第二話
「というわけで、聖剣持ってきた。ミルちゃんいる?」
「え、その前に失われてたのでは!?」
「ずっと皇国にあったよ。これ、もしかして返してきた方が良い? もともとどこにあったっけ」
「それは知らないです」
再会した途端に告げられた驚愕の事実に「シャリオスさんち怖い」と呟く。シャリオスは心外そうな顔をしたが、言葉が見つからず反論できなかった。
とにかく聖剣は断った。こんなのをもらったら、盗まれるのが怖くて夜も満足に眠れなくなってしまう。
そう言うとシャリオスは残念そうな顔をする。
「ちょうどいいと思ったんだけどな」
もしかしてお土産を断られたみたいな感覚なのだろうか。
「それより、宿泊場所は決まりましたか? まだでしたら空いてるお部屋を使えないか、お爺ちゃん先生に聞いてきますよ。駄目なら『魔法の部屋』がありますし、私もそこで寝泊まりしてますし」
「……寂しかったんだね」
目を輝かせたミルからそっと視線を外した先。
本来、魔法塔の関係者しか許されない白の塔の図書館の端。まるで最初からあったかのように、『魔法の部屋』が設置されている。
しかし、シャリオスが言いたいのはそこではなく、『魔法の部屋』の隣にあるテーブルに、小さなズリエルとシャリオスに似た手作り人形があった。
「う、だって魔法塔の皆さん、なんだか冷たくて……。食堂でも私の周りだけ人が避けるのですが、理由がわからなくて」
それは跳ねてしまうからだが、ミルは気付いていなかった。
「そうだったんだ……。実は僕も寂しかった」
シャリオスが差し出したのは、ミルとアルブム、そしてズリエルの人形。こちらは枕ほどの大きさだった。
二人と一匹はひしっと抱きしめあい、改めて再会を喜んだ。
禁術のことを、シャリオスもついでに教えてもらえることになった。
白の塔はヘテムルがいるのみで、ほぼ無人。図書館は白の塔内にあり、白の塔はヘテムル以外の魔法使いがいない。光属性持ちの使う場所なので、他の魔法使いは別塔にいるらしい。古くからある白の塔よりも、最近できた他の塔の方が規模も人も大きく設備が充実している。
忘れられた塔と学内では言われているらしい。
二人は一緒に住むことにした。寝具などが揃っている『魔法の部屋』で寝泊まりした方が、出る時も簡単だと言うことになったからだ。
調べ物に付き合ってくれることを感謝すると、シャリオスも「禁術使いには、よく出くわすし」と対処法を知りたいのだと言った。
「ところで、時空魔法の勉強もしてるの?」
「え!? え、ええ。私も使える魔法の幅が増えると今後に役立ちますし。ところで、王都の迷宮はどうでしたか?」
強引な話題転換だがシャリオスは疑問に思わなかったようだ。
「なんかこう……管理されてる感じだった」
これから冒険だぜ! というよりも、さっさと行ってとっとと狩っていけ、という印象なのだという。完全に作業化しているようだ。
「まだ入ったことないのですが、場所によってこんなに違うものなのですか?」
「十二階層で終了らしいし、王都の迷宮は全て王族管理だからかも。一般人が入場規制されてる迷宮は凄く強いモンスターが出て、軍が討伐に当たってるって話だよね。その流れで管理体制が整ってるのかも」
「キュ?」
と、アルブムが尻尾をふりふりしながら、その迷宮のモンスターは美味しいのと聞いてくる。
「どうでしょう? 強い魔物が必ず美味しいわけではないみたいです」
「キュー……」
最近ドーマのご飯が恋しいようだ。
しおれる耳を見た二人は視線を合わせると手持ちの食材を思い浮かべる。
「おやつの時間なら厨房借りられるよね? ドーマのレシピで作れるのないかな」
「そもそもページをめくるのが大変で、中身を確認してないのです」
「見よう」
二人はベキベキとページを広げながら確認した。
「これ作れそうじゃありませんか?」
「作れそうな気がする。七つの材料を集めて混ぜて焼くだけ」
「混ぜるのは得意です」
「頼もしい……!」
お料理初心者の二人は吸い込まれるように王都の商店街へ足を向け、流れるように材料を買い、厨房を借りてケーキを焼いた。
ナバーナのほんのり甘い香りが漂うパウンドケーキを口に入れながら、二人と一匹は満足そうにお腹をさすり、そのまま白の塔へ戻っていく。
「また今度作りましょうね」
「キュア!」
「味見係の元気が一番良い」
「キュフフフ」
漂う甘い香りに誘われた魔法使い達が厨房に「甘味を隠しているだろう」と詰め寄って困らせていたのはあずかり知らぬ事である。
+
「二人とも、どうして連絡をくれないのだ!」
そう言うのは、わざわざ許可証を取って魔法塔にやってきたベルカ。若干涙目で怒っている。
「あ、ベルカさん」
「キュアキュ」
「久しぶりだねー」
「軽いッ」
シャリオスは苦笑しながら本を置き、ベルカを椅子へ招いた。紅茶を出すと一気飲みする。
「ごめん、調べ物が多くて手紙見てなかったんだ」
「そんなことだろうと思って足を運んだのだ! 酷い、寂しいじゃないか!」
「またまた。それで、何の用だった?」
「……なんだか釈然としないが、王城開放日が近くなっているのは知っているだろう? 魔導具も展示されるのだが来ないか聞こうと思ったのだ」
「行くー!」
「うっ」
「うっ」
力強い言葉に、ベルカは椅子の背もたれ限界まで仰け反った。
シャリオスの瞳がきらきらとし、笑顔も眩しい。あまりの輝かしさに目が潰れそうだ。二人は同時に日光を遮るように目元を覆うと顔をそらす。
「……く、私としたことが、また目が眩んでしまった。不覚っ」
「避けられないので諦めたほうが良いと思います」
悟り顔のミルにはっとすると、ベルカは咳払いをして誤魔化す。
「それで、催し物にあわせて依頼をしたいのだが――」
「僕は魔導具を優先するタイプだから」
「うむ、それはわかっている」
「魔導具を優先するタイプ」
「わかっている! 依頼はミル殿にだ。申し訳ないのだが……囮になってもらいたいのだ。最近、子供が攫われる事件が多くてな。すまない、他に良い人選を思いつけなかったのだ。ここは子供達の安全のため、頼む!」
歩いているだけで一日に五回カツアゲにあったミルは瞬時に闇深い目になった。
両手を合わせるベルカを見て「いえ、わかってます。そうですよね、私チビですし」と呟く。
「すまない……」
「謝らないでください。お友達として一肌脱ぎましょう! ええ! 何回でもカツアゲにあってやりますよ!」
「いや、今回は攫われる方で頼む。その、本当にすまん……」
鼻息荒い横で「そんな……魔導具とどっちを優先したら」と思い悩むシャリオスの言葉は黙殺された。
「そういえばベルカさんっていつ冒険者になるのですか? 私はいつでもいいですよ! そう、今から五秒後だとしても……!」
「定年退職したら考えよう。考えるだけだが」
当日、気もそぞろなシャリオスをアルブムと一緒に送り出す。
ミルはどこにでもいそうな町娘の格好をして出かけることとなった。たった一日で三回攫われ、八回スリにあい、五回カツアゲにあいそうになる新記録を樹立。
表彰状を貰った。
受け取るときの陰りを帯びた表情に、ベルカは目頭を押さえずにはいられなかったという。