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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと赤服の生徒
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第二話

 頬を染めながら、ミルは謝った。

「すみません、お恥ずかしいところをお見せしてしまって」

「ギュー」

「アルブムもごめんなさい」

 まったくだよ、と夕飯が遅くなったアルブムは、塩魚定食を美味しくいただいている。時々ぺろりとレモンを舐めて、全身の毛を膨らませていた。

「話を聞いていたら、まるで自分のことを言われているかのように錯覚してしまいまして。……うう」

「お願いだから泣くのは止めてくれ」

 げそっとした少女は食欲が失せたようにちびちびと魚をつつく。

 髪はポニーテールで青く、目は緑色。十五歳くらいだろうか。

「でも、私のために声を上げてくれたのはありがたい。私の名はベルカ・バーウェイ。王立騎士学園、剣術科を専攻している」

「ご丁寧にありがとうございます。私はミルです。バーウェイさんはここへは授業に?」

「卒業試験で遠征実習をすることになったのだが……パーティは解散した」

「その……失礼ですが、何があったか聞いてもよろしいでしょうか?」

「ああ。彼らとは同級生なのだが、回し者だったようだ」

 ベルカはバーウェイ家に生をうけた。家督を継ぐ兄を支え領地を守るため、騎士を目指しているという。魔法も剣もそこそこ使えるのだが、家格は男爵と低く、貴族が通う王立騎士学園では肩身の狭い思いをしていた。

 問題は、ベルカが三年に上がったときのクラス替えで起こった。主席であった侯爵家の次男をコテンパンに伸してしまったのだという。

「手加減はしなかったのですか?」

「あんなに弱いとは思わなかったのです……」

 思わず敬語になったベルカは、目をそらした。いかな侯爵家でも学校では平等、次男であれば大丈夫だろうと思いたかったが、やっぱり駄目だったのだという。次の日から教室中から白い目で見られ、人間関係はぐちゃぐちゃになってしまったそうだ。

 貴族あるあるだ。

 ミルは自分の家族が上手くやってるか、ちょっぴり心配になった。怪しい液体を上位貴族に盛ったりしないといいのだが。

「このままでは、卒業後も実家に迷惑がかかってしまう。であれば私は、今回の卒業試験、誰よりも好成績を収めて周囲に認めてもらうしか道がない」

 なのに手を回され、パーティは解散ときた。侯爵家の次男は、よほどベルカを目障りに思っているらしい。

「わざわざ他の教室の生徒に声をかけたのだが、このざまだ……。ミル殿、恥を忍んでお願いするが、ここで会ったのも何かの縁。力を貸してくれないだろうか」

 力を貸す。

 ミルはきょとんとした後、ゆっくりと口を開く。

「えっと、それは、ま、ままっっままままさかわ、わた、私と、ぱ、ぱーてぃを組むって事ですか!?」

「そ、そうだが……。その、所持金が心許無く、礼も満足に出来ない」

「大丈夫です! ええ、お金なんていいんですよ! 気持ちです! パーティは気持ちが大事なんですっ」

「いや、こういうのはきちんとしたい。よければ、他のメンバーにも紹介してもらえるか?」

「はい! こちらはアルブムです。高貴なる女王狐(クイーンテイル)と言うモンスターで、私の使い魔をしています。大人しくて可愛くて戦闘が出来て騎乗も出来る凄い子なんですよ」

