかはないからさ!」
そういう少女の顔色や髪の毛の艶は確かに良い。
「汚い奴隷は高く売れないから、この店主さんは奴隷をきちんと管理してくれているんだよ。小窓だけど、こうやって好きな時に外を見れるようにしてくれているしさ。それに私って顔と体がいいから個室をもらって、こうやって店頭に並べてもらっているんだよ。今度、開店している時に来てよ。私の全体を見せてあげる」
少女は奴隷とは思えないほど明るかった。
「変な奴だな」
「ちょっと初めの感想がそれってどうよ。それにさっきまで敬語で話していたのにもう友達感覚?」
「君が距離を詰めて来たからだ」
「ふ~~ん、おじさん、名前は?」
「ブラックだ。それから俺はおじさんじゃない。まだ二十二だ」
「二十二歳!?」
少女は小窓に張り付いて、俺の顔を確認する。
「噓でしょ? 十歳くらい、歳を誤魔化していない?」
「失礼だな。こんなことで嘘は言わない」
「結構、カッコイイおじさんだと思ってた」
「カッコイイ、というところだけ聞いておこう。君、名前は?」
「アステルだよ。なに? おじさん、私を買ってくれるの?」
「生憎、奴隷を買えるような金はない。それから次におじさんって言ったら、怒るからな」
「な~~んだ、残念。おじさん……じゃなかった。ブラックさんは真面目で優しそうだし、買われたら、幸せになれそうだったのになぁ」
「なんで会って、数分で俺が真面目で優しいなんて思うんだ。世間知らず過ぎるな」
俺が言うとアステルはクスリと笑う。
「私がブラックさんを真面目で優しそうだと思った理由は三つ。そんなに服が汚くなるまで一生懸命働いているところ、外で飲食をせずにそうやって食材を買っているところ、それに私と話す時に煙草を消してくれたところ」
アステルの言葉を聞いて、今度は俺が笑った。
「そんなことで俺を真面目で優しいか?」
「あっ、馬鹿にしているね。これでも私、人間観察には自信があるんだよ。だって、毎日、ここを通る人たちを見ているから。色んな視線があるよ。哀れむ視線とか、欲望に塗れた視線とかさ。だから、人の感情には敏感なんだ」
「…………そういうものなのか?」
「そういうものなの。ねぇ、ブラックさん、煙草、一本くれる?」
「別に構わないが……」
俺が煙草を渡すとアステルはそれを咥えて、小窓から先端を出したのでマッチで火を付けてやる。
するとアステルは煙草を勢いよく吸い込む。
「ゲホッ! ゲホッ! 煙草ってこんなに苦しいの!?」
そして、すぐに咽た。
「なんだ、吸ったことがあるわけじゃないのか?」
「街の人たちが吸っているから、気になったの。うぇ~~、気持ち悪い。こんなのを吸うなんて、意味が分からないよ」
「まぁ、煙草は大人の味だからな」
「私と歳、二つしか違わないじゃん。あっ、さすがに私の方が年下だよ」
「そうなのか。じゃあ、二十歳? もっと若いと思っていた。もしかして、売れ残り?」
言った瞬間、アステルはガン、と小窓を叩いた。
「この窓があったことに感謝するんだね。無かったら、顔面を殴っていたよ」
可愛らしい顔の割には結構、凶暴だな。
「顔だけしか見ていないから、幼く見えたんだよ」
「う~~ん、確かに私って童顔かな」
アステルは溜息をつく。
「私がここに来たの半年くらい前だったんだけど、まさかこんな人生が待っているなんて思わなかったよ」
アステルの雰囲気が変わった。
悲しそうな声で言う。
何となくだが、話を聞いて欲しいのだと思った。
「奴隷になった理由を聞いても大丈夫?」
確認を込めて、俺が尋ねると、
「父親がね、仕事で失敗して自殺しちゃった。それでお母さんは出て行っちゃって、逃げ遅れた私は借金を返す為にここへ売られちゃったの。あんまり面白くない、よくある話でしょ?」
「確かにつまらない理由だな。そんな理由で人生を台無しにするなんて馬鹿馬鹿しい。君は何も悪くないじゃないか?」
「ブラックさんはやっぱり優しいね。じゃあさ、哀れな私を買ってくれない?」
「さっきも言ったけど、君を買える金が無い」
「そうだったね、あはは。あ~~あ、裕福じゃなくてもいいから、私を大切に扱ってくれる人に買われたいな~~。そうすれば、人生台無し、なんて思わなくなるかもしれないし」
何だか、アステルはまだ俺に自分自身を購入を勧めているようだった。
話している内に雨が止んだ。
「じゃあな、俺はもう行くよ」
これ以上、アステルに関わっていると情が移りそうだ。
「ブラックさん、明日はお店、やっているよ。もし良かったら、私を見に来てね。私の体を見たら、買いたくなって今以上に働くかもよ?」
「奴隷を買う為、俺に労働奴隷になれってか」
「その言い方、面白いね。奴隷の買う為に奴隷になるわけだね」
「なんで、アステルを買うことが決まっているんだ。俺は君を買わない」
「まぁまぁ、一回見てみなよ。それに買う気が無くてもブラックさんとはこうやって話をしたいからさ。私に話しかけて来る外の人って碌な奴がいないの。私を買ったらこういうことをしたい、とか言うエロおやじとか、君がここに来たのは君にも原因がある、とか言ってくる説教おやじとか」
「それは嫌すぎるな」
「だからさ、私の精神の安定の為にもまた来てよ」
「…………考えておくよ」
とは言ったものの俺はもうここへ来るつもりは無かった。
買う気のない奴隷に会ったって碌な結末にはならないだろう。
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