第八話
水着の上にコーティングした装備を着込み、ゴーグルをはめて『人魚のヒレ』を口に放り込む。
現地で手に入れられる装備を身につけた一行は、早速潜ることになった。
ただし、入り口までの調査で迷宮へ行く予定はない。一般開放されている場所から一階層へのルート調査だ。小休止できる場所からモンスターの分布を調べないと、もしものとき、逃げた先でモンスターと鉢合わせて万事休すとなりかねない。
「水着のテストもかねるけど……かねようと思ってたんだけど」
「がぽぼぼぼ……ぷはっ!?」
手足をばたつかせていたミルは、シャリオスにすくい上げられて海水を吐き出す。『水中ゴーグル』で視界は確保され、『人魚のヒレ』を付けているのになぜ溺れるのだろう。
「どうしたのですか?」
当の本人はけろりとした顔で言う。
どうやら溺れてはいなかったようだ。
シャリオスは思い悩むように呻くと「もしかして泳げない?」と問いかける。
すると深刻な顔になったミルは言う。
「なんだか前に進まないし、潜れないのです。あと杖が長くて上手く動けませんでした」
「……そう言えばミルちゃん軽かったね。困ったな、予想外の展開だ」
他の観光客達のように手足をばたつかせても一向に進まない。杖をしまって再挑戦しても、なかなか沈まなかった。
「聖下、両手を一緒に動かすのではなく片方ずつ、水をかかないといけませんよ。ああ、お足元がわるいようですね」
「……今日は泳ぐ練習した方がいいんじゃねーの?」
「キュブブ?」
ぷかぷか浮いていたアルブムがミルの背中に乗ると、いい感じに体が沈み、少しだけ前に進むようになった。
「うーん、装備品は水着以外陸用だし、水中用に専用のものを仕立てないと不味いかもね。足に絡まってるし、ぐしょぐしょになってる。スールは?」
「わたくしは平気です。下はズボンですので」
「長いスカートのままは、やっぱり危ないね。今日は僕らだけで潜ってくるから、装備品の店を見てきてくれる?」
「皆さんは大丈夫なのですか?」
「僕は軽鎧だから、どこまでも沈むし大丈夫」
それは浮き上がるとき大変ではなかろうかと思ったが、シャリオスが言うので頷き、二手に別れることになった。
シャリオス達が調べている間に、ミルはいくつか装備屋を回ったのだが、けっきょくスカートの丈をつめることにした。光属性の装備が一切ない。こんな所まで需要のなさに悩まされるとは。
もちろん、代えの杖もない。
「困りました。短杖だと精度が落ちるかもしれませんし、かといって何かの拍子に落としたら沈んでしまいますし……」
せっかく装備一式をコーティングして海水に強くしたのだが。
今更ながらに気付いたミルは唸った。
帰ってきたシャリオスもまた唸っていた。
「海域の地図書くの難しいね。あと視界が悪くて上手く見えない」
「吸血鬼なら、暗いところも見えんじゃねーか?」
「そうだけど、海水でなんかもやっとするんだ。波で光が反射してるせいかもしれないけど。あと似てる色の区別が難しいし……これのデザインもね」
ゴーグルを指で突く。
側面が素材で覆われているため、正面しか見えないのだ。少し楽しむためには十分だが、探索に向いていない。
「装備一式受注してからじゃないと、危なくて潜れないね」
「足場もねぇしな。ここの迷宮は後回しにして、別の方を先に攻略するか? その間に物が出来上がればいいし……一名泳げないだろ」
後半声を落としたサシュラは半目で言う。誰がどう見ても若干一名足手まといである。それが今回の冒険発案者なのが悲しいところだ。
サシュラは神兵を追加して突撃した方が話が早いだろうな、と呟く。
すると、シャリオスは首を振る。
顎に手を当てて「死ぬから止めた方がいいよ」と目を丸くするサシュラに続ける。