「キューキュキュキュッ」

 照れてくねくねしているアルブムを見て、うむとベルカは頷いた。

 二人の間に沈黙が流れ、小首をかしげたベルカは聞く。

「他のメンバーは?」

「いませんが」

「……ソロ?」

 一瞬にして険しい顔になったベルカは仰け反った。まさかと問いかける。

「あなたは付与魔法使い(ワアド)なのか?」

「……やっぱりだめですよね。皆さんあとちょっとって所で付与魔法使い(ワアド)だと聞くと風のように去って行くんです。ええ、いいんですよ断っても」

 すね始めてしまったミルは非常に断りにくい、影を背負った恨みがましい視線でじとりとベルカを見やる。うっと息を詰めた彼女だが、ふと笑って首を振る。

「あなたの言う通りだ。私もパーティは気持ちが大切だと思う。信頼できない相手と危険な冒険は出来ない」

 そう言って左手を差し出した。

「短い間だが、よろしく頼む」

「はい、喜んで! ……ん?」

 短い間という言葉に気付いたミルは目を剥く。これはパーティはパーティでも、雇われ護衛ではないか。

 なぜか落ち込んでしまったミルに適当な話題を振りつつ、同じ宿に泊まると言ってベルカは荷物を持ちに出ていった。



 これもパーティの予行演習と思えば、と自分を慰めて眠った翌朝。きりりとした表情でベルカが装備を固めている横で、ミルは杖を握った。

「ギルドカードの登録は終わりました。私達は臨時パーティとして記録されます」

「一月よろしくたのむ。課題の評価は四つの項目でそれぞれ評価される。稼いだ金額と、討伐数、更新記録とどれだけレベルアップしたかだ。レベルは人それぞれだが、高レベルな者は一レベルだった者が五レベル上がったのと同じ位の評価になるらしい。私は今、十二レベルだ」

「なら一階から順番に慣らしていきましょう。私もアルブム以外の人と連携するのは殆ど初めてなのです。金額が評価に入るなら、採集物も一緒にやってしまえば良いですし。ご意見はありますか? そういえば、パーティの最低人数は四人ですよね。大丈夫でしょうか」

「この際仕方無いだろう……。他の件はミル殿の意見に従う。新参者だからな」

 頷いて方針を話し合った二人は、ウズル迷宮への門をくぐった。

「これは、凄いな……まるで別世界だ」

「後ろが詰まってしまうので、あちらに行きましょう。本日は薬草採集と、水場です。お水の節約によく汲んでいます」

「なるほど。帰りがけに補給していこう」

 ベルカの水袋はまだいっぱいだ。

 ミルは細々と説明し、ベルカは質問を挟みながら進んでいく。ときどき姿を消したアルブムがひょっこり帰ってきて、仕留めた角持つ兎(ボーンラビット)を分けてくれる。他のはすでにお腹の中だろう。

「ありがとうアルブム」

 頭をなでると、機嫌良く尻尾を振った。

「あなたの使い魔はよく懐いているのだな」

「皆さん違うのでしょうか?」

「厳しくしつけている者もいれば、従いきれずに持て余す者もいる」

 使い魔にも性格があり、言う事を聞かない場合もあるという。そういうときは大抵、使い魔の方がレベルが高いのだそうだ。しかしミルとアルブムはそう言った事がない。

「ベルカさんの武器は盾と剣でしたね。魔物と戦ってみてどうですか?」

「実家で駆除をしてたので馴れてはいるが、やはり小さいと戦いづらいな。帰るまでに貯めた金で、剣かマジックバッグを買えれば良いんだが……」

「マジックバッグですか?」

「実は持っていないんだ。剣は子供の頃から使っているので、少し短い」

「でしたら私のを一月お貸しします。剣は先に買った方が良いので、お金を集めましょう」

「いいのか?」

「良い武器と防具は先に手に入れた方が良いです。それに、階層主(アートレータ)と何度か戦えば良い品が手に入ると思いますし」

階層主(アートレータ)!?」

 大丈夫、とミルは頷く。

「上層の階層主(アートレータ)はそれほど強くありませんし、小さいですから。……灰色の王(バニッシャー)ほど大きなものは出てないですし、拙僧無しの岩人(ジャンクゴーレム)も出てませんし」

「そ、そうか。あなたはずいぶんと冒険をしてるのだな」

「冒険者ですから」

 遠い目になったミルはあっち行こうと右側を指さした。

 さすがに初日から階層主(アートレータ)を探すのはきついということで、七階層まで進んだ二人は出てきたアイテムを全て換金した。

 なんと、初ドロップアイテムが出たのだ。幻想蝶(パンタシア・ディエ)を討伐したときは、魅惑の粉、角持つ兎(ボーンラビット)は角だ。初めてのことで驚き喜ぶミルを、ベルカは可哀想な者を見る目で見ていた。ちなみにベルカが止めを刺したモンスターからドロップしたので、相変わらずミルはドロップアイテムが出ない。

