第七話
「申し訳ないんだけどね、うちも商売だから。帰った帰った!」
ぱしん、と扉が閉まる。
追い出された一行は顔を見合わせた。
「今のが最後の店でした。なかなか手回しがいいようですね」
「悠長なこと言ってる場合っすかね。道具が現地調達できねーってヤバいでしょ。道具揃えるにも迷宮内の情報が必要だってのに、そっちも全然っすよ」
「騎士団御用達のお店は全滅だね。あとは商店街の方だけど、品質が劣るんだよね?」
「そう聞いております」
だが行くしかない。
最悪お金を積んで改良してもらえばいいだろう。
話はまとまり、相談をしに店を虱潰しに探していく。
水中で息ができる魔導具『人魚のヒレ』を手に入れることができた。水グミのように丸くてツルツルとした飴状の魔導具で、噛み砕くと中の魔法が発動し、水中で息ができるようになる。観光客用なので長時間は無理だし、消耗品だ。
「まいったね……道具は全部他に頼まないと難しいよ」
ハーバルラ海底迷宮が一般開放されてるのは入り口までなので、改良できる店は軒並み海軍の御用達となっている。
観光客向けの商品店で買い求めた、暗いところでもよく見えて、目を保護する『水中ゴーグル』を指先で弄びながら、シャリオスが言う。
「あとは『ハーバルラ水着』で最後だけど……」
観光客も店頭で手に入れることができる品は、水中でも適温で過ごせる水着だ。シャリオスが店の人と魔導具談義で仲良くなったおかげで、教えてもらえたのだ。持つべきものはオタク趣味の仲間かもしれない。たとえ二時間棒立ちを強いられたとしても。
「他に必要なものの予想も聞けてよかった。後で注文しないと」
「材料を集めたら、実家に手紙を書きます」
「連絡してからだと二度手間になるし、そうだね。水着の店はあそこかな」
色とりどりの水着が並ぶ店頭が見えてきた。場所は海岸近くで、観光客が海辺で遊んでいる。
入店すると日差しの刺すような照りつけが軽減され、一気に涼しくなる。ミルは汗で濡れた頬をハンカチで拭きながら、女性用の水着がある一角へ向かう。
「キュー?」
「はへ……ありがとうございます」
暑かろうと冷たい息を吐いてくれたアルブムを撫でながら、体型に合うものを探していると、店員のお兄さんがやってきた。
「何をお探しですか?」
「冒険用の、丈夫な水着を探しています」
「そうですか! でしたらカウンターに在庫が!! ええ、在庫がありますので!」
元気よく返事をした彼は、目を輝かせてミルを引きずっていく。
若干の嫌な予感に、及び腰になりながら待たされること数秒。壁の一部を回し、目にも止まらぬ速さで凹みを押した店員が、隠し扉のような場所から小箱を取り出す。
どうしてそんな場所にあるのだろう。他の商品は並んでいるのに、と思っていると、蓋を開けた店員が、細い紐を取り出す。伸ばしても輪っかが二つ繋がっているようにしか見えない。紫色のメタリックな輝きが怪しげだ。よく見ると布地がついている部分があるが、親指くらいの幅しかない。
困惑している中、店員は製品情報を喋り始めて止まらない。
「こちら動きの邪魔にならないタイプのものです! サイズは自動調整なので体型関係なくピッタリ着られますよ。効果は面積に比例しませんが、厚みや肌の当たりの柔らかさは他に無い質感です。是非試着して見せてください!」
「えっ。ええと、でも服には見えないのですが」
「そうでしょう、そうでしょう。マイクロビキニですから」
「まいくろにきび?」
「バカ息子――!」
「ゲッ、母ちゃゲフッ!?」
持たされた紐を見下ろしているうちに、店の奥から出てきた女性が店員を張り倒した。はっと顔を上げたときには壁に叩きつけられ、大量の女性水着に埋もれていた。
顔を真っ赤にして怒っている女性の右手から煙が上がっている。
「こっ、このバカ息子! 性懲りもなくおかしなもん客に着せようとして!」
「おかしなもんじゃない! 機能落ちしない極限まで面積を削って作った品で、費用対効果も品質もこだわっぺぎゃ」
「視姦しようとしてたくせに阿呆か!? ――お客様、恥ずかしいところをお見せしましたが、そちらは差し上げますし、商品も特別割引でご提供させていただきますので、今見たことは忘れてください。……いいわよね?」
「ひゃい……」
鷲掴みにされた頭がミシミシと音を立てる。
笑っているのに恐ろしい。
ミルは冒険者用の一番高機能な水着を一着買って、店の外でアルブムとくっついて待った。シャリオス達を店内で探し回る勇気はない。
(海辺って治安が悪いのね)
ちょっと黄昏れていると、シャリオスがようやく出てきて、ニコニコ顔で近づいてくる。
「買い物長かった? ごめんね、性能聞いて一番良いの探してたら時間かかっちゃって。あれ。二つ買ったの?」
「よくわからないですが、お詫びの品としていただきました」
いきさつを話すと「お、おう」とサシュラが謎の声を上げて沈黙する。難しい顔をしたシャリオスは一度店内に目を向けた後「今日の買い出しは終わりだし、あっちで見てみよう」とミルの背中を押す。
なんとなく悪気は無いが警戒した方がいい気がしたシャリオスは、人気のない浜辺で見せてもらうことにしたのだ。
「髪ゴム二つくっつけたみたいな感じだね。このまいくろびきにってなに? どうやってつけるんだろう。腕に巻けばいいのかな?」
「紐が凄く長いから、足じゃないでしょうか? こっちの三角形のは何でしょう?」