「僕もね、最初はミルちゃん達を守りながら冒険するつもりだったんだ。でも無理だとわかって、一度パーティを組む約束を反故にしてもらうよう頼んだことがあるんだよ。結果から言うと、反対だった」
「お、おう?」
いきさつを話すと、サシュラは俄に信じがたいと沈黙する。
レベル五十未満で攻略を進め、誰も気付かなかった仕掛けに引っかかり、モンスターの自爆行為を何度も見つけた。
再配置されるモンスターは、どこから現れるかも判っていないが、同じ動作を繰り返すことが多い。謎の多さはあるものの、モンスターを自爆させる例は過去にもある。
そう考えるとミルの発見は珍しい事ではない。
だが有益だ。上質な魔石を危険無しに永遠と持ち出せるのだから。
八割は運が悪いせいだと頭の片隅で考えていると、シャリオスが得意げな顔をした。
「とにかく、そう言う星の下に生まれたから、一緒にいないと逆に危ない。わかった?」
本人が聞けば「その星の下設定はいつなくなりますか?」と裾を引っ張られていただろう。残念な事に、どこまでいってもシャリオスは大真面目なのだが。
「なに一つわかんねーわ。でも言いたいことはわかった」
つまり安全のためにも付与魔法使いという、冒険者にとって敬遠される魔法使いを入れるのが正解だと言いたいのだ。でなければ不測の事態に備えられないと。
努力家で研究熱心なミルは、工夫と使える無属性魔法の数は、他の魔法使いより上である。別の付与魔法使いを連れて行っても無駄で、一番適しているのだろう。
これから先、どのような危険があるか検討もつかないが、サシュラは神兵だ。枢機卿の命を身を挺してでも守り、傷一つ無く教会へ戻すのが使命である。より安全に事を成せるというなら、従おう。
「んじゃさ、けっきょくどうすんだ? 泳げないし、足場も不安定。海兵からの協力は無理。分布調査も足場が悪いし道具も悪い。寝泊まりの問題もある」
「それはもう、泳げるようになって、足場を安定させて、分布調査してる間に道具を揃えて足場も何とかするしかないよ。幸い『魔法の部屋』は水中でも使えるから拠点に使える。強度が足りるかはもう一度聞いてみる必要があるけどね。……足場は障壁頼みになるな。魔力の問題もあるし、別の方法も探してみるけど」
「障壁か」
「海流もあるから練習必須だけど」
「ところでだな。あんまり言いたくないが便所はどうすんだ。その辺でできないだろ」
今日のように数時間程度なら大丈夫だが、迷宮に潜るとなると、そうはいかない。特に女性は辛いだろう。
本日一番感じた問題をあげると、にやっと笑う。
「ふっふっふー! 簡易トイレの魔導具買ったから大丈夫! 後で二人の渡すね。好きな色選んでいいよ」
誇らしげに笑う。キラリと歯が光った。
サシュラは震える。
「おいまさか」
「二十四色展開だから安心して!」
「……」
何を安心しろというのか。
「あと、もう一つ問題があるんだけど……ご飯どうしようか」
お店巡回が終わったシャリオスは、自炊も視野に入れていた。
しかし気になる店を一軒見つけてしまったため、迷っている。
明日全員で尋ねて、意見を決めよう。できることなら予算を合わせ、迷宮内へ持っていく食事も用意しておきたい。
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翌朝、誘われた店へ訪れたミルは目を輝かせた。
「ドーマさん!? 奇遇ですね、お店引っ越しされたのですか!」
「誰だテメェ、金を出しな」
「えっ」
知らない人扱いされて衝撃を受ける。しかし手は、無意識にお財布からお金を取り出していた。大きな手に乗せると「銀貨二枚はいらねぇ」と普通に返却される。