「本日の稼ぎは金貨一枚と銀貨二十七枚。凄いですね! やっぱりドロップアイテムが出ると全然違います」

「切ない顔をしないでほしい……。それよりも、二人分に分けよう」

「いえ、それよりまだお店が開いてるので装備屋に行って良い剣を見繕って貰いましょう。馴れるなら速いほうが良いので!」

 安い剣でも今の短い物よりましなはず。

 ベルカの背はミルより頭一つぶん高く、剣は屈まなければ振り下ろしても地面まで届かない長さ。ずいぶんボロボロになっているので、メンテナンスも必要だろう。

 必要経費と言うことで、二人は装備屋へ向かう。ぼろぼろの外観に潰れているのではないかとベルカは思ったが、ミルがずんずん入っていくので、後に続く。

「おじさん、こんにちは!」

「もう夕暮れだ、店じまいだ。帰れ、俺は働きたくない」

「これが店主だというのか」

「ぁん?」

 思わず口を開けているベルカに気付き、店主は顔をしかめてミルを睨む。

「おいおい客を連れてくるんじゃねぇよ。ますます坊主に似てきたな」

「今日はこの方の剣をください。よくわからないのですが、長さが足りないと思います」

「そりゃ誰が見ても足りねぇよ。見たところ学生か?」

 ああん、と顎をしゃくる。ますます態度の悪くなった店主にげんなりしながら、ベルカは手招きされるまま剣をあずけた。

「こりゃ年代もんだな。使って二十年ってところか? てめぇの身長じゃあと二十セメトないと苦戦するぞ。そこのクズ剣置き場から適当なのもってこい」

「あ、ああ……」

「この汚い剣はいかがでしょうか? 洗えばいいですし」

「……嬢ちゃんも冒険者に染まってきたなぁ」

 身も蓋もない事を言いながら指さした剣を引っ張ってベルカに渡す。彼女は一度ミルから離れて振ってみた。

「確かにちょうど良いが、違和感がある」

「合わねぇ長さの剣をずっと持ってたからだ。それに盾もボロい。金があるなら変えちまいな。こいつな」

 ぽいと投げ寄越された盾は、ベルカの体半分を覆う大きさだ。

「もっと金が貯まったら防具だ。騎士の格好は後にしろ」

「私の事を知っているのか?」

「この時期に毎年来る学生って言えば一校しかねぇよ」

「確かにそうだ。では、しめていくらになる?」

「金貨二枚」

「おじさん、子供からむしり取るのですか?」

「適正価格だ。びた一文まけねぇぞ」

「剣の樽には銀貨二十枚って書いてありますよ。盾も裏側に値札がありますし」

「ちっ。銀貨八十枚だ」

「キューン」

 ミルは半目で銀貨五十枚を出した。盾の値段はぼったくり。銀貨三十枚とみた。

「それから、防具も見繕ってください! わからないので!」

「どんどん図太くなってくな。嫁のもらい手がなくなるぞ」

「そんなことを言っても、おじさんの横暴には屈しませんよ。逞しい方が良い男性を捕まえやすいと八百屋の奥様が仰っていました」

「そりゃ庶民の話だろ……おら、そこの壁にあるのをもってこい」

 犬のように従順に従ったミルはベルカに着せていく。赤い制服の上に、プレートアーマーがよく映える。初級冒険者のように見えた。

「首と肘や関節は覆っとけ。ガントレットは小まめにメンテナンスしろよ」

「重いな」

「筋肉つけろ」

「仰るとおり。店主、短刀はあるか? 解体用の物がほしい」

 舌打ちした店主はカウンター下から引き出すと、放って寄越す。

「締めて金貨一枚」

「ミル殿、どうなのだ?」

「妥当だと思います」

「可愛くねぇガキ共だぜ」

 お金を受け取った店主は、子供達をしっしと追い払った。

「これで装備は概ね手に入りました。ポーションは私の在庫をお譲りします」