「いや、あっちの姉ちゃんみたいにつけるんだろ」
絶望したように突っ込むサシュラが指さした先。ビキニ姿のお姉さんがビーチバレーを楽しんでいるが、布面積は比べようもない。
彼女達の姿を見て数秒考えたシャリオスは、首を振る。
「そんなわけないよ、だって冒険に行くんだよ?」
「おい待て、マジで言ってる?」
なぜ冒険用のほうが布地が少ないのかという、まっとうな理由でシャリオスは否定する。
すかさず、世間ズレしている神官が顎をさすりながら続く。
「ふむ、でしたら獣人用なのかもしれません。猫人族なら、その三角形も耳にちょうどよさそうでは?」
「いや耳のほうがでかくね!? 布面積、親指くらいしかないっすよね!?」
「サシュラは文句ばかり言ってうるさいですね。昔はあんなに可愛かったのに……時の流れは残酷です」
「うるせーやい、爺!」
「ま! お口が悪い」
唇をつままれたサシュラはうざったそうに手を払う。
その横で二人は未だ悩んでいた。
「でも、店員さんが怒ってたなら何か問題があるんだよね。鑑定しても特に呪いとかないけど、一応アレルタかけてくれる?」
強化付与魔法の中でも、<感覚強化魔法>は三度かけると魔法を見破ることができる。
「何かかわりましたか?」
「ううん。全然。けっきょく何が駄目なんだろう?」
「お詫びの品なら、変なものではないのではないと思うのですが……」
何に対する詫びかわからない二人は悩みながら水着をつつく。
まさか幼女にマイクロビキニを着せて、その姿を見ようとしていたと知らない二人は真剣だ。世の中にそんな業の深い事をする者がいるとは、欠片も思っていない様子である。
「やっぱり足首に巻くとかでしょうか」
「片足用ってこと?」
「……なんだこの言論空間」
一人だけ店員の意図に気付いているサシュラは、頭痛がするような気がしてきた。同じ世界線で生きているとは思えない。
「もしや、使い魔用のものだったのではありませんか? 自動調整機能と言うからには、種族問わずのはずですので」
スールの閃きに、二人は納得がいった表情をした。
「そっか! それなら首に巻けるね! じゃあ、店員さんが怒られたのは、ミルちゃんの水着じゃなくて、アルブムのだと勘違いして選んでたからかな。厳しい職場だね」
「そう言えば、品質にもこだわってると言っていました! ……悪い事をしてしまいました。私の水着だと言えばよかったです」
勧められたときの不穏な空気が、噛み合わない会話のせいだと気づき、ほっとするミル。すでに頭を鷲掴みにされた事は忘れていたし、そうなると親指程度の布地もデザインにしか見えない。いい商品を無料でもらってしまったので、お店の損害が気になるところだ。費用対効果の事も言っていたので、それほどではない事を願うばかりである。
「聖下は自分のものだと思っていたのですから、しかたありません。元気をおだしください」
「なんだよこれ、穢れているのは俺だけかッ!」
打ちひしがれるサシュラに疑問符を飛ばしながら、謎が解けた面々は晴れやかな面持ちでアルブムの首にマイクロビキニを通す。すると、首の大きさに合わせて縮んでいく。
「アルブム、どうですか?」
「キュフッ!」
体の大きさを変えても首が絞まらないし、毛皮の奥に隠れてしまったので光沢も気にならない。本人も付けてる気がしないほど軽いので、素材のこだわりも確かなものだったようだ。
「よし、使い方もわかったし帰ろっか。そう言えばどんな水着買ったの?」
「全身タイツタイプというのを買いました。頭まですっぽりなので防御力がいいというお話で……これです!」
銀色のきらめき全身タイツを見せると、『鑑定水晶』を当てたシャリオスは顔を曇らせる。
「自動調整機能ないよ?」
「えっ!?」
「聖下、でしたらわたくしのと交換しましょう」
すっと出された水着は手足頭部こそ保護されていないが、なかなか布面積の多い形だった。
「スクール水着だそうです。これも自動調整機能がないので助かります」
「なんで子供用の水着を買ったの?」
「これしかないと言われました」
「それ絶対違う意味だろ……いや待て、俺は何で猊下から目を離しちまったんだ」
間違いなく自分の頭が痛んでいる、とサシュラは目元を揉む。
「法衣の下ならば何を着てもわからないと思ったのですが、やはりサイズが。聖下ならちょうどいい大きさですね。装備の下でも邪魔にならないデザインですし。ですからどうぞ。未使用です」
「この短時間で使用済みだったら困るけどな!? あの店もうヤダ……」
サシュラは目眩がするような気がしてきた。きっと気持ちのせいだ。誰か護衛変わってくれないかな、と独りごちているうちに二人は水着を交換して体にあてる。サイズはぴったりだ。
「今日はよい買い物ができましたね」
「一時はどうなる事かと思いました。災い転じて福と成すというやつですね」
「嘘だろ。こんなの三人も相手するのか……? 前の奴はどうやってたんだよ」
田舎で大事に育てられた世間知らずの貴族子女と、常識の根底から違う皇国出身のぽやっと吸血鬼、時間の感覚が違いすぎて一般常識が古代のエルフ枢機卿。
いや、今回の件は店員の頭が確実におかしい。だが厄介なのが二人増えているのも事実で、そのことにサシュラはようやく気付く。と言っても絶望するしかないのだが。
なかなかの掘り出し物と喜んでいる三人は、その後ろ姿を遠い目で見守る人がいたことに気付かず、とても楽しそうに帰路へついたのだった。