街はずれの裏道、地元民でも寄りつかないような裏道の店は、記憶にあるドーマの宿にそっくりだ。ただ、壊れる前の物にだが。
そうそう、とカウンターに入りかけながら振り返り、
「ドーマは三番目の兄貴だ。俺はバルテル」
と言った。
ポカンとするミルの背中を促して席に着かせると――間取りもそっくりだった――こそこそとシャリオスが耳打ちする。
「僕も間違えたんだけど、ドーマと兄弟なんだって。よく見ると額にうっっっっすらと傷が」
全くわからない。
ミルは目を細めたが、識別するのを諦めた。
何はともあれ、ご飯を待つのだ。
「おまち」
「ひい」
全部で何人兄弟なのかな、と考えていたところに食事が運ばれ、尻が数セメト浮く。久しぶりに悲鳴が出たことに赤面しながらトレーを引き寄せると、本日の日替わりメニューは海鮮丼だった。エビと貝とよくわからない黒くうねっている物が若干気になったが、タレをかけて口に入れると、口いっぱいに美味しいが広がる。
目を輝かせてパクつき始めると、シャリオスが生唾を飲む。
「僕も食べようかな……すみません、十五人前ください!」
「俺、二人前で」
「わたくしは五杯でけっこうです」
「キュー!」
「あ、二人前だそうです」
「金を出しな」
チラリとミルを観察していたバルテルが言う。
そっくりだなと思いつつ、お米をかき込む。
店の中はドーマの宿と同じで客の姿がない。表通りから離れているせいもあって、静かだった。
「味の方はどう?」
「美味しいです」
「本日ここに連れてきた理由ですが、もしや冒険中の食事のことでしょうか」
「鋭い……!」
戦くシャリオスに「さもありなん」と言いつつエビをパクつく枢機卿。見間違いでなければエビが布面を突き抜けている気がする。魔導具なのかもしれない。
それよりも、とミルはご飯粒を付けているシャリオスを見上げる。
「私は賛成です! お手頃お値段なので賛成です!」
「力強い」
「……だってシャリオスさん、私あんなにたくさんご飯作れないです」
十人前なら何とかなりそうだが、軽く超えていく胃袋の持ち主がいるのである。しかも全員二人前が標準なのだ。日替わり当番でも三食作っていたら筋肉痛で腕が上がらなくなってしまう。
シャリオスの食べ歩き調査が終わったので、これからの食事当番に戦々恐々としていたのであった。
スールはもう一度「さもありなん」と言う。
「ここの食事は美味ですね。サシュラは大味な味付けで肉ばかりで、ときたま焦げます。それを考えると、こちらで購入していただけるなら、願ってもありません」
「うるせーっすわ! そう言うジジイは野菜ばっかで肉体労働者のこと全然考えてねーし!」
「口喧嘩しないでよ。それよりも、バルテルに頼んでいい? もぐもぐ。現地料理以外も作れるから、レシピあるなら寄越せってもぐ、言われてるんだけど」
「レシピですか?」
「なんか割引してくれるって!」
「では、私がお渡しするので――」
「詳しく聞こうじゃねぇか」
瞬間、ミルは後頭部を何かに掴まれるのを感じた。みしみしと音がする。椅子から尻が離れ、足がぷらりと浮く。
「バルテル! 首が千切れちゃうだろ!」
「ギュー!!」
離せよ、とシャリオスがミルの脇の下に手を差し入れると、頭に乗っていた圧力が消える。丁寧に椅子に下ろされ、首が取れてないか確かめられた後、シャリオスは憤慨しながら、バルテルに噛みついていたアルブムを剥がした。
ドーマのときは迷っていたが、今回はご主人を助けようとしたらしい。成長を感じ、不覚にも涙ぐんでしまう。
「キュ、キュブっ」
凄く堅かったよ、と言うように身を震わせたアルブムがピンと耳を立てている。歯がじんじんするらしい。
「紙装甲だな」
「見ればわかるだろ。乱暴するな」