「まて、それだと貰いすぎだと思うが。マジックバッグも貸してもらったのだし、定価で買い取りたい。費用が足りなければ、明日の報酬分から差し引いてほしいのだが……」

 対等な関係でお願いする、雇い主なのだからと言われたミルは、それもそうかと頷いた。

「明日はもう一度、一階層から慣らしていきましょう。大丈夫そうならレベル上げをしつつ、上層の階層主(アートレータ)を探します」

「他の生徒に先を越されなければ良いが……」

「駄目なら下に行きましょう!」

 ミルの肩に乗ったアルブムが、ひと鳴きして顔を洗った。



「<障壁(ウォール)>! <鈍足魔法(スロウ)>。右側のゴブリンをお願いします!」

「承った!」

 三階層でゴブリンパーティを相手にしながら、危なげなく戦闘を終わらせる。ゴブリンは臭いし肉は食べられないしで良いところがないので、冒険者はそのままにしていく。

「新しい装備はどうですか?」

「最初は馴れなかったが、やはり屈まないのが良い。盾も大きいと思ったが、薙払うのにちょうど良かった。あの店主は良い目を持っているな」

 調子が良さそうだ。

 ならばと昨日より深い九階層まで降りる。全ての種類のモンスター相手に数回ずつ戦闘を行ったあと、二人は休憩がてらリトルスポットへ向かった。

(やっぱり前衛の人がいると安定感が違うわ。アルブムはどちらもこなすけど、防具はないし、攻撃を受けるのも難しい)

 そんなことを思いながらベルカを見ていると、目元を染め視線をそらしながら手の平を向けてくる。

「すまない、私には婚約者が……」

「違いますよ!?」

 とんでもない勘違いを訂正すると、恥ずかしそうに頬を掻いた。見た目も悪い部類ではないし、きちんと装備を固めれば男装の麗人っぽくて格好いいが、ミルの恋愛対象は異性である。

「では、なぜ私を見ていたんだ?」

「前衛がいるとパーティが安定するなと思いまして。他意はないです。これで弓術や攻撃魔法が使える人が入れば、幅が出来るなと。……まあ、私が使えれば良かったのですが。ハハッ」

「自分で言って落ち込むのは止めてくれないか?」

 昼食はサンドイッチとナバーナと言う黄色い果物だ。一房五本で銅貨三枚というお得な食べ物で、ウキキの好物。実家の森に生息していたウキキは元気だろうか。

「だが付与魔法使いと言えど、戦い方はいくらでもあると君達を見て考えを改めた。ミル殿とアルブムは良いコンビだ」

「キュッキュッキュッ」

 もっと褒めても良いのよと胸を反らすので、ミルはそっと胸の毛をもふった。

 と、近づいて来た冒険者パーティに気付き身構える。たまに襲われるときがあるのだが、服の色を見て、顔をしかめた。

「おやぁ? そこにいるのはベルカ君じゃないですか」

「エトロット様と……貴殿らもか」

 何やら記憶にあるようなやり取りである。

「もしかして例の侯爵様の?」

「そうだ」

 こそっと聞いたミルはベルカ盗み見た。

 背後に冒険者を従えたエトロットは背も高く、体つきもしっかりしている。まともに戦えば勝ち目は無さそうに見えるが、ベルカは勝ったという。

 エトロットの背後にいるのは、昨日ベルカを突き飛ばし、パーティから追放していた青年達だ。他にも数人いて、パーティメンバーは十人にもなりそうだ。

 柔らかそうな金髪をかき上げて、意地悪くエトロットはベルカを見下している。

「庶民と仲良く昼食とは、男爵家の家格に相応な行為ですね。それに、雇えたのは付与魔法使いだとか。案内人にはぴったりだ」

 背後で取り巻きが笑っている。

 学校へ通ったことはなかったが、ミルは領民とよく遊んだり話したりしていた。おかしいこととは思わないが、高位貴族には別の常識があるのだと母親に教えられていた。これがそうなのかもしれない。

 確か、高位貴族が近くにいたら頭を下げるか、話しかけられるまで待つのが礼儀だったはず。食事中のマナーもあったが、今は迷宮だ。

 どうなのだろうかとナバーナを囓りながら考えていると、エトロットは顔をしかめた。

「なんだこの平民は。貴族に対する礼儀もなっていない」

 とりあえず難癖をつけてベルカに恥をかかせようという魂胆が透けて見えたので、ミルはナバーナの残りを無理矢理おしこんだ。

「もぐもぐ、ゴクン。失礼致しました。私はミルと申します。日だまりのように高貴なる黄金の貴公子、高潔なる青き血のエトロット様。お会いできて光栄ですわ」

 突然立ち上がって裾をつまんで礼をしたミルの動作は、付け焼き刃とは思えない完璧さがあった。エトロットは怯むと咳払いをする。

「わ、わかればよろしい」

「ご挨拶して早々ですが、次の探索へ向かわねばなりませんので、失礼致します。リトルスポットは狭いので、ここをお使い下さい。皆様方に迷宮の加護があらんことを!」

「エトロット様、失礼致します」

 ナバーナの皮をポイと遠くへ投げ捨てると、二人は颯爽と立ち去った。

 ぽかんとしていたエトロットは口を引きつらせ「待て!」と地団駄を踏むが、聞こえないふりをして走った。

「ミル殿はどこでその挨拶を? まるで貴族のようだったが、学院へ通われていたのか?」

「いいえ? 勉強は全て母に教わりました」

 貴族ではあるが、言うほどのことでもないだろうと肩をすくめて誤魔化す。

「お褒めいただけるほどならば、母も喜びます。それじゃ、腹ごなしに歩きながら十階層へ向かいましょう。アルブム、荷物をお願いしますね」

「キュ」

 十階層は初心者冒険者にとって一つの壁だ。草原から岩場に出てくるモンスターが混じり始め、連携も上層より上手くなる。種族が入り交じってパーティを組んでいる場面も見えるので、連携と新しいモンスターへの知識を頭に叩き込むことが必要だ。

「岩系のモンスターを剣で叩くと、やっぱり刃こぼれしますね。今日は戻って別の道具を探しませんか? それと階層主(アートレータ)がいたら倒しましょう!」

「賛成だが……あまり会いたくないな」

「あ、いました」

 ぼやいていると、ミルが前方を指さした。逃げ惑う冒険者達が「階層主(アートレータ)が出た!」と叫んでいる。

「行きましょうベルカさん! アルブム、階層主(アートレータ)をこちらへおびき寄せてください!」

「キューン!」

「ま、まってくれ!」

 巨大なアリ型の階層主(アートレータ)へ突っ込むアルブム。心の準備が出来てなかったベルカは飛び上がった。

「ベルカさんは前衛で引きつけて下さい。アルブムは集まって来たモンスターの撃退と、余力があれば階層主(アートレータ)をお願いします」

「キュー」

 吐き出した氷のブレスが直撃し、階層主(アートレータ)は追っていた冒険者達から標的を移す。

「けっこう、動きが、速くないか!?」

「右来てます!」

 冷や汗ものの動きをしていたベルカは慌てて攻撃を盾で防ぎ、細い足に切りつけた。まるで金属のように堅い。隙を見てアルブムが突進や攻撃をしていく。

 階層主(アートレータ)の動きは落ち着けば単調だ。柔らかい腹を切りつければ体液が染み出した。

「うわっ、ドロドロするぞ!」

「切れ味が落ちても牽制は続けて下さい! <鈍足魔法(スロウ)>」

 階層主(アートレータ)の動きが遅くなる。その間に体勢を立て直したベルカが切りつけていくと、やがて疲弊した階層主(アートレータ)は悲鳴を上げて倒れた。

 体の一部が粒子化し、ドロップアイテムに替わっていく。

「お、終わった……」

「もしかして宝箱ですか!?」

 初めて宝箱がドロップする所を見た。目を輝かせたミルは、近づくとベルカをせかす。茶色の木箱は鍵もなく装飾も少ない。一番低品質なアイテムだ。

 蓋を開けると、中から出てきたのは青ポーションだった。

「このアイテムは、どこからやってくるのでしょうね」

「迷宮不思議の一つだな。神が与えたなど諸説あるが。これはミル殿にお渡ししよう」

「いいんですか?」

「ああ。回復アイテムは足りているし、ミル殿の方が使うだろう」

「でしたら遠慮なくいただきます」

 宝物のように見つめるミルに苦笑して、階層主(アートレータ)の亡骸に向かう。

「高く売れる部位があるといいが……」

「できるだけ持ち帰って、ギルドで売ってみましょう。内訳を見れば高単価かわかりますし、マジックバッグの空きはまだあります」

「私はそんなにマジックバッグを持てる財力が恐ろしいよ……」

 全てサンレガシ家の練習作品だと言ったら、ベルカはどう思うだろう。少し口元を緩めながら、部位を切り分けていく。

 感覚としては二階層の兎型の階層主(アートレータ)が強かったように思う。階層主(アートレータ)の中でもアリのモンスターは弱いのかもしれない。

 レベルアップしたおかげもあるが、ミルはそんな風に思った。

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