「おう」
そのまま背後に立っているので、恐る恐るドーマのレシピを渡すと、にやりと笑って奥へ引っ込む。性格はドーマより落ち着きがないようだ。
ついていったシャリオスは、ぷんすか怒りながら話をまとめ注文を完了する。
「……ずっと気になってたんだが、それは儀式か?」
と、サシュラが指さしたのは椅子に座る人形である。
「これは等身大ズリエル人形だよ。ズリエルの代わりに一緒にご飯を食べるんだ。……気持ちだけで、僕が美味しくいただくんだけど」
「今日は、ちょっとお腹が空いたズリエルさんタイプですね」
「わかんねーよ」
「そうかな……昨日のとはほら、眉毛の傾き方が違うでしょ?」
「ちょっと困り顔ズリエルさんタイプでしたよね」
「毎日同じ顔にしか見えねーよ。いや、なんで複数持ってんだよ……」
さりげなく無視していたが、食事毎に人形を飾って食事を備えているのが気になったサシュラ。半目でちょっとお腹が空いたズリエル人形を睨む。
食事が運ばれ、普通にズリエル人形の前にも供えられる。具の一部が、よそ見をしているミルのどんぶりへ移される。早業だった。もちろん犯人はシャリオスである。
「もー! 止めてくださいよズリエルさん!」
「僕のも横流しする」
「あっ!」
「……ホントなんだこれ」
「サシュラ、おやめなさい。……お二人の大切な方だったのでしょう。野暮はいけませんよ」
ふ、と二人は寂しそうに笑う。どことなく陰りを帯びた視線だった。
「大丈夫だよ、僕達はもう乗り越え……の、乗り越えつつあるから」
「うっ、シャリオスさん。寂しいです……でもがんばらないと」
「そうだよ。もうズリエルはいないんだ。あの空の彼方で、僕達のことを見守ってくれてるはず」
「でもズリエルさん人形に、もしもがあるといけないので水着を買いたいです」
「半分お金出すよ」
サシュラはばつが悪くなり謝った。
「その、悪かったな。余計な事を聞いて」
「ううん。ズリエルはユグド領で今も門衛として立派に働いてるから、いつまでも寂しがってちゃ駄目なのは判ってるんだ」
「慰めてくださって、ありがとうございます」
「生きてんのかよ! 止めてあげて!?」
そんなことされたら恥ずかしいだろ、と言う言葉は水着のデザインを相談し始めた二人には届かなかった。顔を覆ったサシュラの肩を、スールが叩く。
食事が終わり、逆に疲れた顔をしたサシュラはこめかみを揉む。
変な世界に迷い込んでしまった気分だ。
「あまりに気の毒だ。燃やすか……」
ぶつぶつと呟いている。
そうと知らず、シャリオスはいっぱいになった腹部をさすりながら店を出て、満足そうに息をつく。
「後は泳ぐ練習に、入り口までのマッピング。必要な道具の注文の割り出し。じゃあ、午後からは自由行動でいい?」
「私は聖下とご一緒させてください。少し気になることがありますので」
瞬間、サシュラの目が胡乱なものへと変わる。
「……すまんがシャリオス、一人で行ってくれるか? 二人にはしておけねえ」
「キュアキュ」
「お前じゃ用が足りねーの」
「ギュー!」
「えっと、じゃあアルブムはシャリオスさんについて行ってください。さすがに、お一人では心配です」
しょうがないな、と言う風に尻尾を揺らしたアルブムは、シャリオスの肩に乗って去って行く。何度も振り返って「キュー!」と鳴くのでなかなかその場を離れられず、見えなくなるまで手を振った。
本人はまかせろと言っている風だったが、大丈夫だろうか。
「それでは参りましょう。泳ぐところを見せていただきたいのです」
「かまいませんが、浮き輪を借りてからでもいいですか?」
「もちろんですとも」
話し合う二人の後ろを、目を細めたサシュラが続く。
とてもかったるそうな表情だった。




